恋愛しなくてなにが悪い 6
全力で避けているひとの誕生日を祝わなければならない。
第三者の前で約束させられたのだから、反故にも出来ないし。
どうしよう。
「山田!」
「え、あ、はいっ」
がたんと大きな音を立てて立ち上がる。静かな社内に突然の音。周りはなんだなんだといった顔で私を見ている。
「なにぼーっとしているんだ。仕事中だぞ」
正面でパソコンに向かっている藤沢さんがちょっと怖い顔をしている。そんな表情はミスをしたとき以来なので、やってしまったという気持ちになる。
「すみません。集中します」
頭を下げて、椅子に座る。資料をデスクに広げたままぼうっとしていたらしい。全然進んでいない。始業してどれだけたっているのか。怒られるに決まっている。
はあっと大きく息を吐いて椅子を引く。両手で頬を軽く叩いて気合を入れて、スリープモードだったパソコンを起動させる。
「調子悪いんですか?」
隣からそんな声が飛んでくる。
「調子はいいわ。私のことは気にしなくていいから、仕事してちょうだい」
「山田さん待ちです」
「私?」
「藤沢さんから山田さんの仕事を手伝うように言われているんで」
手伝うにもなにも私が仕事を止めているため、回せる仕事が無い。
「ちょっと待っていて。いま急いで入力しちゃうから」
「あ、そうそう」
桐生くんが立ち上がって私の隣に立つ。腰を屈めて耳打ちしてきた。くすぐったい。
「あ、誕生日プレゼント考えてきたんで」
周りに聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量。
「高いものは無理よ」
先手を打った。
「やだなあ、高いもんじゃないですよ」
桐生くんはくすくすと笑う。その笑顔がほんと嬉しそうで、思わずじっと見てしまう。
「で、何?」
「手料理」
「はぁ?」
「山田さんの手料理が食べたい」
「え、ちょ、ちょっと」
「先、お昼頂きまーす!」
桐生くんはそう言って歩いていってしまった。
「手料理、ねぇ。そうきたか」
休憩所にいた美帆を捕まえた。先ほどのやり取りを説明すると、美帆は両手を組んで唸っている。私も思わず険しい顔になる。
「でしょう?プレゼントはいいから手料理が食べたいって。これってどう思う?」
「うーん」
「具体化されていていいんじゃないの」
「でもこれって料理を作りに行くってことでしょ」
「まあそうなんだけどね。家で作って渡せばいいんじゃない?」
「あ、なるほど」
ぽんと右手で左手を打った。その他があったか。さすが美帆、と思ったところで、昼休憩から帰ってきた桐生くんを捕まえる。
「えー、女に二言は無いわ。いつにする?」
ぱっと桐生くんが笑顔になる。
「ほんと?じゃあ今週末で」
早い。と思ったけど、言った手前引っ込められないし。まあ嫌なことは早く終わらした方がいいに決まっている。
「作って渡すから、金曜でいい?」
「え。もちろん俺の家に来るんでしょう?」
「行くわけないでしょう。手料理だけなら渡せば済む話じゃないの」
「作ってくれるってのがいいじゃん。それともあの日のことバラしてもいいの?」
すっと顔を上げて口を開こうとする。
「わーちょっと、ちょっと待ったっ」
桐生くんの後ろから両手で口をふさぐ。
「…山田、お前なにしていているんだ」
藤沢さんの呆れたような声が聞こえてきた。あきれたいのはこっちですよ、もう。
「いやあ、ちょっと……ひゃあ!」
ちょちょちょっと、このひと、指を舐めた!
ばっと手を離す。なんなのこのひと!
「山田さんの反応が面白いから、ついからかってしまうんですよ」
横でこんな顔しているのに、笑って言う内容ではない。
「確かに面白いけどな、そこそこにしておけよ、本気で怒られたら、あとが面倒だ」
「藤沢さんは、山田さんのこと怒らせたことあるんですか?」
「いや、こういうタイプは怒ったときが面倒なんだよ」
「ちょっと二人ともひとをなんだと思っているんですか。そりゃあ怒ったら怖いにきまっています!」
「で、何の話題で山田を遊んでるんだ」
「誕生日プレゼントに手料理が食べたいって言ったんです」
「ほーお、手料理、ねぇ」
にやにや度がアップしている。ちょっとこの流れからいくと、桐生くんだけじゃなくて藤沢さんもそっち側にいるってことじゃない。
単体でもめんどくさい二人なのに、揃ったらめんどくささ二倍どころか二乗だよ!
「いいじゃん、お前料理得意だろ」
「え、そうなんですか?藤沢さんは食べたことあるんですか?」
「いや、ないよ。こいつ自炊しているっていうのはよく聞くから」
「わー楽しみだなぁ」
「山田、菓子作るの趣味だって言ってただろ。ケーキ作ってやれよ」
「いやですよ何で私が!」
「あーそんな態度とっていいんですか?」
藤沢さんのいやーなにやにや顔が桐生くんに移っている。ちょっとこの流れ、いやなんですけど。
「来なかったら、ばらしますからね」
今週末、嫌々ながらも敵の本拠地へ行くことが決まってしまった。