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恋愛しなくてなにが悪い 5

 

 美帆の言う通り桐生くんは、数日で仕事ができるバイトとしてその力量を発揮し、いまやなくてはならない存在になっていた。恐ろしい。

 特に桐生くんはパソコン関係に詳しく、いままで下っ端であった私の仕事、プリンターの紙詰まり処理とか、トナーの入れ替えとかをしてくれる。

 おじ様が多いこの会社は、できるひと、もしくは若手に雑務が押し寄せてくるから、余計な時間をとられていたのだ。抱えている案件に集中できるのは本当に助かる。

 助かるのだが。

「山田さん、なにか仕事ありますか?」

「ええと、いまはないわ。藤沢さんなにかありますか?」

「じゃあこのデータ入力してくれ」

 正面に居る藤沢さんから書類の束を受け取って、右隣に座っている桐生くんに渡す。

「わかりました」

 …なぜか桐生くんの席が私の隣なのよね…。

 確かに私が所属しているチームに配属になったし、一番若い私が面倒を見るってのもわかるけど。

 私としては嬉しくない状況だ。

「…藤沢さん、無駄ににやにやしないでください」

「もとからこんな顔だ」

「……」

 隣には桐生くん、正面にはそれを面白がる藤沢さん。

 なんなのこの場所。

「ふくれるな、今日飲みに連れて行ってやるから」

「奢りなら行きます」

「あ、俺も連れてってくれませんか?」

 げ。隣ですごいことを言っているひとがいる。あ、むこう側ではさらににやにや度がアップしている。

「いいぜ」

「よくないです!」

「なんでダメなんですか、山田さん」

「そうだよ山田。まだ歓迎会もしてないじゃんか。たまにはいいだろ?どうせ俺とお前とじゃあいつも一緒に飲んでるんだから」

「いいなー。ね、いいでしょ、山田さん」

 右腕をつかまれ軽く揺すられる。このさりげないボディタッチ。小悪魔ちゃんが使う手段だと思うのだが、イケメンがやっても違和感がない。いや、攻撃力が増している気がする。

 これ、普通の子にやったら勘違いするわ。

「え…でも…」

 できれば辞退願いたい。だが。

「それとも俺が行ったらお邪魔ですか?」

「!」

 あんたここオフィスなんだよ!ここで「ええ」なんて肯定してみなさい。明日から女性軍の総攻撃をうけてしまうんだから。そもそも私を飲みに誘っても刺されないのは、自ら「なにもない」と公言しているとともに普段の言動から周りの意識も「そういう対象」から外れているのだから。

「そ、そんなことは、ない、わ、よ」

 徐々に声が小さくなるのは精一杯の抗議だ。

 だけれどもそんな抗議なんて微塵も感じていない桐生くんは嬉しそうに笑う。

「藤沢さんと山田さんと一緒なんて嬉しいです」

 …この会話だけ聞いていれば、間違いなくチーム藤沢は仲良くやっているって思われるだろうよ。



「すいません、ちょっと」

 携帯を持って桐生くんが席を立ったところを見計らって、藤沢さんはたばこに火をつける。藤沢さんが喫煙家なのは私も百も承知なので、もう「吸っていいか?」の断りもない。

「で、年下くんとはその後どうなった?」

 ふーっと大きく煙を吐いて、私のほうを見る。

「どうもこうもなにもありません。見ての通りです」

「会社では手を出していないようだな」

「手出したらあることないこと社長に言って速攻首にしてやりますよ」

 モスコミュールをぐいっと飲んで答える。ああ、仕事後のお酒ってなんておいしいんだろう。

 藤沢さんはたばこを灰皿にとんとんと叩いて、灰を落とす。

「意外だな」

「は?」

「話聞いている限りだと、もっとガツガツくるかと思ったけどな」

「……」

 桐生くんが戻ってきた。

「なに話してたんですか?俺もまぜてくださいよ」

「ん。恋愛話」

「ぶっ」

 思わず吹き零すところだった。藤沢さん!

「桐生くんは彼女とかいるの」

「いやいないっす」

「ふーん、気になるやつとかは?」

「ええ、います」

 そこでちらりと私を見るのを止めて欲しい。

「どんな子?」

 藤沢さんも乗るのをやめてほしい。またあのにやにや顔が始まったし。

「普段きっちりして理性が強いタイプなんですけど、酒入ると素直になってかわいいんです。そのギャップがいいんですよ」

 え、もしかしなくてもそれって私のことだよね。

 でもお酒入ると素直になるってそんなことはないと思うんだけど。

「へー、で、その子とはどこまでいってんの」

「まだ何も。いまアタック中なんです」

「!」

 テーブルの下、足をつん、と触られた。これ絶対桐生くんだ。ひー!ドラマとかでみるやつだよ、このパターン。

「桐生くんかっこいいからもてるだろう」

「いや藤沢さんこそかっこいいじゃないですか。会社内でもかっこいいって何度も聞きましたよ」

「ははは、お世辞だよ。で、感触はどうなの」

「手ごわいです。自慢じゃないですけど、ここまで手こずったの初めてですよ」

 すごい自信家の発言。いままで負けなしってことなんだろうか。

 私の疑問を感じ取ったのか、藤沢さんが畳み掛けるように質問をする。

「桐生くんみたいなかっこよくて仕事もできるようなひとを手こずらせるなんて、相手もすごいな」

「ええまあ、そこがいいんですけどね」

「まるで惚気を聞いているようだな」

「そんな。相手にもされてないんですよ。藤沢さんこそ、山田さんと仲いいじゃないですか。お二人付き合ってないんですか?」

「山田と?ないね」

「ないない!」

 私も激しく否定する。勘違いされたら明日の私は居ない。

「そうなんですか、仲がいいから、てっきり」

「藤沢さんは私の教育係。だからいまも面倒見てくれているの」

「へー」

 誤解は解いておかないといけない。ここで仲がいいとか認識されて明日社内で言ったらもう全方向から攻撃される。

「教育係も6年か。いい加減卒業させてくれよ」

「すみません…」

 それに関しては返す言葉がない。

「6年も前から知っているんですね」

「桐生くんはいくつなの」

「来月でハタチです。そうだ、山田さん、祝ってくださいよ」

「え、なんで私が」

 全力で避けている私になんてことを言うのだ。

「いいじゃん、山田。一番お世話になってんのお前だろ」

 た、確かにそうなんだけど。面白がって言うのを止めて欲しい。

「ね、お願いです」


 ここで嫌といえるような性格だったらもっと楽な人生を歩んでいたんだろうな、って思えるぐらいには冷静だった。


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