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恋愛しなくてなにが悪い 3

 

 逃げ出したい。いますぐこの場から。

 だけれどもここは会社で、いまは就業時間で。

 どう考えても逃げることはできなかった。


 ぐらり、とめまいがして慌ててデスクに手をつこうとしたけど、遅かった。そのまま椅子と机がぶつかって派手な音を立てて座り込んでしまった。

「山田さん!」

「山田」

「山田、大丈夫か」

 藤沢さんが腕を取って起してくれようとしていたが、足に力が入らない。

「あ、俺がどこか休めるところに運びますよ」

 いま挨拶したばかりの子がそう言った。

「そうしてちょうだい。ここの階の階段の隣に休憩室があるから。すぐわかると思うわ」

 社長があっさりとそう返事をする。

「はい」

 心配そうな顔をして桐生くんは近づいてくる。

 はいじゃないええい近寄るな。思っていても口には出せない。

「大丈夫ですか、山田さん」

「え、ええ」

「じゃあコイツのことよろしく頼む」

 藤沢さん!ちょっと!

 藤沢さんはそう言って自分のデスクに戻っていた。みんなもデスクに戻って仕事を再開し始めている。

 どうしてくれよう、この状況。

「えーと、ちょっと立てないから、いいよ、それより自分の仕事して」

「いま来たばっかりでやることがわからないんですけど。それより、立てないって大丈夫じゃないですか」

「大丈夫大丈夫って…きゃぁ」

 ひらひらと手を振っていた私の横に桐生くんは膝をついて、手を私の膝裏と背中にまわして立ち上がった。

「山田、そんなイケメンにお姫様抱っこなんて役得じゃないか」

 藤沢さん、その発言止めてください。昼からにやにやしっぱなしだからって、いままで引きずっているなんてどういう性格をしているのだ。

 私は益々血の気が引いていく。

「顔、真っ青ですよ」

「大丈夫、大丈夫だから下ろして」

「平気です。俺、山田さんくらいなら運べますよ」

 じゃあ行ってきます、なんて言葉を吐いて本当に桐生くんは私を休憩室へ運んでいった。

 休憩室の長いソファにそっと下ろされた。

「ああありがとう。もう大丈夫。戻っていいから」

「…そうやってなかったことにするの?」

 桐生くんは膝を折って目線を合わせてきた。

「な、なんのことかしら」

 あさっての方向を向く私。視線が痛い。

「しらばっくれても無駄だよ。土曜のこと忘れたなんて言わせないから」

 いつの間にか桐生くんの言葉から敬語がなくなっている。

「ど、土曜?結婚式に行ったけど、それ以外なにもなかったわよ」

「ふーん。そういう態度をとるんだ。でも」

 すっと桐生くんの手が首もとにまで伸びてきた。なにをするのかわからなくて、そのまま指先を見つめていると、私のシャツのボタンを一つ外した。

「ここ、あと残っている」

 すうっと撫でられたところ、鎖骨に視線を走らせると、たしかにそこにキスマークがあった。

「!」

「これでも何もなかったって言えるの?」

 くすぐるように桐生くんの指が鎖骨のあたりを撫でている。

 ジ・エンド。

「……あれは酔っ払っていたし、事故だと思って忘れてちょうだい」

「俺は一滴も飲んでないし、事故だとも思っていないから忘れない」

「なっ」

「春花は全然覚えてねえの?」

「わ、私の名前!」

「ねえ」

「うっ」

 イケメンの上目遣いの攻撃力ははんぱない。悪いことしたような気になってきてしまっている。

 いやいやここはしっかり気を持たないと。

「……もしかして、もしかすると、私から誘ったの?」

 いま一番聞きたくない質問だけれども、聞いておかなくてはいけない。ここはきちんとしておかないと。

「いや。俺から」

 ちょっと安心してしまった。いや安心している場合じゃないんだけど。

「…ねえ、ひとつ訊いていい?」

「なに」

「あなた、いくつ?」

「来月でハタチ」

「!」

 十代の子に手を出してしまった!

「ねえ。おねーさん、なんでなにも言わずに出て行っちゃったの」

「え、え、そりゃあ」

 犯罪だと思ったからです。

「…本当にあの夜のこと、覚えてないの?」

「……ええ、全く。いつ飲みつぶれたかさえ分からないわ」

 それは本当だ。三次会に行ったことまでは覚えているけど、そのあとのことはさっぱりだ。

「…ふーん」

「ね、だから、お願い。犬にでも噛まれたと思って忘れてほしいの」

「なにそれお願い?」

「そうよ、なんでもするわ。だからあの夜のことなかったことにして欲しいのよ」

「…なかったことにはしないけど、誰にも言わない」

「!それでいいから」

 社内の誰かに聞かれたらと思うと冷や汗が出る。忘れてくれないなら、黙っていてもらうしかない。

「じゃあお願い聞いて」

「な、なに」

「付き合って」

「はあ?」

「俺と付き合ってよ。言っとくけど、おねーさんに拒否権ないからね」

「な、なに冗談言っているの。無理に決まっているでしょう」

「付き合っているひといないんだろ?じゃ、いいじゃん」

「なんでそんなこと知っているの!?」

「あの夜、教えてくれたのに」

「……」

 一体なにを言ったの、土曜の私。

「損はさせないよ」

 その言葉に反応する。

「!な、なっ」

「ん、なに」

「べ、べつに。…別に付き合おうがなにしようが承諾しないし絶対好きにならないわよ?」 

「大丈夫、落とせなかったやつはいないから。そういうこと言われると逆に火がつくね」

 …………。

 さすがイケメン。言うことが違う。

「じゃあおとなしくしててね。俺は戻って仕事してくるから」

「…はやく戻りなさい」

 あっちへ行けとばかりに手で追い払った。

 ふう、と一つ大きなため息をついて、ソファに寝転がる。

 気分はだいぶ良くなってきたけど、今度は頭痛がしてきた。

 と。

「ふーん、例の年下くんは、あの子か」

「藤沢さん!どうしてここに」

 藤沢さんは休憩室の入り口に立っていた。いつからそこにいたんだろう。

「あの子が戻ってこないんで、迷ってないか様子見にきたんだよ。うちのチームに入ってもらうことになったから」

 ガーン。

「に、逃げられない」

 その言葉をどう捉えたのか、藤沢さんはどうでもいいような顔をして言った。

「別にいいんじゃないの?つきあっちゃえば?」

「私は恋愛が嫌いなんです男性が大嫌いなんです!」

「の割には俺は平気なくせに」

「藤沢さんは私の教育係ですもん。気にしていたら仕事になりません」

「…あ、そ。それにしても、年下くん、かなりの肉食系男子だったな」

「……」

「ああいうタイプは落とすまでくらいついてくるぞ」

「それは経験談ですかそれとも藤沢さんがそうなんですか」

「ガツガツしているようにみえるか?」

「…見えません」

 やることすべてスマートだ。肉食系ではない。

「困ってないからな」

 どちらかというと、肉食系っていうよりも自信家だ。俺様だ。自分がもてることを知っているから、見せ方も分かっている。

「ま、ともあれがんばれ」

「……」


 大きくため息をつくしかなかった。


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