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恋愛しなくてなにが悪い 2

 

 は、犯罪だ。

 がくりと自分のデスクに突っ伏す。

 週末に起きた人生最大の危機を思い出して頭を抱えた。

 まさか人生初飲みつぶれて男の子をお持ち帰りしてしまうとは。私に限ってないだろうと思っていたのに。恋愛嫌いの私が。

 人生なにが起こるかわからない。


「おい朝から暗い顔してんな」

 こつん、と頭を叩かれた。慌てて顔を上げると先輩である藤沢さんの呆れた顔があった。

「…藤沢さん…」

「いつもの無駄に張っている近寄るなオーラはどこいった」

「私いつもそんなオーラ出していましたか」

 気づかなかった。

「おう。仕事中は話しかけるなって感じ全開だぞ」

 藤沢さんはコーヒーを飲みながら答えている。

 ああコーヒー担当は一番下っ端の私の仕事なのにすっかり忘れていた。

「ごめんなさい、藤沢さんがコーヒー入れてくれたんですか?」

「別にセットするだけだろ」

「ありがとうございます」

「…今日、昼メシ行くか」

 私の表情からなにかを読み取ったのだろう。基本的に優しい藤沢さんはそう提案した。

「奢っていただけるなら」

「そうやって図々しいところを、なんで他の奴には見せないんだ」

「藤沢さんぐらいですよ、こうやって図々しく踏み込んでくるのは。だからです」

「山田の教育係はまだ続くのか…」

「お世話になってますって、先輩!」

 デスクに座ったまま頭を深く下げる。

「山田ー!今日のアポとってある案件の資料はどこにあるんだ」

「あ、ここです!」

 自分のデスクに戻ろうとする藤沢さんに頭を下げて、デスクの引き出しを開けて資料を探し始めた。


「で、ぐでんぐでんの山田はそのままその年下くんに食われちゃったわけだ」

「な、え、ま、まあそうなんですけど」

 会社に近い定食屋の一角で藤沢さんと向かい合って食事を取る。冗談で言ったけど、藤沢さんは奢ってくれた。こういうところもさすがである。

 話題が話題だけにまわりが聞いていないかあたりを見渡してしまう。とくにここは社員が良く使うところだし。

「で、その後は?」

「その後?」

「まさか逃げてきたんじゃないだろうな」

「…そのまさかです」

「おまえ…」

 藤沢さんは呆れた声を出す。

「だって先輩ならどうします!?犯罪かもっていう状況ですよ!?」

 だん、とテーブルを叩く。この状況を分かっているのだろうか。

「俺ならおいしく頂いて、そのあともしばらく付き合うね」

 さらりと言う藤沢さんは、確かにかっこよくて社内で付き合いたい男ナンバーワンで女の子に困らないだろう。たまには違った層の女の子を、と考えてもおかしくないけど。

「な、な、」

「山田は男関係の話が出てこないから、てっきり男がダメだと思ってたが」

「ええ、ダメです」

 力強く答える。

「…の割には」

 ええ、言いたいことは良くわかります。

「大失態ですよ」

 頭を抱えるしかない。

「男と付き合えるんなら俺と付き合うか」

「はぁ?」

「冗談だ、冗談」

 藤沢さんはくくっと笑った。

「……からかわないでください」

「まるでダメだと思っていたのに、山田とこのネタで話せるかと思うとからかいたくもなるさ」

「むむむ…」

 確かに社内の恋愛話から極力避け、自分から話題を振ったこともない。

 それは興味がないと言うより、その話をしたくなかったからだ。

 すれば必ず話を振られる。それすら嫌だ。恋愛に興味がないなんて場の雰囲気を盛り下げるだけだし。それくらいは場が読めるから、あえて発言しないような状況に持っていくのだ。

 本当にみんなは恋愛話が好きだと思う。

「たくさんの女と付き合ってきたけど、恋愛が苦手っていうやつはいたけど、恋愛が嫌だっていうのは初めてだな。なんかあったのか」

「…なんか、ですか」

 もごもごと口を動かしていると、もてる男・藤沢さんはそれ以上追究してこなかった。

 そのあたりの気遣いはさすがもてる男。

「まあそいつとは一夜限りだから犬にでも噛まれたと思って忘れてしまえ」

「はああ、犬に噛まれて、ですか」

「ああ」

「…そうですね」

 もう二度と会うことはないから、そう思うことにしよう。

「…先輩は一夜限りってことはあるんですか」

「ん?」

 ごまかしているけどその顔は絶対ある。女の感がそう言っている。

 もてる男は女の敵だ。

「そろそろ休憩終わりだから、戻るか」

「あ、はい」


 午後もだかだかと仕事を片付けていく。

 今日はアポがないため、内勤だ。たまった領収書の清算に、会議に必要な資料、明日のクライアントとの打ち合わせに必要なパワーポイント作りとやることは山積みだ。

「あーもう、だれか暇なひといないかなぁ。仕事振りたい」

「おまえが言うか、山田」

 デスクのむこう側、藤沢さんが突っ込む。確かにここでは私が一番下っ端で仕事量もそれなりとはわかっているんだけど。下っ端は下っ端なりの仕事があるのだ。

 いま抱えているのはカフェと旅館の内装だ。旅館の方は藤沢さんと組んでやっている。

 明日は新しく抱える案件、カフェの初打ち合わせだ。初めての打ち合わせだけに、いろいろと資料が必要だ。なるべく早いうちにこれからの方向性を決めていきたい。

「ちょっと手を止めて聞いて」

 社長が珍しくこのフロワーにやって来ていた。みんな手を止めて入り口にいる社長の方を見ている。私はちょっと手が離せないので耳だけそちらを向けている。

「今日から夏休み期間限定でバイトに入ってもらうことになった子よ」

「桐生とときです。十の時と書いて十時と読みます」

「一昨日結婚した水沢のいとこだそうよ。みんな仲良くしてやってちょうだい」

「よろしくおねがいします」

 顔を上げて、ようやく社長の方を見る。頭を下げていたひとが正面を向いた。


 後頭部をガツンと殴られた感覚というものを、初めて、体験、した。

  


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