恋愛しなくてなにが悪い 1
かわいくない。
この言葉を言われ続けて29年。
今日ほどこの言葉を呪ったことはない。
「それではこれから三次会を始めます!」
今日は会社で一番の親友である美帆の結婚式だ。
30を手前にして相次ぐ結婚ラッシュにご祝儀破産寸前だ。
普段なら二次会で帰るところだけれども、一番の親友の式となればどこまででもついて行く覚悟。と思って三次会が始まったのがついさっき。
会社に入ってから仲のよい友だちができるとは思わなかった、しかもそれが親友と呼べるくらいの仲のよさは、奇跡に近い。
会社以外の仲の良いメンバーも私以外全員結婚してしまった。残るのは私のみ。ブーケを二度もらっているが兆しすら見えない。
私は恋愛が苦手だ。いや正直に言おう、恋愛が嫌いだ。
だからいいのである。いいのであるが、周りがみな結婚するとなぜか焦るのはなんなのか。
親に残念がられ、友人には相手を探そうかと言われ、外堀を埋められていく日々。
なぜみんなが恋愛を勧めてくるのかわからない。ひとりの方が自由になる時間もお金も自分のために使えるから贅沢だと思うのに。
そう思って白ワインをがばがば飲む。
こういうお店っていいお酒そろえているから、ワインもおいしい。チェーン店のワインは、昔はおいしいと思っていたけど、今では飲めなくなっている。
飲めなくなっているといえば、お酒の量だ。学生時代はそれこそ浴びるように飲んでいたのに、いまでは制限をかけないとだめになってきている。
年取ったな。ほんと。
「春花、飲んでる?」
今日の主役の美帆が隣に座ってきた。三次会ともなると会の雰囲気はくだけてきて、主役のふたりを囲ってというよりは、懐かしいメンバーと飲んでいるといった感じになっている。現に、いま美帆の友人と会社のメンバーと言った感じで分かれている。
「飲んでる飲んでる。それよりおめでとうね」
かちん、とグラスを合わせる。
「ありがとう。これでついにうちの会社の独身女性は春花だけになったわね」
そうなのだ。うちはこじんまりとしたデザイン事務所で、私の下は居ない。美帆は私の一つ上なので、入社7年目なのに文字通りまだ一番下っ端なのだ。
「だからって直接ブーケ渡すのは止めてください…」
「だってみんな彼氏もちだしカウントダウン入っている子ばっかりだから、ここは春花に渡しておかないとって思って」
「おかげで大注目浴びましたけど」
かわいくない性格のおかげで素直に喜べない自分がいた。
「いいじゃないの、二次会じゃいろんな男に声かけられてたじゃない」
「それが面倒なんだって」
「でた、春花の恋愛嫌い。ほんと昔なにがあったの?」
「…別に」
「もう、そうやってごまかして。過去の恋愛を忘れるには新しい恋愛よ」
「はぁ」
こういうパワーがあるのは尊敬してしまう。
「ま、今日は楽しんでよ」
「うん、ありがと」
美帆は立ち上がって次のグループの元へと移った。
ちょうどそのとき店員さんが後ろを通った。
「お兄さん、白ワインひとつ」
「はいかしこまりました」
はっきりと覚えているのはここまでだった。
気がついたら、見知らぬ部屋に居た。
見慣れない天井に首をかしげ、上半身をゆっくり上げると、頭がものすごい勢いでガンガンいっている。
「いたたたた」
この頭痛のパターンには覚えがある。二日酔いだ。昨日しこたま飲んだから、二日酔いになったのも頷ける。
しかしこの部屋には見覚えがない。誰かの部屋にお世話になったのか。
それにしてはなにか違和感がある。
ぱさりと言う音とともに布が腰に落ちた。どうやら上半身を覆っていたシーツが落ちたようだ。ふと視線を胸元に落としてぎょっとした。
胸元どころかおへそまで丸見え。服を着ていなかったのだ。
意識を飛ばすほど飲んだことがなかったが、もしかして意識を失うと服を脱ぎ出すタイプだったのだろうか。冷や汗が出る。
慌ててシーツを胸元まで引き上げて、ようやくいま自分がいるのは大きなベッドの上だと気がついた。
「う…ん……」
右隣からなにかが聞こえてきた。慌てて視線を走らせる。
きれいな背中が眼に入ってきた。シーツが背中の半分を覆っているが、無駄な脂肪のないきれいな筋肉がついた背中だった。
ふと気づく。なにかがおかしい。筋肉のついた背中…?
そのときその背中の持ち主がごろりと寝返りをうって私のほうに体を向けてきたのだ。
「!」
すやすやと寝ているのはどう見ても見知らぬ男の子だった。
もう一度言おう。男の子だ。
胸元まで上げたシーツをがばっという音が出そうなくらい素早く下ろす。その先までシーツをめくったところで頭を抱えた。
何も身につけていなかったのだ。
…………。
いやいやいやいや。まだその答えに行き着くには早い。
とりあえず冷静になろう。
大きく深呼吸をする。
ドラマでもよくあるではないか。げろってしまって介抱して一晩同じベッドで過ごしました、という展開が。
そちらの方が納得がいく。昨日しこたま飲んだし。記憶ないし。
だって私に限ってこの状況はありえない。
男の子を起さないようにベッドから降りる。
朝日が差し込んでくる部屋をもう一度見渡すと、この部屋がどんな部屋なのかよく分かってしまった。
ラブホだ。
まさか人生初のラブホをこんな状況でとは思いも寄らなかった。
とりあえず服を着よう。服を。ベッドの周りに散乱している服を集めようと腰を屈めた。と。
「あいたたた」
腰が痛い。
股関節が痛い。
なにより下肢に違和感がある。
「これってもしかしていやもしかしなくても」
どう考えてもこの状況は否定したい考えに行き着く。
「私、やっちゃった…?」
ザーッと血の気が引いていくのがよくわかった。
もう一度男の子の方を見る。
相変わらずすやすやとよく眠っている。
その事実を突きつけられ、慌てて服を身につけてその部屋から逃げ出した。
だって隣に寝ていた子はどう見たってハタチぐらいの男の子だったんだから。