メルト・ダウンα
伏せ字の所は、本編に出す予定です。
ワルイモノガ、ハイッテクルカラ
トジマリシナイト、イケナイネ
かのじょは、ソウいった。
目を開けると、吐き気がしそうなほど色濃い世界が私を取り囲んだ。
空間と実体を識別出来ないほどの鮮やかな原色達が、現実と虚無の境を無くす。
奥行きのない、真っ平らの抽象画のような視界に、私は問いかけた。ここは夢か、現実か、と。
「色の洪水」
そう形容するしかないこの世界は、現実と虚無の交じる 曖昧なもの。
私の中でしか存在しない、妙にもやもやした、それでいて強烈な色彩の霧。
私は死んだのだ。
きっと
誰も気にとめない最期。
体面だけ気にして流される、申し訳程度の涙と、
人間の身勝手な理由のために幾つもの命を散らさせられた、花達の死骸に見送られて、
時の狭間に永遠に閉ざされた少女。
少女は、牢獄からの自由と引き換えに、記憶をむしりとられる。
それが、きっと今の私。
私は目を閉じた。
色の世界はまぶたの裏と地続きになっていて、ただ、明るさだけが反転する。
私には、少女の記憶がほとんどない。
記憶の大部分は、抜け堕ち、底で腐りはてている。
抜けた後の穴には、黒い空間がぽっかり空いているだけ。
確かに所々記憶は残ってはいる。
ただ、それも不鮮明な記憶。
母らしき影が動き回る。
父らしき声が、一定のリズムを刻む。
誰かの笑顔の静止画が揺らめく。
そんなささやかな記憶さえも結合と乖離を繰り返し、甘美にして不完全なものとして新しく作り替えられる。
わたしの都合のいいように。
そして
ここは天国か。
地獄か。
神はいるのか。
いないのか。
私は永遠に答えを出すことはない。
二つの背反した問題は、生きているものたちの混沌によって生み出されたもの。
死んだものには、秩序が及ばないのと同様、縁のないことだ。
しかし、自由を手に入れた私は、自由という退屈さに縛られる。
私は手に持っていた重いカバンに手を掛ける。
ジッパーを開けると、中には愉快な世界を作る道具が入っていた。
拳銃が一丁
数えきれないほどの銃弾
ナイフが三本
注射器が一本
ワクチンがいくつか
神様、やるじゃん。
信じてもいない神に尊大なほめ言葉を使った。
玩具を見つけて少し時がたった。
私は未だに迷っている。
この弾をどこに打ち込もうか。
このナイフで何をえぐろうか。
この注射器はいつ使おうか。
そのとき、空間が移動した。
ざわりと鳥肌がたつ。
気配がする方をじっと見つめる。
ぐちゃぐちゃな色の中に、ある規則性を発見する。
動く色と動かない色。
動く色の方は、まるでアメーバのようにぐにゃぐにゃ動きながら、だんだん大きくなっていく。
アメーバは、黄色と白のまだら模様で、動く度に色の配置が換わるので、輪郭がぼやけて見える。
私は気味が悪くなり、吐き気を感じた。
これを撃つのだろうか。
撃てばどうなるのだろう。
黄色、緑、半透明の液体やらかけらやらを噴き出さないだろうか。
そんなものが私に掛かるのは最悪だ。
考えるだけで吐き気が催す。
だけど、私は。
そうだ、死んだのだった。
死人は穢れた存在らしい。
穢れたモノが、穢れたモノを清める。
そう、清めるために、私は
拳銃に手を掛ける。
銃創を穢れたモノに向ける。
引き金に指を掛けたところで、頭の中で声がした。
こう、弾を込めて、シリンダーを回して、引き金を引く。ホントに撃ちたいときはね。だからあたしは…
そこから先の声は、暗闇。
ねっとりと黒に捕まって、どろどろに溶けていく。
記憶の通り、拳銃を操作する。
撃った。
パン、と思ったより軽い音がした。
アメーバは想像とは裏腹に、赤くに変色して、白っぽいピンクのねとねとしたものを吐き出した。
私には運良く掛からなかった。
威嚇?
アメーバは動き続ける。
強烈な不安感を感じた。
しかし、それは杞憂だった。
次第に動かなくなり、周りの色と同化して消えていった。
ここにきて以来、初めて安らぎを覚えた。
しかし、安心感は長くは続かない。
背後に気配を感じた。
今度は躊躇せずに撃った。
同じだ。
何もかも。
全てがマニュアル通りに進んで行く。
私はアメーバを見つけ続け、アメーバは次々に撃たれていく。
ただ、さっきと違う点が一つ。
だんだん、アメーバが形を取り始めているらしい。
前は汚れきったパレットのように不規則で形のないモノだったアメーバは、楕円の形を取り始め、少しずつだが実体らしきものをとりはじめていた。
パン、と軽い音が鳴り響く。
ばたりと倒れたその物質は、もうアメーバには見えない。
それは…
ヒト
だった。
アメーバ達は、ヒトの姿を手に入れ、私になおも襲いかかってくる。
アメーバ達の鳴き声が耳に響く。
*****、******
*************…
うるさい
うるさいうるさいうるさい
アメーバに銃口をむけると、静かになった。
ついでとばかりに引き金を引く。
撃った反動で、カバンを取り落としてしまった。
胸を不安が横切る。
引ったくるように持ち上げ、中を開ける。
注射器を取り出し、じっくりと観察する。
大丈夫そうだ。
ワクチンも確認し、胸をなで下ろした。
もしこれがなかったら…
もしこれがなければ、アメーバになるところだった。
私が私であるための必要最低限の道具たち。狂おしいほどに愛おしい。
ついでとばかりに、腕をまくり、赤くはれた右腕を露わにする。
どうすればいいか、すでにわかってる。
注射器で容器から注意深くワクチンを吸いこむ。
そして腕に針を突き刺し、中身を押し出すだけ。
再び目をあけると、あの実態のない世界へと戻った。
…?
カバンがない。
いや、そんなはずは
不意に腕にぬらっとした感触を覚える。
アメーバだ。
今、私は銃を持っていない。
カバンの横に置いてきてしまった。
アメーバは私をからめ取る。
*********
よくわからない叫びをあげて、アメーバは私を強い力で引っ張る。
その力は、あまりに強く、抵抗すらできなかった。
強引に引きずられる最中、頭になにか被せられた。
最終的に狭い箱のようなところへ押し込められる。
**、**********?
箱のなかには、別のアメーバがいた。
キンキンと頭に響く鳴き声。
しかし、全てを無くしてしまった私に、アメーバを退治することは不可能だった。
もういいや。私にはできないことだった。
そう、諦めることが一番。
だけれども。
私には、あきらめることができない。
冷たい闇の中で、私はうずくまる。
ぎゃあぎゃあ喚くこのアメーバのうるささは今までの比ではない。
私の額に深く溝が刻まれた。
最近、一段とうるさいアメーバが増えてきた。
日に日に頭痛に悩まされる私に配慮してほしい。
アメーバたちはヒトの姿を完成させていた。
それどころか、ヒトの世界の建築物も造り上げていた。
私が今いるところは、まさにヒトの世界で言うところの病院である。
うるさいアメーバを無視し続けると、気が済んだのか、部屋から出て行った。
ほっとため息をついたのもつかの間、また新たなアメーバが入ってきた。
今度のアメーバは、むっつり黙り込んだまま。
私はちらりとアメーバを見た。
…目があってしまった。
アメーバがぼそり、と呟いた。
マホコ
その瞬間、心臓が止まりそうになった。
これは、この子はアメーバではなく…
人間。
ネェ、イッショニ…
語尾がかすれてよく聞こえなかった。
その子は立ち上がり、ドアを開けてから私を見た。
ついてきてほしいのだろうか。
私がその子に近付くと、その子は歩き出した。
長い廊下を通り抜け、エレベーターに乗り、上へ昇る。
最上階へ行くと、エレベーターを降りて、階段をまだまだ上へ登る。
上へ上へ上へ…
ついに屋上にたどり着いた。
今まで一度も振り返らなかったその子は、屋上のフェンスに指を絡ませ、隣にいた私を見た。
マホコガ******ダケ。
その子はフェンスに足を掛ける。
ダカラユルサナイ
フェンスをするするよじ登り、向こう側へすとんと落ちる。
屋上に一人佇む私は、風にあおられながら、ただ立っていた。
目を閉じて、しゃがんで膝を抱え込む。
乱暴に腕を掴まれる感触がした。
オ前ガ、アノ子ヲ
見上げると男がいた。
ヒト…だった。
「殺したんだよな」
帰ってきた。
ついに私は
かえって、これたんだ
「許さねぇ」
ソラガキレイダッタ
スベテガカンペキナセカイニ
ダイスキナ、コノセカイニ
「一生許さないからな」
カエッテ、コレタンダ
男の前で、
わたしは
フェンス
を
のりこえ
アノコノヨウニ
*****…
**,
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読みなおして思ったんですが、
私って大丈夫だったんでしょうか…これ書いてるとき。
なんか完全に自分の世界に入ってる…
誤字脱字等あれば、ご指導お願いします。