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そうだ! 常夏にしよう

作者: カズト

「そうだ。常夏にしよう!」

『脳味噌にウジでもわいたか、主』


 今日も今日とてひとりの魔女(生活不適合者)と一匹の黒猫テレパシストはオンボロアパートでのんびりと休日を過ごしていました。



 そうだ。常夏にしよう!



「さて、世界を常夏にしよう計画について議論を開始しようか」

『議論以前の問題だろう。そんなイカレた思考回路はドブ川にでも捨ててこい』

「う〜ん、術式がめんどうだしな。そういうの」


 思考回路はドブ川に捨てられるのでしょうか。ま、それはさておき、とあるアパートの一室で気まぐれな魔女の発言が物議を呼んでいました。


『じゃあ、いちおう聞こうか。どうしてそんなクレイジーな考えに至ったのかを』

「だってさ。今、寒いじゃんか、春も迫ろうかというのに雪とか降っててさ。桜も満開に咲いてたのに。だから、海水浴でもして気分を紛らわそうかと」

『なら、今すぐ寒中水泳やってこい。たったそれだけでこの世界は救われる』

「いや、いくら魔女でも寒いもんは寒いぞ」

『それぐらい我慢しろ。だいたい地球温暖化が叫ばれているこのご時勢。なぜ主はその結論に達した』

「いや、三十年ぶりに水着でも着てさ。泳ごうかなって。実にシンプルで純粋、ピュアな考えじゃないか」

『そのシンプルで純粋でピュアな考えとやらで、永久凍土の氷を溶かす気か、海水面を何ミリ上昇させる気だ』

「そんな大げさな」

『主の悪魔の所業を見てきたオレが言うんだ。間違いない』


 〜そうだ。ビッグウェーブでサーフィンしよう〜


 この気まぐれな一言により地球は未曾有の危機に瀕しようとした。具体的には局地的な大津波、海水を巻き上げる竜巻――etc.etc.


『あの時はすんでのところで未遂に終わったが、主の存在は核ミサイル百発分より危険なんだと実感したぞ』

「そうだったっけ?」

『だからこそ、そういう馬鹿げた行動は自重すべきだ』

「でもなぁ、寒いし」

 

 銀色の髪をくしゃくしゃとかいて窓の外をながめる樹雨。

 壁の薄いボロアパートでは冷たい風がダイレクトにやってきます。ま、常夏にしたらしたで蒸し暑くてやってられないでしょうが。


『主よ、冷静に考えろ。ここはハワイのような南国ではない。高温多湿の日本で常夏にすれば確実に死ねるぞ』

「そういえばそうか。なら、湿度を微調整して」

『ああ、いらん知恵を与えた。つーか、主よ、あんたの微調整は信用ならん。あんたの感覚は凶悪にアバウトだ』


 クロの脳裏には湿度がバカみたいに下がって温度がバカみたいに上がる光景が鮮明に浮かび上がりました。


『だいいちどうやって常夏にするんだ。気温を上昇させる魔法はあるにはあるが、地球全土に影響を与えるにはとてつもなく膨大な魔力と術式が……』

「だから、手っ取り早く『太陽』でも持ってこようかなって。圧縮魔法と転移魔法を組み合わせて」

『……ハ?』


 太陽というのはひょっとしてあの太陽でしょうか。コロナやら黒点やらのあの太陽でしょうか。ひょっとして樹雨はバカなのでしょうか。 

 ようやく現世に復帰したクロは樹雨に叫びます。切実に。


『あんたは地球を滅ぼす気か!? 太陽系になにか恨みでもあるのか!?』

「強いていうなら知的好奇心」

『このマッドサイエンティストが!』


 樹雨は指をふり「チッチッチッ」とわざとらしく言いました。


「現代の魔女体系は科学者と共通する面があるんだぞ。だから」

『んなこた、どうだっていい!』

「うわ、怒鳴るなよ」


 樹雨は遮断結界でクロの怒声テレパシーをシャットアウトします。そして、すぐに解除。


「けどさ、前人未到の領域に踏み込んでみたいと思うのは魔女として当然の欲求で」

『そのために世界中の動植物を犠牲にするな! 百歩譲って常夏にするなら迷惑をかけない方法を使え』

「迷惑をかけない方法?」

『お得意の亜空間魔法に決まってるだろ。大事に育てたゲテモノ植物といっしょに永久に常夏を満喫すればいい』


 クロを補足すると亜空間魔法とは樹雨が作り出した別の世界のこと、ゲテモノ家庭菜園とは樹雨が趣味で作った魔界植物の菜園のことです。

 ちなみに菜園の植物はたまに人食います、根っこが人面で引っこ抜くと死にます、天高くそびえる豆の木がありま――どんな菜園だ。


「でもなぁ。あいつら油断してると私を食うんだよ。この前なんか植物の胃袋で目を覚ましたし」


 植物に胃袋、油断していると食われる――どんな人外魔境でしょうか。


『……話がそれた。地球常夏化の話にもどるが』

「あ、そうだった」

『常夏にして主になんのメリットがある。主はスキーも好きじゃないか。デメリットしか感じないぞ』

「けど、年中かき氷やら花火やらが見れるぞ。食料品の消費率は上がる。夏の風物詩を満喫できる。ほら、十分メリットがあるじゃないか」

『しかし、真冬に商売する人は困るだろう。動植物や昆虫も同義だ。生態系がひっくり返るぞ』

「じゃあ、この部屋だけ常夏にしよう。これで解決」

『主よ、もし正気なら『馬と鹿』という文字を虚空に書き連ねろ。奇跡が起きればバカが直るかもしれん』

「えっと、馬と鹿、馬と鹿、馬と鹿……私はやっぱりネコの方が好きだな。クロ」


 そう言ってにっこりと微笑む樹雨。

 天地がひっくり返らないかぎり彼女のバカは直らないかもしれません。マジで。


『よし、もういちど冷静になって考えるぞ。たしかにあなたは魔王と肩を並べ、精霊王との間に子を身篭り、魔女の王を滅ぼした全世界見ても非常に稀有な存在だ。さらに龍族の象徴たる紅蓮樹から削り出した杖、龍木の杖に選ばれた者。どれだけ料理含め家事全般の能力が欠けていても立派に世界最強の魔女だ』

「けなされてるのか褒められてるのか、実に微妙だな」

『ともかく、軽率な行動は自重すべきだ。つーか日々の生活を摂生しろ。あんた便秘で悩んでただろ。いきなり部屋を常夏にしたら体調崩すぞ』

「言うなよ。恥ずかしいな」

『あんたはまず日頃の生活を恥じるべきだ。それに主よ。魔界の双王たる『魔王』や『精霊王』もあんたには大人しくしていてほしいと言っている。特に精霊王は切実だったぞ、あのお方の息子、つーかあんたの息子が地上にいるから天変地異は勘弁してくれって』

「あいつめ」


 樹雨はこぶしを握り締めて”ガン”と食器棚を殴ります。

 クロは慣れた様子でひょいひょいと落ちた食器を受け止めました。さすがネコとはいえ使い魔のクロ。

 こんな感じで使い魔の運動能力を発揮するのはいささか憐れみを覚えますが…… 


「まあ、そこまで言うなら。とりあえず部屋だけ常夏にしてみるか」

「根本的な解決になってない気がするが」


 樹雨は虚空に術式を刻みました。



 一週間後……



「ぎゃあああああああああ」


 ボロアパートの一室からその絶叫は轟きました。


「ご、ゴキブリが、ゴキブリが出やがった!!」


 外は春の訪れを告げる桜が満開。中は夏の訪れであるゴキブリがうじゃうじゃ。


『あ、あんた。世界最強の魔女だろ! ゴキブリごときにビビるな!』

「私の唯一無二の天敵なんだ!」


 どたんばたんと部屋の中は大混乱。

 錯乱気味の樹雨、うでを爪で切って滴り落ちた血を使い、虚空に血文字で術式を刻みます。

 刻まれた文字は――紅爪の凶炎サラマンドラ


「我、大罪の魔女が命ずる――以下略」


 樹雨は高速呪文を詠唱し、省略術式を虚空に刻みます。

 いつもと様子がちがい、樹雨の足元に真紅の魔法陣が現われ、うっすらとなにかの影が現われます。

 こんな適当な魔術式でこれほど高位の精霊召喚があっさりと発現しました。


『わ、バカッ! ここで四精霊魔法を使うな!』


 クロの静止も樹雨はシカトして、


「――王権発動・赤き血流の蜥蜴サラマンドラ


 数匹のゴキブリを葬るために発言させたのは、かの魔女の王、金色の破壊者に致命傷を与えた四精霊魔法のひとつ。――赤き血流の蜥蜴サラマンドラ

 燃え盛る紅蓮の大蜥蜴おおとかげ。四精霊のサラマンドラが魔法陣を介して召喚されます。

 無論、たかがオンボロアパートの一室。

 一瞬でなにもかも消し飛んだのは言うまでもありませんでした。


 暑いのは嫌だけど、サラマンドラの凶炎はもっとやばかったとさ。



 おわり♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 外伝的な話なのか、この話だけでは完結できてないように感じます。 あとこんなにコメディチックな話なのに笑えないです。でも楽しいです! もう少しテンポよくされてはいかがでしょう?
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