Last words -03
その日の晩、彼女の家から電話があった。
その電話に出たのは母さんだった。そして、電話をしている母さんの顔は、傍目にも判るぐらいにサァァ…と青ざめていくのが見えた。より正確に言うのなら、青ざめるというよりも白くなっていく感じだった。
電話を切ってから、母さんは僕を呼び、静かにこう告げた。
「落ち着いて聞いてね」
そこで母さんは、自らをも落ち着けるかのように深呼吸をした。そして、言葉を続ける。
「百合ちゃんが急に心臓発作で倒れて、」
―――救急車で搬送されたって……。
いつしか、外は激しい雨が降り始めていた……。
僕の中で、時間が止まった。まだ母さんは何か僕に言っていたけれど、全く耳に入ってこなかった。 頭の中で、シンゾウホッサやキュウキュウシャデハンソウといった言葉が、木霊していた。
それから先、5分間程の記憶が、僕には無い。
気が付いたら、僕は車に乗っていた。後になって聞いたことだが、あの後僕は一言も発さず、母の言うがままに出かける仕度をし、車に乗り込んだのだと言う。
その目は虚ろで、さながら生ける屍のようだったらしい。
車が病院に到着した。
車から降りると僕と母はまず玄関に向かう。白鳥の治療はもう終わっていて、彼女は既に一人部屋へと移されたらしい。僕たちは、早足で彼女のいる部屋へと向かう。
彼女は眠っていた。僕はそう思った。しかし現実は違った。
彼女はまだ、意識が戻らないのだという。
呼びかけたら意識が戻ることもある、という医者の言葉を聞いた僕は、早速彼女へと呼びかけ始める。
呼びかけ始めてから10分が経過した。
僕と白鳥の親達は僕に気を遣ったのか、今はこの病室にいない。僕と彼女を二人きりにしてくれたらしい。
しかし、いくら呼び掛けても彼女は目を醒まそうとしない。
少し諦めそうになる。その時、僕はふとある事を思い出した。
(そう言えば、眠り姫ってあったよな…。あれってどうやってお姫様を起こしたんだっけ?……思い出した。王子様のキスだ。…そういえば、白雪姫もキスで生き返ったんだよな……。…試してみようかな……?いやでも、なんかそれは色々と倫理的にマズイ気が…。………でもやっばり、可能性があるのなら、僕はそれに賭けてみようか)
緊張しつつ、周りをキョロキョロと見る。当然だが誰もいなかった。うん、誰かに見られながらキスをする、というのは中々に気恥ずかしいものがあると思う。
一通り確かめてから、僕は彼女の顔へと顔を近づけていく。こんなカタチで再びキスをすることになるとは、思ってもみなかった。
僕と彼女との距離が、30センチ、25センチ、20センチ…。次第に近付いていく。そして――――。
僕と白鳥の、唇が触れ合う。
しかし、彼女は目を醒まそうとしない。
やっぱり駄目なのか、と諦めかけ、俯いたその時、
ぴくり
と、彼女の指が微かに動いた気がした。
僕はハッとして、彼女のことを見る。
奇蹟が起こった。
白鳥はうっすらと目を開け、僕の顔を見るとハッとしたように目を見開いた。
その時の彼女の顔を、僕ははっきりと覚えていない。僕はその時、泣いていたから。
まだ終わりません。次回は(次回も?)ちょっと重めです。