「今日は雨だから、世界を救うのは明日にしよう」と国一番の最強騎士団長様が仰るので、一日中パジャマのまま二人でベッドに引きこもります。~緊急招集で王子の猫探し?勝手にどうぞ。今は私たちだけの時間なので~
ザアアアアアアアアアッ……。
窓の外から聞こえてくる、激しい雨音で目が覚めた。
重たい瞼をこすりながら、私はベッドサイドの時計を見る。
朝の7時。
普段なら、とっくに起きて朝食の準備をしている時間だ。
けれど今日は、待ちに待った休日。
それも、ただの休日じゃない。
私の夫であり、この国の騎士団長を務めるレイナルドとの、数ヶ月ぶりのデートの日。
私が、待ちに待った日だ。
「……うそ」
私はガバッと上半身を起こし、カーテンの隙間から外を見た。
暗い空。
地面を叩きつけるような土砂降りの雨。
風も強く、庭の木々が大きく揺れている。
「そ、そんなぁ……」
私はがっくりと肩を落とした。
楽しみにしてたのに。
新しいワンピースも買ったし、レイと一緒にずっと行きたかった街のカフェも予約したのに……。
これじゃあ、お出かけなんて無理だ。
「……はぁ。ついてないな、私」
ため息をついて、再びベッドに倒れ込もうとした、その時だった。
モゾモゾ、と隣の布団の塊が動いた。
「……んん……ルメリア……?」
低い、寝起きの掠れた声。
布団からひょっこりと顔を出したのは、黒髪のボサボサ頭。
眠たげな瞳。
普段は銀色の甲冑に身を包み、「剣聖」だの「王国最強の剣」だのと崇められている彼だけど、今の姿は完全に「寝起きの大型犬」。
「おはよう、レイ。……ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや……雨の音がうるさくてな……」
レイは大きなあくびを一つ噛み殺すと、私の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せた。
「きゃっ」
抵抗する間もなく、私は温かい布団の中へと逆戻りさせられる。
レイの体温が高い。
鍛え上げられた胸板の硬さと、そこから伝わる熱が、私の体を包み込む。
「……どこへ行くつもりだ」
「どこって……もう朝だよ。朝ごはんを作らないと」
「……却下する」
レイは私の首筋に顔を埋め、子供のようにすり寄ってきた。
「今日はデートの予定だったはずだ。外出しないなら、早起きする必要はない」
「でも、お腹すきませんか?」
「空かん。それより眠い。……昨日の訓練で、部下たちを百人相手にしたから体が重いんだ」
ああ、そういえば言っていた。
遠征から帰ってきたばかりで、鈍った部下たちを叩き直すと言って、鬼のようなシゴキをしてきたらしい。
自分も疲れているだろうに。
「……わかりました。じゃあ、もう少しだけ寝ましょうか」
「ああ」
彼は私を、ぎゅうぅぅぅ、と強い力でホールドする。
「ちょ、レイ? 苦しいよ」
「……少しだけ。いいだろ?」
レイは目を閉じたまま、満足そうに呟く。
「このまま二度寝しよう。雨音を聞いて、君の体温を感じながら眠る。……これ以上の贅沢が、この世にあるか?」
「ふふ、ないかもね」
私も彼の背中に腕を回す。
雨の日は憂鬱だし、楽しみにしてたデートに行けなかったのは悲しいけど、こうして彼とくっついていられるなら、悪くないかもしれない。
私たちは窓の外の激しい雨音を聞きながら、再び幸せなまどろみの中へと落ちていった。
◇◆◇
次に目が覚めたのは、お昼を少し過ぎた頃だった。
ぐうぅぅぅ、と私の腹の虫が鳴く。
「……さすがに、お腹空いたね」
「……む」
レイも目を覚ましたらしい。
でも、起き上がる気配はゼロだ。
私のことを抱き枕にしたまま、離そうとしない。
「レイ、キッチンに行って何か作ろう。簡単なサンドイッチとかどうかな?」
「……キッチンまで行くのが面倒だ」
「ええっ? 騎士団長様がそんなことでどうするの?」
「今日は休日だ。今の俺はただのレイナルドだ」
彼はむすっとした顔で言うと、サイドテーブルに視線をやった。
そこには、昨夜のうちに用意しておいた「お出かけ用のおやつ」が入ったバスケットが置いてある。
クッキーに、干し肉、ドライフルーツ。
「……あれでいい」
「え、お菓子をお昼ごはんにするの?」
「たまにはいいだろう」
私は仕方なく、布団から腕だけを伸ばしてバスケットを引き寄せた。
ベッドの上でお菓子を食べるなんて、昔だったら考えられないな。
私の中に少しだけ残ってる前世の記憶。
雨の日に、勉強をさせられていた私と、厳しい母と父。
死んだ理由とか、そういうのはなんにも覚えてないし、両親の顔すらぼんやりとしか覚えてないけど……こんな風に、のんびり暮らしたいなぁって思ってた。
社会に出てからは、雨の日に仕事に行くのが憂鬱で、いっつも、休みたいなぁ……って思ってた。
そして、その夢は今、レイと共に叶えられてる。
私の雨の嫌な思い出も、優しい想い出に、レイが塗り替えてくれる。
きっとこの素晴らしい人生は、神様がくれたご褒美なんだと思う。
こんなに私を大切に愛してくれる旦那様と出会わせてくれて、ありがとう、神様。
「はい、どうぞ。あーん」
クッキーを一枚、レイの口元へ運ぶ。
彼はパクっとそれを咥え、モグモグと咀嚼する。
「……うまい」
「私が焼いたやつだよ。自信作」
「知ってる。君の味がする。君にしか出せない、不思議な味だ」
「……っ、もう。そういうことサラッと言わないでください」
私は照れ隠しに、自分もクッキーを齧る。
サクサクとした食感と、バターの香りが口の中に広がる。
「……ねえ、レイ」
「ん?」
「本当は、あのカフェに行きたかったな。新作のパンケーキが食べたかったの」
「すまない。俺が雨を斬れたらよかったんだが」
「ふふっ、さすがに雨まで切っちゃったら、人間やめてるよ?」
レイは真剣な顔で「修練が足りんな」と呟いた。
この人は本気でやりかねないから怖い。
「でも、こうして家でゆっくりするのも、悪くないだろう?」
レイが私の髪を指で梳きながら、優しく微笑む。
「遠征中は、森の中で寝ることもあった。常に魔獣の気配を気にして、熟睡なんてできなかった」
「レイ……」
「でも今は、清潔なシーツと、ふかふかの布団。それに……愛しい妻がいる」
彼は私の頬に手を添え、親指で唇をなぞる。
「ここは天国だな」
「……我が家の寝室ですよ?」
「そうか。なら、俺の家は天国よりも居心地がいいということだな」
甘い。
今日のレイは、砂糖をぶちまけたみたいに甘い。
普段、部下たちの前で見せる「鬼の騎士団長」の顔はどこへ行ったのやら。
でも、私だけに見せてくれるこの無防備な顔が、たまらなく愛おしいのも事実だ。
「レイ、大好き」
「俺もだ。ルメリア」
ちゅ、と軽いキスをする。
雨の日のベッドの上、パジャマ姿のピクニック。
これはこれで、最高のデートかもしれない。
◇◆◇
そんな穏やかな時間を過ごしていた時だった。
レイがふと、何かを思い出したように体を起こした。
「……そうだ。ちょっと待っていてくれ」
「え? なに?」
「大切なことだ」
レイはベッドを出て、窓辺へと向かった。
そして、小さな紙切れとペンを手に取り、さらさらと何かを書き始める。
さらに、窓の外に向かって口笛を吹くと、雨の中だというのに、一羽の白い鳩が飛んできた。
彼はその鳩の足に手紙を結びつけ、何かを囁いてから空へと放った。
「……?」
私はその様子を、布団の中からじっと見ていた。
レイがベッドに戻ってくる。
「誰へのお手紙?」
何気なく聞いたつもりだった。
でも、レイの反応は少し意外なものだった。
「……大切な手紙だ」
彼は少しだけ口元を緩めて、そう答えた。
大切な手紙。
仕事の連絡なら、もっと険しい顔をするはずだ。
それに、今日は休日。王城への連絡なら魔法具を使うはず。
わざわざ鳩を使うなんて、個人的な……秘密のやり取り?
私の胸に、チクリと嫌な予感が走る。
「……相手は、女の人?」
恐る恐る聞いてみる。
レイは私を見て、ニヤリと笑った。
「なんだ、妬いてるのか?」
「……っ、ちがいますっ」
「顔に書いてあるぞ。『私のレイを取らないで』と」
「うぅ……」
図星だ。
だって、レイはかっこいいし、英雄だし、モテる。
遠征先でも、貴族の令嬢や、助けた村娘から言い寄られているという噂は絶えない。
私は彼を信じているけれど、不安になることだってある。
「……うん。妬いてる」
私は拗ねて、布団を頭から被った。
すると、上からレイが覆いかぶさってきた。
「心配するな。俺は君しか見えてない」
布団越しに、彼の声が聞こえる。
「本当に、ただの確認事だ。やましいことなど一つもない」
「……ほんと?」
布団から目だけを出して彼を見る。
レイは優しく私の目元にキスをした。
「本当だ。誓ってもいい」
「……わかりました。信じます」
彼がそこまで言うなら、信じるしかない。
でも、あの手紙の相手が誰なのか、やっぱり少しだけ気になってしまうのだった。
私って、めんどくさい女なのかな?
◇◆◇
午後3時を回った頃。
私たちの「堕落した休日」を妨害する者が現れた。
コツコツコツ。
窓ガラスを叩く音がする。
「ん……?」
レイが不機嫌そうに窓を見る。
そこには、王家の紋章が入った立派な伝書鳩が止まっていた。
「王家の紋章! こんな雨の中来るなんて、緊急事態かも!」
私は慌てて飛び起きようとした。
王城からの直通便。
それは、魔獣の襲撃か、隣国の侵攻か、あるいは国家転覆の大事件か。
騎士団長であるレイが出動しなければならない案件に違いない。
「レイ、早く着替えないと! 鎧はどこですか!?」
しかし。
レイは動かなかった。
むしろ、私を布団の中に引きずり込み、ガッチリとホールドしたのだ。
「……無視だ」
「えっ!?」
レイは指先だけで魔法を使い、窓のカーテンをピシャッ! と閉めた。
さらに、防音結界まで張って、外の音を完全に遮断してしまった。
「レ、レイ!? いいの!? 騎士団長なのに!」
「……俺は今、正規の休暇中だ。それに、どうせくだらん内容だ。そんな予感がする」
「でも、わざわざ使いが来るなんて、よっぽどのことじゃ……」
「……分かった、確認だけする」
レイは面倒くさそうに溜息をつくと、サイドテーブルに置かれたままだった魔法の通信石(受信専用)を手に取った。
そこに表示されたメッセージを一瞥する。
『至急参集セヨ。案件:王太子殿下ノ飼イ猫ガ脱走シタタメ、騎士団総出デ捜索サレタシ』
「…………」
レイのこめかみに、青筋が浮かんだのが見えた。
「え……?」
私も絶句した。
猫?
この土砂降りの中、魔道具へのメッセージだけじゃなく、伝書鳩まで飛ばして騎士団長を呼び出す理由が、猫?
「……ほらな、くだらん……」
レイは通信石を放り投げた(布団の上だから壊れなかったけど)。
「こっちは数ヶ月ぶりの妻との休日だぞ!? それを、猫の捜索だと!? ふざけるのも大概にしろ!」
「ま、まあまあ、レイ。でも王太子殿下の猫ちゃんだし……」
「知らん! 部下に探させろ! いや、そもそも猫なら勝手に帰ってくる! 猫の能力をなめすぎてる」
レイは私を強く抱きしめ、子供のように駄々をこね始めた。
「俺は行かんぞ。絶対に行かん」
「でも、もしこれで国の一大事になったら……」
「ならん。俺がいなくても、今日一日くらい世界は回る」
最強の騎士にあるまじき暴言だ。
でも、その顔は本気だった。
「外は雨だ。視界が悪い。それに俺は今、重大な任務中だ」
「任務?」
「ああ。……『ルメリア成分の補給』という、国家存亡に関わる最重要任務だ」
彼は私の胸に顔をうずめ、すーはーと深呼吸をする。
「だから……」
レイは顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「今日は雨だから、世界を救うのは明日にしよう」
「ぷっ……ふふっ。なに? その子供みたいな理由」
「いいんだ。子供みたいでも。こうして君とくっつける理由になるんだから」
私は思わず吹き出してしまった。
明日にしちゃうんだ。世界。
「わかりました。じゃあ、今日は世界が滅んでも、私たちはここにいましょうね」
「ああ。約束だ」
私たちは再び布団をかぶり、王城からの呼び出しを華麗にスルーして、二度寝(三度寝?)へと突入したのだった。
◇◆◇
夕方になり、雨がようやく小降りになってきた頃。
コンコン。
再び、窓を叩く音がした。
「……む?」
レイが素早く反応し、窓を開ける。
入ってきたのは、お昼にレイが飛ばした、あの白い鳩だった。
足には、新しい手紙が結ばれている。
「返事が来たか」
レイは嬉しそうに手紙を解く。
「返事? ……もしかして……今朝出してた手紙?」
「ああ」
私は横から覗き込んだ。
そこには、達筆な、それでいてどこか繊細な文字で、レイナルド様へ、と書かれていた。
「……ふーん」
字が、綺麗だ。
どう見ても、女性の文字に見える。
(やっぱり、女の人なんだ……)
胸がズキッとする。
レイは「大切な手紙」って言ってた。
こんな雨の日に、わざわざ鳩を飛ばしてやり取りする相手。
しかも、その手紙を読んで、レイはなんだか、嬉しそうにしてるし……。
「……そうか、明日は……」
レイがそこまで言うと、チラリとこちらを見て私がヤキモチを焼いて、拗ねて、口を尖らせていることに気づいた。
「……ルメリア?」
「……べつに」
私はぷいっと顔を背けた。
「ふくれてる君も可愛いな」
「むぅ……!」
レイは私の頬をつつき、それから強引に私の顔を自分の方へ向けさせると、チュッとキスをした。
「……もう……バカ」
こんなことされたら、怒る気力も失せてしまう。
私は頬を赤くして、彼の胸に持たれかかった。
「……で、誰なんですか。その、字の綺麗な人は」
「ん? ああ」
レイは手紙を私に見せてくれた。
「手紙のやり取りは、占い師とのものだ。心配するな」
「……占い師?」
予想外の答えに、私は目をぱちくりさせる。
「よく当たると評判でな。前に一度占ってもらったことがあるだろう?」
「あの、街外れの?」
「そうだ。あの婆さんだよ」
なんだ。
若い令嬢とかじゃなかったんだ。
一気に力が抜けるのと同時に、勝手にヤキモチを妬いてた自分が恥ずかしくなった。
「それで、なんて書いてあるの?」
「ふっ。読んでみろ」
私は手紙を受け取り、そこに書かれた短い文章を読んだ。
『君さんが心配していた明日の天気じゃが、快晴なり。最高の洗濯日和じゃぞい』
「えっ?」
これ……天気予報?
レイはニカッと笑った。
「明日の天気を聞いていたんだ。……明日は晴れらしい」
「明日……?」
「ああ。明日こそ、デートに行こう」
彼は私の手を握り、指を絡ませる。
「君が行きたがっていたあのカフェのパンケーキも、新しいワンピースを着て街を歩くのも、全部明日叶えよう」
「レイ……」
彼は、諦めていなかったんだ。
それに、知ってたんだ。
私がデートのためにワンピースを買ってたことも。
……私が朝、雨を見てガッカリしていたのを気にして、わざわざ占い師に天気を問い合わせてくれたんだ。
この優しい旦那様には、本当に胸がいっぱいになる。
「でも……明日は世界を救うって言ってなかった?」
明日は登城して、いつものようにまた仕事をしなければならないはずだ。
「あー……まあ、文句は言われんだろう。普段から働き詰めなんだ。妻の一大事だ、と言えば休めるさ」
「一大事って……」
「一大事だぞ?」
レイは窓の外、夕焼けに染まり始めた空を見上げた。
そして、イタズラっぽく笑って言った。
「世界は、明後日救えばいい。明日は、ルメリアを救う」
「……っ!」
「もう今から、君の可愛いワンピース姿を見るのが楽しみだ。早く明日が来て欲しいが、今日のこの時間も終わって欲しくない」
…………なんてこと言うの、この人は。
愛のポエムメーカーですか! あなたは!
……でも、嬉しくて、幸せ。
「……ふふっ、もう。王様に怒られても知らないからね?」
「その時は、君が慰めてくれ」
「はいはい。明日パンケーキをご馳走してくれたら、考えてあげます」
「とびっきり甘いのを注文しよう。……そして、俺は今、とびっきり甘い時間を君に注文するよ」
「……いいよ。甘すぎにして溶かしてあげる」
私たちは笑い合い、そして長く、甘いキスをした。
外では、雨音が響いている。
部屋の中には、私と彼の唇が触れ合う音だけが響いている。
本日は雨なり。
あすの天気は、快晴なり。
休んでもいい日があっても、いいと思います。
雨ならしょうがない。




