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彼女とどんぶり

 京王線の車内は、夕方の光を柔らかく飲み込んでいた。


「あっという間でしたね」

 浅草での買い物を終えた帰り道。僕たちは肩を並べて揺られている。

 坂本さんの穏やかな口調に頷いた。


「研究っていいながらコロッケやメロンパンに揚げまんじゅうに充実した食べ歩きでしたもんね」

「私、山田さんより食いしん坊みたいでちょっと複雑です」

「牛丼以外を食べている坂本さんはちょっと新鮮で僕は面白かったですよ」

 膝を叩かれて一瞬戸惑ったが、続けた。

 

「……今日は、本当に楽しかったですね」

「ええ、とっても良い自由研究でした」


 坂本さんは、膝の上に置いた紙袋をじっと見つめている。

 包まれたどんぶりが、揺れるたびに小さく音を立てた。


 窓の外では、街の灯りが点き始めている。

 線路のリズムに、どこかで見たような焦げ色の夕焼けが重なっていた。


「持論ですが器ひとつで味の印象は絶対変わります。私が保証します」


「丼も坂本さんの期待にビビってますよ」

 クシャって笑う姿が様になりすぎている。


 それに、と紡ぎ視線が泳ぎあたふたしている印象。


「“焦げは時間の味”という言葉、忘れられません。

 ……なんだか、心にも焦げ目がついた気がして」


「それは、悪い意味じゃなければいいんですけど」

 フォローのつもりではなく悪意はなかった。


「ええ。温かい焦げです」


 その言葉に、会話が一度、ゆるやかに途切れる。

 横浜までの車内。

 揺れるつり革の音と、遠くで話す学生たちの声だけが残った。


 沈黙の中で、僕はそっと息を吸った。

 そして、言葉を探すように口を開く。


「……あの、坂本さん」

「はい?」

「ちょこちょこ食べててお腹は満たされていると思うのですが、やっぱり研究が本テーマじゃないですか」

「つまり?」

 坂本さんの覗くような視線に背筋を伸ばす。


「夜ご飯、僕が働いている居酒屋で牛丼を出しているんですけど……いかがですか?」


 坂本さんは手すりを掴みこちらに前のめりだ。顔を輝かせているキラキラ坂本さん状態。


「居酒屋……ですか?」

「はい。横浜駅から少し歩いたところにある“ビーフボウル”って店です。

 よかったら、本テーマである研究の参考になるかもと思いまして」


 少し間があった。長考というわけでもなく、何かの余韻だろうか坂本さんは僕の背景に視線をぼんやりと合わせていた気がする。

 車内アナウンスが流れ、ブレーキの音が静かに響く。


「研究の参考、ですか」

「……まあ、味の観察というか。

 牛丼の分布の分析、の分析みたいな」


「なるほど。山田さん流で学術的ですね」


 そう言って、坂本さんは小さく笑った。

 その笑みは、いつもよりも柔らかく、

 少しだけ息を含んでいた。


「……山田さんがよろしければぜひ、伺います。

 あくまで研究のため、ですけど」


「もちろん」


 電車が横浜駅に滑り込む。

 ガタン、という音とともに、二人の影がホームの光に長く伸びた。

横浜ルミネ閉店・・・

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