牛丼共鳴3
「焦げって、ちゃんと向き合った証拠みたいですもんね」
気づけばまた学食で坂本さんと席をともにしてしまった。運命というやつだ。
坂本さんは少しソワソワしているように見えた。そして少しだけ息を吸い込む。
何かを言い足したいような、それでいてためらっているような表情。
「……昔、食べるのが怖かった時期があって」
その声は、湯気の向こうから落ちてきた。
唐突だったけれど、周囲の雑音など関係なくこの席で聞く坂本さんの声は静かで穏やかだった。
僕は箸を止めて、ただ耳を傾けた。
「何を食べても、ちゃんと味がしないような感じでした。
でも、ある日ふと牛丼を食べたら……そのときだけは、戻さなかったんです」
坂本は微笑みながら、少しだけ視線を落とす。
笑っているのに、目の奥にわずかな痛みがあった。
「だから、こうして仲間? おかしいですよね」
おかしくないです、と肯定の首を横振り。
「その、ちゃんと“残るもの”があるって、それだけで、なんだか安心します。山田さんは仲間です」
坂本さんの清楚な格好と品性を感じる喋り方にほぼ気を取られていた。
「仲間! いいですね、ちょっと嬉しいです」
適当すぎただろうか。
それ以上、僕は何も言えなかった。
慰めの言葉とか、励ましなんて今の坂本さんには要らないと分かっていた。
「そういえば焦げって悪い意味で使われがち、でもこのクセになる学食の牛丼、なんかいいですよね」
僕の沈黙なんて気にせず言葉を紡いでいる。
「焦げは失敗でも傷でもなく、ちゃんと向き合った証拠。そう思いませんか?」
彼女の言葉の中にある“温度”を感じた。
焦げ。
失敗でも、傷でもなく、ちゃんと向き合った証拠。
「……坂本さん、強いですね」
「そう見えます?」
「はい。でも、ちゃんと“食べられる”って、すごいことですよ」
坂本さんは少しだけ笑って、「ありがとうございます」と小さく答えた。
それだけの会話なのに、空気が柔らかくなった気がした。
牛丼の湯気が二人の間でゆらめいて、
その香りが、どこかプルースト効果のように思い出す日が来るだろう。
――きっとこの人は、食べることで生きてきたんだ。
そして今、また“味わう”ことを取り戻している。
その日から、僕は彼女と同じ時間に昼を食べるようになった。
別に約束をしたわけじゃない。
でも、不思議と席はいつも空いていて、
気づけば、二人分の湯気が向かい合って並んで立っていた。
牛丼とは・・・?(哲学)
焦げを感じる牛丼ってなんだろう




