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牛丼共鳴2

 それから数日後。

 昼の学食は、いつも通りざわついていた。

 僕は隅の席に腰を下ろし、紅生姜の小袋を無意識で裂き、マイトングで正着していた。


 ルーチンなものでここまでは普段と変わらない。あわよくば、などの発想はなかった。


 しかし、不意に声をかけられた。

 目の前いいですか? という彼女に呆気に取られ、勢いそのまま目の前にトレーが置かれる。


「……牛丼、お好きなんですね?」


 視線を彼女へ向けるとそこにいたのはあの人――

 先日、“いただきます”をしていた女子大生だった。


 近くで見ると、少し緊張しているような表情。

 でもその目はまっすぐで、まるでこちらの心を覗くようだった。

 そして、清純な感じで可愛いのだ。


「あ、はい。……けっこう好きです」

 急にごめんなさい、坂本と申します。と髪を耳にかける仕草のまま会釈された。

 咄嗟に出た山田です、に彼女、坂本さんは微笑む。

「毎日、同じ席で食べてらっしゃるので」

「そうですね。落ち着くんです、ここが」


 会話が途切れそうになって、彼女が少し首をかしげる。


「牛丼のどんなところが、好きなんですか?」


 僕は一瞬だけ考えて、ゆっくりと答えた。


「牛丼チェーンでは味わえない、

 ――絶妙な焦げを感じる牛丼が好きなんです」


「……焦げ、ですか?」


 坂本さんに引かれただろうか、手汗を感じる。

 しかし、予想とは裏腹に驚きでもなく、笑いでもなく、ただ、興味を向けているような眼差しだった。


「ええ」

 一度緊張で唾液の分泌が酷く、飲み込んだ。

 牛丼の話は意識せずとも早口になっていた。もう一度飲み込んだ。


「焦げって、失敗の象徴みたいに思われるけど、実は一番“味が出る”部分なんです。少し焦げたタマネギとか、炙られたチーズとか……そこにしかない温度があるというか」


 言葉を並べながら、手振り身振りで途中で少し恥ずかしくなった。

 気づけば、自分でも何を語っているのか分からなくなるほど真剣だった。


 けれど、坂本は笑わなかった。

 むしろ、その目が少し柔らかくなった気がした。


「……わかる気がします。焦げって、ちゃんと料理に向き合った証拠みたいですもんね」


 頷きはぎこちないだろう。僕は胸の奥で何かが小さく鳴るのを感じた。

 ――この人、きっと、味覚だけで話してない。


 ふたりの間に、牛丼の湯気と、焦げの香ばしい匂いがふわりと立ちのぼる。


 それが、最初の会話だった。

 たったそれだけのやり取りなのに、

 なぜか、その日の牛丼はいつもより少し温かく感じた。無論、冷めているので比喩だ。

牛丼ラバー

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