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牛丼共鳴

 学食の隅の席は、今日も空いていた。

 大学生になってから早1年。上辺の友達は増えたがご飯を共にという友達は僕の癖を知り、誘わなくなった。

あたりは何人かのグループで形成され、非常に騒がしい。

 

 しかし、昼休みのざわめきから一歩引いたその場所は、僕にとって世界でいちばん落ち着く場所だった。


 トレイの上には、牛丼、黒烏龍茶、牛乳。並べる順番を間違えると落ち着かない。

 左に烏龍茶、右に牛乳。箸の向きは自分側に揃えて――よし。


 小袋に包装された紅生姜を牛丼に添え、秘技マイトングで整える。

 女性がポーチを持ち歩くように、こちらマイトングは豹柄のポーチから取り出した。


 これが誘われなくなる所以でもある。自覚はあった。


 こんな僕を見て笑う人もいるけど、整えることは食事では必要だ。

 紅生姜の量と牛丼の温度の関係は、意外と奥が深いのだ。


 合掌して、「いただきます」

 この一呼吸を入れることは僕の中では儀式だ。食べ物の感謝は人一倍といったところ。


 一口食べたあと、ふと横の方から「いただきます」という小さな声が聞こえた。


 顔を上げると、数席離れたところに一人の女子学生がいた。

 両手を合わせ、目を閉じて、静かに頭を下げている。

 周囲の喧騒から切り離されたような、その姿。


 ――あの人も、ちゃんと「いただきます」って言うんだ。


 心の奥に、知らない感情が芽生えた気がした。


 彼女は食べ方もきれいだった。

 箸の持ち方がまっすぐで、噛むたびに少しだけ表情が緩む。

 食事を“こなしている”というより、“向き合っている”ように見えた。


 牛丼って、普通は急いだりかけこんだりして食べるものだ。

 でも、あの人は違う。

 まるで、ひと口ごとに何かを確かめているみたいだった。


 僕は知らないうちに箸を止めていた。

 気づけば紅生姜があぐらをかいて牛丼が冷めている、そんな気がした。

 それでも、視線が離せなかった。


 彼女が軽く息を吸って、また「ごちそうさま」と言った。

 その声が、切り取られたかのように僕の中では響いて、儚く消えた。


 ――あの人の“いただきます”と“ごちそうさま”には、ちゃんと意味があるんだ。


 その日から、僕の食事の時間は少しだけ違うものになった。

 学食の隅の席から彼女の姿を探してしまう。

 牛丼を前に、誰よりも丁寧に手を合わせるあの人を。

お腹が空きました。

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