3_このままでいれれば幸せだった
ルカと付き合い始めてから、まるで夢の中にいるみたいだった。
時間をみつけては私に会いに来てくれて、話を楽しそうに聞いてくれる。
私が作ったパンやクッキーをあげたら、「おいしすぎて死ぬ……!」って言ってくれて、照れくさくて毎回顔が熱くなってしまう。
「シエルってさ、本当に優しいよね。 僕みたいなのと付き合ってくれて」
ルカは時々、そんなことをぽつりと言う。
そのたびに胸がきゅっとなる。
だって、ルカこそかっこよくて優しくて。私が「どうしてルカと一緒にいれるんだろう」って思うのに。
ある晩、ルカと歩いていた時。
ルカが急に立ち止まって、私の手をぎゅっと握り直した。
「……シエル。ちょっとだけ、聞いてほしいことがあるんだけど」
朱色の瞳が、街灯の光を受けて少しだけ揺れている。
いつもより真剣な声に、ドキッとした。
「うん……なに?」
「僕、実は……王都に、帰らなきゃいけない時期が近づいてるんだ」
「……え」
心臓が、どくんと大きく鳴った。
「商人だから、ずっとここにいられるわけじゃなくて。でも……シエルと離れたくない。だから、もしよかったら――」
ルカは少し躊躇うように言葉を切って、
それからまっすぐ私を見つめた。
「僕と一緒に、王都に来てくれない?」
「……王都に?」
「うん。僕の家、結構広くてさ。シエルがパン作り続けたいなら、工房みたいなの作ってもいいし。 毎日一緒にいられるよ。……ダメ、かな?」
その言葉があまりにも嬉しくて。
頭の中がふわふわした。
それでも、すぐに返事ができなかった。
「私……田舎育ちだし、王都なんて行ったこともないし…… ルカに迷惑かけちゃうかも」
「迷惑なんてありえないよ。むしろ、シエルがいない方が僕、つらくて、やっていける気がしない」
ルカはそう言って、悲しげに微笑んだ。
私を必要としてくれてるのを強く感じて。
「……じゃあ、行ってみようかな。ルカと離れたくないもん」
その瞬間、ルカの顔がぱっと明るくなった。
まるで子供が宝物をもらったみたいに。
「ほんとに!? やった……!シエル、絶対後悔させない!僕が全部、守るから」
そう言って、ルカは私をぎゅっと抱きしめた。
温かくて、安心する匂いがして。
幸せすぎて困るって、本気で思った。
でも――
歩きながら、ふと、彼を見上げた。
街灯に照らされたルカの表情は、いつもニコニコとしているのに無表情で、別人のようだった。
(……気のせい、だよね)
私は首を振って、ルカの手を強く握った。
この幸せがずっと続くと思っていた。
あのときの私は、ルカの瞳の奥に隠された、冷たい光に、全く気づいていなかった。




