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1_助けてくれる人は誰もいない

 重厚な扉を押し開けた瞬間、思わず息を呑んだ。


 絢爛なシャンデリアの下、部屋の奥にルカがいた。

 深く頭を下げ、片膝をついて跪いている。

 まるで、従者みたいだった。


 「……ルカ?」


 何してるの? その言葉さえ喉に詰まった。


 田舎から王都へ連れてきてくれたまでは良かった。

 でも、なぜか立派すぎる屋敷に通され、言われるがままに貴族の令嬢が着るようなドレスに着替えて。


 「こんなすごいお屋敷に住めるなんて、ルカって実はすごい人なの?」なんて、明るく聞きたかったのに。


 今、目の前の空気は鉛のように重い。


 ルカの周りには、甘さの欠片もない。

 ただ、張り詰めた緊張だけが漂っている。


 慣れないハイヒールに戸惑いながら、ルカに駆け寄った。


 跪くなんて止めて。いつものルカに戻ってよ――

 そう思って、ルカ肩に手を伸ばした瞬間。


 「キャロライン様! なりませんっ……!」


 背後から、低く抑えた男の声がした。


 振り向くと、ルカに負けないくらい整った顔立ちの若い貴公子が立っていた。翠色の瞳が、呆れと軽蔑を混ぜて私を見下ろしている。


 「貴女は下賤の男に触れてはいけません」


 「……下賤?」


 意味が分からない。

 下賤って言うなら、私の方じゃないの?

 田舎育ちの私に対して、ルカは都会的で、洗練されていて、ずっと眩しかったのに。


 男はため息をつき、ゆっくりと言った。


 「貴女はこの国の第六王女、キャロライン様。王の他の子息はすべて倒れ、最後の後継者は貴女お一人です。ルイ――この男は、貴女を安全に王都までお連れするよう命じられた護衛。それなりの地位はありますが、貴女と比べれば下賤の身にすぎません」


 頭が真っ白になる。

 王女? 私? 冗談にもほどがある。


 でも男の目は本気だった。


 ルカが、ゆっくり立ち上がって、朱色の瞳で私を上から見下ろす。


 そこにあったのは、いつもの優しさでも、愛情でもなかった。


 ただの、冷たいガラス玉のような無機質な色。


 ―――ルカなのに、怖い。


 「シエル……じゃなくて、キャロラインか。王の隠し子がいるって聞いたときは、結構期待してたんだよね。どんなに可愛い子かな〜って。でもさ、お母さん、あんまり美人じゃなかったんだろうね。会った瞬間、ぶっちゃけガッカリした。まぁ、そんな顔は見せなかったけど? 今どきの溺愛、ちゃんとやってあげたじゃん。どうだった?あれ?俺、意外と優しくない?」


 ルカの口調が、まるで別人だ。


 数時間前まで、私の手を握って「ずっと一緒にいよう」って囁いてくれた人とは思えない。


 「ルカ……私を、騙してたの?」


 震える声でやっと絞り出した。


 「え?まさか本気でオレが君のこと好きだと思ってたの?」


 ルカは目を細めて、にっこり笑う。


 「見てたのは、君の『地位』だけだからね」


 その笑顔が、今まで見てきた笑顔と同じ笑顔で。

 だからこそ、胸が抉られるように痛かった。


 「ひどい……ひどいよ……っ!」


 堪えきれず、涙が溢れた。

 ぽたぽたと、頬を伝う。


 するとルカの表情が、酷く嬉しそうに歪んだ。


 「やっぱり王の血だ。良かったね、シエル!ほら、レイナード、見てよ。姫の瞳、ちゃんと紫になってる」


 涙で滲んだ視界の中、瞳の色が――

 いつもの蒼色から、高貴な証とされる深い紫へと変わっていく。


 レイナードと呼ばれた男は、息を呑んで固まった。


「……確かに……確かにキャロライン様です……!王女様、さぁお立ちください!こんな場所ではなく、王城へ参りましょう!」


 興奮した声と同時に、レイナードの手が私の腕を強く掴んだ。


 「いやっ! 離して! どこに連れてくの!?ねぇ、ルカ、助けてっ……!」


 最後の頼みの綱にすがるように叫んだ。

 なのに、ルカは――


 「いってらっしゃ〜い」


 満面の笑みで、ひらひらと手を振っただけだった。

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