第2話 転生、そして再会?
目を開けた瞬間、レオンハルト・アルセインは深い息を吐いた。
焦げた鉄の臭いも、機械の警報音もなかった。あるのは柔らかな陽光と、窓辺に揺れるカーテンの音。そして、包み込むようなベッドの温もり。
(ここは……どこだ?)
彼の記憶には、死と絶望の戦場しかなかった。だが今、彼が感じるのは――命の鼓動。確かに、これは夢でも妄想でもない。彼は、死の淵から還ってきたのだ。
──過去に。いや、“異なる世界”に。
体を起こす。視界の先には、見覚えのない装飾が施された天蓋付きのベッド、煌びやかな家具、そして壁にかかる剣と紋章。
それは、かつて報告書でしか見たことのなかった、軍事貴族〈アルセイン家〉の紋章だった。
(……なるほど、これが“新たな人生”ってわけか)
レオンハルト――かつてのレオ・カインズは、少しだけ笑った。今の肉体は明らかに少年のそれだったが、彼の中にある記憶と戦場での感覚は、そのまま引き継がれている。異常なまでに整った神経系と身体能力。これは転生に際し、“戦士”として適応された身体だと直感で理解した。
ノックの音が響いた。
「……レオン様? お目覚めですか?」
透き通るような声。懐かしく、耳に焼きついて離れない声。
「……カリナ、か?」
思わず名を呼ぶ。だが返ってきたのは困惑した声だった。
「は、はい? カリナですけど……何か?」
扉が開き、現れたのは、青銀の髪を揺らす少女。凛とした軍人の気配と、柔らかい笑み。――間違いない。死の直前、最期まで彼の背中を守っていた、かつての仲間だった。
ただ一つ、違うのは。
彼女の目に、レオとしての自分を知る記憶がまるで宿っていないということ。
「……そうか、記憶は……ないのか」
レオンは呟いた。
“彼女たちは、転生している。だが、記憶は戻っていない”
つまり、自分だけが過去と未来を知っているということだ。
「……いいえ、何かおっしゃいましたか?」
カリナが小首を傾げる。あの頃と変わらない仕草に、胸の奥が痛む。
「いや、なんでもない。ただの夢を見ていたんだ」
レオンは立ち上がり、彼女の目を真っ直ぐに見た。
(この世界で、もう一度あいつらと出会えるなら――)
彼の中で、冷え切っていた感情が確かに動き出していた。
その日の午後。
アルセイン家の私設騎士養成機関――〈戦技学園〉の入学式が行われた。
王都の郊外にあるその学園では、軍事貴族の子女やエリート候補生が訓練を受ける。機動兵装の操縦技術、戦術指揮、そして近接武装の実戦技術まで。まさに“戦場に立つため”の学園。
レオンは、その中央演習場に立っていた。
(……やっぱり、この世界も兵器技術は存在している。だが、どこか違う)
彼は空を見上げる。遠く飛行する無人偵察機の姿は、かつての世界の“クロノス”配下のものとはまるで違っていた。
「この世界の技術は、まだ未完成。だが……進めば、同じ未来に辿り着く」
それは確信だった。
このまま放っておけば、また人類は滅ぶ。あの人工知能に、希望を握り潰される未来が訪れる。
その時。
「お前、名前は?」
振り返ると、そこに立っていたのは――金色の髪に赤い瞳を持つ、少女騎士だった。
「俺は、レオンハルト・アルセイン」
「ふん、面白い目をしてるな。私はユナ・ストラグレイヴ。よろしく頼むぞ、“坊っちゃん”」
目を見開く。
──彼女もまた、“死んだはずの仲間”だった。
こうして、レオンの“やり直し”が始まる。
かつての仲間たちと、記憶を持たぬ彼らとの出会い。彼はまだ知らない。この再会の意味と、待ち受ける未来の重さを――。