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01 マリーエンブルク星系軍の今昔

帝国統一歴709年3月某日 マリーエンブルク星系領 首都惑星マリーエン ノルトライン=ザルツァ家宮殿


今夜、ここ宮殿大ホールにおいては、久方ぶりの辺境伯家主催の舞踏会が開催されていた。

ノエルはもとより辺境伯太女であるヴァネッサも、この手のパーティーはあまり好きな方ではない。

しかし、他の大勢であるマリーエンブルクの貴族たちにとってはそうではなかった。

舞踏会と言う名の伏魔殿とは、自分達の政治力を発揮してこの星系世界で新たに生まれた利権を、他者に先駆けて獲得する場でもあったからだ。

マリーエンブルク辺境伯領は、ロタリンギア領、メロヴィング領との相次ぐ紛争に勝利し、それらの境界領域を自領にそっくり併合したことでその支配星系領域を大きく増やし、現在では既存の星系世界のほぼ3分の1を占める大勢力となっていた。

しかしである。

この急激な勢力拡大のおまけとして、メロヴィング領から″星系帝国皇帝位おかざり″と言う、名ばかりの名誉職を押し付けられ、結果として表向き星系軍としての″行動の自由″を縛られる事になった。

・・・星系軍の行動の自由。

それこそが貴族たちの星系軍ビジネスにおける利益の源泉であり、自分たち貴族家一族の更なる繁栄の源泉にもなっていたので、その制限を受ける事となった貪欲な貴族たちの目は、新たな収益源として今度は密かに″美味しい行動″を取っているらしい″皇帝府″へと向けられることとなったのである。

しかし・・・こっそりと、非公式に動いているはずの皇帝府の活動が、何故領内貴族たち皆の知るところとなったのか?

全ての事情には、然るべき背景と言うか・・・理由が存在する。

もちろん、皇帝府の幹部メンバーや関係者がリークしたなんてことはない。

それでも・・・口には出さなくても物証さえあれば、少し聡い人であれば事の真実に到達するのは比較的簡単であった。

その物証とは、ロタリンギア宮中伯から送られて来た、ノエルとヴァネッサの結婚祝いと即位祝いの品々の事である。

そしてそれらの中でも一際高価で貴重な品が、テオドール・フォン・ギーエン子爵令息の手に渡された。

グレーヒェン・フォン・ノディエ男爵令嬢の手にも、テオと同じく高価で貴重な品がある。

それもほんの少し前まで、領内の混乱頻発で崩壊寸前であった、あのロタリンギア宮中伯家からである。

それが奇跡の様に領内の混乱を瞬く間に終息させ、それこそ全て謎の内にロタリンギア星系領の統治を回復させたのである。

それから間を置かず、星系随一趣味人ではあるが、ケチである事でも有名であったカール宮中伯本人からの、正しく金に糸目を付けない国宝級クラスの芸術品数々の贈り物が届く。

その品々を見た親のギーエン子爵とノディエ男爵は直ちに事の真相を見抜き、親バカよろしく周りの貴族たちにその栄誉を自慢して回ったのであった。

即ち・・・皇帝府メンバー達の活動は、その手段と過程こそ知られる事は無かったものの、結果の部分だけは・・・ノエルたちが介入した結果に違いないと・・・かなり正確に領内貴族たちにあまねく共有されるに至ったのである。


そういう中で・・・領内貴族たちの強い要請によって・・・開催されたのが辺境伯家主催の舞踏会である。

このチャンスを逃すまじと、領内の有力貴族たちはこぞって皇帝=軍令長官のノエルと、皇后=辺境伯太女ヴァネッサの周りに殺到したのであった。

「いや・・・ノエル陛下も随分とお人が悪い。このポンメルン家を差し置いて、ギーエン家の若造をお側に置いたばかりか、あの様な″惑星一つにも匹敵する″ような過分な褒賞をお与えになるとは・・・。我が家にもポンメルン軍閥の後継者アナスタシアがおりますぞ。次の作戦の折には、是非とも我が娘アナスタシアにご下命のほどを・・・」

ノルトライン家の親類筋でマリーエンブルク最大戦力を誇るポンメルン子爵が、ノエルに肩をぴったりと寄せながら、熱心にポンメルン軍閥と娘のアナスタシアの皇帝府での採用を持ちかけている。

他方ヴァネッサの傍らでは、同じく親類筋にあたるランゴバルド男爵が・・・。

「ヴァネッサ陛下!我がランゴバルド家は、過去いかなる時もノルトライン家と肩を並べて敵に立ち向かって来た間柄ではありませぬか!なのに、我が跡継ぎのヴァルターを何故お側に召していただけぬのか・・・。さあヴァルター!お前からもヴァネッサ陛下にお願いを・・・」等々。

今夜の舞踏会には、優雅な演奏がひっきりなし流れているにも関わらず、ホールで踊っている人物などただの一組もいない。

このノルトライン=ザルツァ宮殿大ホールは、既に領内貴族たちによる″大商談会″の場と化してしまっていたのだった・・・。


さてその翌日、前夜の騒動を引きずり疲れもまだ取れないまま、"緊急"との要請で渋々軍令本部に出勤したノエルとヴァネッサだったが、そこにもまたまた問題が待ち構えていた。

「何だ・・・?このファイルの山は・・・?」

星系軍人事局の局長が、ノエルの執務机の上にうず高く積みあがった書類の説明をする。

「この書類は全て、″皇帝府への転属願い″になります。数が多すぎるので私共で随分と纏めましたが・・・現マリーエンブルク星系軍で他領との境界戦域に配備されている佐官級の70%が皇帝府への転属を希望しています」

ノエルは驚いて尋ねる。

「何故?」

ノエルとヴァネッサについて来ていたマテウスが、仕方なく・・・口ごもる人事局長に代わって答えた。

「みんな他領への作戦行動ドンパチがない、今の星系軍が耐え難く退屈なんです。演習ばかりで戦功をあげるチャンスもなく、俺たちは″オモチャの兵隊″だとか・・・。私でさえ参謀部の同僚から″早く代われ″って連日の如く・・・」

「驚いた。まさかそんな事になってたなんて?」

ヴァネッサも、初めて知る星系軍内部の状況にびっくりしている。

人事局長がおずおずと自身の意見を述べる。

「・・・現実的には、皇帝府へのこれ以上の組織人員の拡充は認められません。逆にいちいち彼らの希望に応じていれば、今後の星系軍運営に支障をきたします。・・・ですが、単に彼らの転属願いを全て却下すれば、恐らく星系軍全体の士気が著しく低下するものと・・・」

ノエルがぼそりと力なく呟く。

「何か、代わりの方策を考えないとな・・・」



その日の午後 第911研究所(皇帝府)円卓会議室


なんやかんやで・・・約2週間ぶりの″シン皇帝府″での円卓会議開催である。

ロタリンギア絡みの一件から2カ月ほど経ったが、何かと多忙なノエルとヴァネッサの都合がつかず、この間の円卓会議開催は飛び飛びとなっていたのだった。

ようやくメンバー全員が揃ったこの日、ノエルが改めて全星系の現状共有を促す。

「では、マテウス頼む」

いつもの様に、司会進行役はマテウスだ。

「・・・先ずはロタリンギアの最新情報です。ネウストリア伯とロジェ大将等反乱派を排除したロタリンギア星系領は、このところ急速に体制を立て直しつつありますが、・・・どうやらこのタイミングでカール宮中伯は伯太子であるペレグリン(ピピン)に宮中伯位を譲る模様です。・・・これまでの星系領混乱の責任を取り、新体制での再出発を内外にアピールする狙いかと・・・」

ノエルがそれについての感想を述べる。

「あの気前の良い贈り物数々は、その踏ん切りをつけると言う意味もあったのかな?もちろん感謝の意味合いもあるんだろうけど。・・・まあこちらもそのおかげで色々ありはしたが・・・」

その色々を引き起こした一因でもあるテオとグレーテが、やや肩をすぼめながら恐縮している。

「それでピピン新宮中伯は、今後我が領に対しどんな態度で臨むんだろうな?」

マテウスがそれについて、軍令本部情報局の分析を述べた。

「新宮中伯は過去の我が領との確執を清算し、今後は我が領との協調路線を取りたいとの意向のようです。ロタリンギア星系軍からは、早くも我が星系軍との人事交流開始を提案してきています」

ノエルはにこやかに感想を述べる。

「それが彼の真意であり、この間のオレ達の行動の成果であれば嬉しいが・・・。先ずは様子見かな?」

それからノエルは徐に話題を変えた。

「では・・・ドラコ・プトレマイス方面の状況は?」

マテウスが若干顔を顰めながら説明する。

「そちらは正直・・・有効な手立てがないのが実情でして、外交的なアプローチは双方に無視されていますし、かといってご承知の通り星系軍による軍事的な介入は論外となります。・・・それこそ星系中を巻き込んだ大戦となる恐れが・・・」

「それも当然ながら論外です!」

ヴァネッサがきっぱりと、辺境伯家の意向でもって断言した。

「となると・・・。情報戦で打開する必要があるが・・・。ところでヴァネッサ、アレックは今何してる?」

ノエルの問いに、ヴァネッサが渋々答える。

「・・・アレックは、当分こちらには戻れません。既に秘密作戦に従事中で、作戦が完了するまでは戻らないとの事です」

ノエルが聞き返す。

「そりゃいったい・・・どっち方面?」

「・・・メロヴィングです。彼らの秘密を解き明かすまでは、絶対戻って来るな!と厳命してますので・・・」

とヴァネッサ。

「まあ・・・それはそれで必要な事ではあるが・・・」

そうノエルが発言し、マテウスがそれに同意する。

「メロヴィングには相当高度な諜報活動が必要ですし、我々はその結果を待つしかありません」

「ドラコ・プトレマイス介入については、もう少しやり方を考えてみよう。それとメロヴィングについては、アレック待ちと言う事で・・・」


そこでバルドが突然発言機会を求めた。

「別の話題を良いですか?・・・星系軍現地部隊全体に、随分とフラストレーションが溜まっていると聞きますが・・・」

ノエルとヴァネッサは・・・顔を見合わせて溜息を吐く。

「まあ・・・みんなも当然聞いているか・・・」

グレーテが申し訳なさそうに発言する。

「その・・・色々ありまして、皇帝府組への他の星系軍部隊からのやっかみがひどくて・・・」

ノエルも諦め顔で釈明する。

「そんなつもりはないんだが・・・結果的に俺たちは仲間内だけで、戦功やら栄誉やら″おいしいところ″を全て持って行った形になっている。星系軍全体に平等に活躍する機会を与えるのが、オレの仕事だと言う事も理解しているんだが・・・。だけどオレ達がやってる仕事は、特殊で相応のスキルがないと務まらないのもまた現実だ」

「ホークアイは″特別″ですから」

そう自慢気味に話すテオ。

それを穏やかに諭すグレーテ。

「そんなことでほかの連中が納得するわけないでしょ。自分達にだって立派に務まると思ってんだから」

ノエルがその発言を引き継ぐ。

「ドラコやプトレマイスの事を考えたら、オレ達にはもう少し多彩な手札があった方がいい。・・・だけど他の多くの部隊はそのレベルに達しておらず、オレ達の作戦に組み込むには、まだ力不足なのも現実だ。・・・だけどそれを面と向かって指摘することも出来ないんだ。・・・やる気をなくすからな」

そこに例の如く、ルチアがあっけらかんと無責任な発言をする。

「鍛えたらいいじゃん。私たちのレベルに達した部隊には、私たちの仕事を割り当てるの」

イーリスが理解できない顔で訊く。

「鍛えるって・・・どうやって?通常の星系軍の訓練じゃとても無理よ?」

ルチアがすました顔で指摘する。

「あれよ、あれ。″あれ″を少しいじったらいいじゃん」

ギルとベレンが声を揃える。

「「ミスティの拷問部屋ラビリンス!」」

「拷問部屋言うな―!」これはミスティ。

その一連のやり取りを聞いていたノエルが、なるほどと頷いている。

「それは確かに面白いかもな・・・。あの装置を色々調整して、あれらの試練を克服できる部隊なら、オレ達の任務も果たせるかもな。クリア出来たらオレ達皇帝府の戦力に採用する。クリアできなかったら努力が足らんと、他の星系軍部隊のモチベーション上げに繋がりそうだ・・・。早速人事局に相談してみよう」


こうしてミスティの″地獄の迷宮″は、晴れて″星系軍地獄の訓練施設キャンプ″へと生まれ変わるのであった。

クリア出来たら、あなたも明日から皇帝府!との宣伝文句につられれて、転属願いを出していた多くの将校は、こぞって訓練カリキュラムに喜び勇んで参加する。

(それが本当に幸せな事かどうかは、本人にしか分からない事であったが・・・)

結論から言えば・・・この訓練施設を栄光への関門としたことで、皇帝府へのやっかみはピタリと止んだし、図らずも″ホークアイ″にも劣らない精鋭部隊がその後相当数誕生することになった。

そして彼らは、その後のマリーエンブルク星系軍の作戦行動の中で中核部隊として大活躍することになるのだ。

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