プロローグ
さて、新シリーズと言うか、これまでの続編になります。
登場人物は、これまでのシリーズを読んでないと分んないかも知れません。
この極めて不親切なストーリーは、これまでと同様、作者の我がままの産物です。
ついてこれる方は、どうぞご随意に。(なめとんのか!・・・ごめんなさい)
某星系領 病院と思われる施設の地下深く、更にひっそりと存在する目立たない一室
一人の人物が、部下らしき別の人物に問いかけている。
「・・・それで現時点での覚醒成功率は?」
もう一人の人物が答える。
「・・・未だ0.01%に過ぎません。・・・その中で″人格″を備えた献体が覚醒する確率は、更にその千分の一です」
最初の人物は、何かを考えつつ問いを重ねる。
「覚醒はしたものの、人格を備えない献体の・・・存続時間は?」
機械的に応えるもう一人。
「ほぼ36時間で自ら崩壊し、仮初の・・・疑似的生命を失います」
その研究は、一般には・・・貴族や平民を含めて・・・全く知られてはいない。
それはそうだろう。
この研究とは、普通は口外することを憚られるような、″人類史のタブー″を多分に含んでいるのだから。
事実それを知るのは、その特別な研究に携わる精々数十名足らずの科学者と、プロジェクト責任者およびそれこそ一部の支配者層のみ。
しかもその研究従事者達は、常に外界からは完全に遮断されて研究生活を送り、たまの気晴らしに外出することすら許されない。
仮にそこを退職したとしても、厳しい守秘義務契約を結ばされ、死ぬまで監視が付けられると言う念の入れようだ。
文字通り、一旦関わったならば、・・・その秘密は墓場まで持って行かなければならなかった。
そのようにして、広大な星系領の小さな片隅で、その研究はもう300年以上も亘ってひっそりと続けられている。
もちろんその研究の目的は、″ある事象″の実現であった。
しかし・・・当然の事でもあるが、その成功率はそれこそ極端にまで・・・低い。
にもかかわらず、それこそ錬金術にも等しい、徒労とも言えなくもないその研究は未だに続いているのだ。
それこそ莫大な費用と・・・″献体″と呼ばれる特別な″資源″をひたすら費消して・・・。
この星系領では、身寄りが無かったり身元不明とされた″死体″の内で状態の良いものは、夫々の病院等で密かに″献体″として冷凍保存され、こっそりとこの研究施設へと送られてくる。
対外的には、それらの″献体″は星系領政府が所管する共同墓地に埋葬されたと記録上残されるのだが、そこにはその実体は存在しない。
それらも一部の関係者しか知らない秘密であるが、その関係者である彼らにしてもまた、送った″献体″がその後どうなったか、誰一人として知る者はいない。
そうして送られてきた″献体″の総数はこれまで膨大な数に上るのだが、その全てが更に選別されて″極秘研究″に使用されてきたのだった。
では、いったい彼らはその″献体″を使って、何の研究を行っているのか?
事の発端はそれこそ300年前、今からは数代前になる当時の星系領主の、まだ幼い愛娘が事故で死亡した事にあった。
最愛の娘の死をどうしても受け入れられないその星系領主は、周囲に向かって一つの勅命を下した。
「何としても、娘を生き返らせよ!」
しかし・・・人は必ずいつか死ぬ。″
どんなに科学文明が発達し、人類誕生から気の遠くなる様な時間が経過した現代においてさえ、未だ″不老不死″と″死からの蘇生″の技術は実現されていなかった。
とは言え、勅命は勅命である。
医学、生命科学、物理学、神学、果てには怪しげなオカルトまで、それこそありとあらゆる知識が総動員されて、いろんな組合せと実験および研究が繰り広げられた。
しかし結局、星系領主の愛娘の蘇生は・・・その星系領主の存命期間中には・・・当たり前であるが、果たせなかった。
しかし、それでも彼は諦めなかったのだ。
その星系領主は、冷凍保存されている娘の遺体と共に自身の体も死後冷凍保存し、″いつの日か娘と共に、必ず蘇らせよ″と、自身の後継者に遺言したのだった。
こうしてその星系領主の執念は、その後300年に亘って代々の星系領主に密かに引き継がれ、″死からの蘇生研究″は・・・それこそ外聞を憚る故・・・密かに続けられたのだった。
ではこの300年の間、その怪しげな研究は何も生み出さなかったのか?
必ずしもそういう訳ではない。
究極の目標である″死からの蘇生″こそ未だ果たせずにいるが、″献体″に″疑似的な生命″を与えることには、・・・それすら僅かな確率であったが・・・成功していた。
人の生命活動、もっと絞り込んで言えば、脳波と神経細胞のやり取りは、結局体内における電気信号のオンオフの様なものである。
それで、研究者たちは″献体″の脳に量子AIを組み込み、それが脳の機能を代替することで、死からの生命活動の再開を試みたのだった。
しかし、人の脳が司る機能は膨大である。
量子AIのナノ化を極限まで進めても、そのサイズは大きく成らざるを得なかったので、結局″献体″の脳をそっくり量子AIに置き換えることになった。
また、この電子の脳はものすごいエネルギー食らいであったので、その脳は常時電源に接続されていなければならなかった。
因みに、高性能のバッテリーでのその脳の稼働時間はわずか10分であった。
人体は死亡後直ちに細胞の崩壊が始まるので、如何に冷凍保存されていても、新たに血液及び細胞を再生することは、電子の脳にとってさすがに荷が重かった。
辛うじて現時点で達成出来たのは、それ以上の体細胞崩壊を防ぐため、保存液を身体に循環させる事と、量子AIに別途命令を与えることにより、ぎこちなく身体を動かす事であった。
こうして仮初の命を吹き込まれ、辛うじて死から蘇った数少ない″献体″を″覚醒体″と研究者たちは呼んだ。
さてここで・・・賢明なる読者諸賢は、もう既にお気づきであろう。
これは、人為的に作成された現代版の・・・″ゾンビ″そのものである。
しかも・・・0.01%。即ち1万献体に1体の確率でしか、この″ゾンビ覚醒″技術は成功しないのだ。
更には、苦労して手間暇かけて覚醒した″ゾンビ″のほとんどが、どんなに手を尽くしても、僅か36時間で自ら細胞崩壊し永久にその活動を停止する。
実際・・・これでは、この36時間限定の″ゾンビ″は何の役にも立たない。
全ての星系世界で一般的に広く製造されている、クローン兵士の方がよっぽど役に立つのだ。
ならば、この″役立たず″の研究が、何故未だに続いているのか?
300年前の星系領主の遺訓?・・・まあそれは・・・ない事もない。
しかし流石に現代では、その遺訓自体はそれほど重視されている訳ではない。
生命の神秘を解き明かしたいと言う科学者たちの熱意?・・・これはあまりないかな。
プロジェクトが存続するためには、そこには何かしらの″実利″が存在しなければならない。
では、この研究における″実利″とは何か?
覚醒したゾンビの脳は、量子AIに入れ替えられているので、当然ながらそこには″人格″は存在しない。
これまた当然ながら、覚醒したゾンビが過去の・・・生きていた時の自身の記憶を持つこともない。
しかしところがである。
ところが極稀に・・・確率的には覚醒体の千分の一の割合で・・・、献体以外の記憶を持つ、即ち他者の人格が宿るゾンビが誕生することがあった。
理由もその原理も未だ全てが不明である。
・・・ただその人格を持つ″覚醒体″は、極めて有用且つ特殊な能力を持っており、しかも36時間の壁を越えて・・・場合によっては数年も・・・その体を自壊させず維持することが出来た。
その理由はもちろん、原理すらも判明はしてはいない。
ただ実際にそう言う例があると、事実を述べるのみである。
いったいどんな人格が偶然に宿るのかは、もちろん研究者にはコントロールはできなかった。
ごく少ない事例の傾向から述べれば、その死の間際に強い現世への恨みであったり、執念を抱いたまま亡くなった・・・まあその″魂″とでも言うべきか・・・、そんな人格がより電子の脳に宿りやすいようであった。
ひょっとしたら、300年前の星系領主の人格を宿したゾンビが生まれる可能性もあった。
(但しゾンビに生まれ変わって、その星系領主が喜ぶかはまた別の話ではあるが・・・)
偶然にそしてごく稀に誕生した人格を備えるゾンビは、極めて明晰な天才的な能力を各方面で発揮し、これまでこの星系領における運営・・・政治・軍事・・・において大きな力となって来た。
過去のこの星系領における繁栄は、その人格を持つゾンビたちの頭脳の力によるところが大きかった。
これが、この研究が未だ続けられる理由であり、最大の″実利″でもあったのだ。
帝国統一歴709年1月 某星系領 とある病院の地下施設の中に存在する極秘研究所
後から思えば、その月はとてもおかしな月だと言えた。
先に述べた、1万分の1の更に千分の1、つまりは1千万分の1の確率でしか起こらない珍事が・・・何の運命のいたずらであろうか・・・何と3回連続で発生した。
人格を持つ″覚醒体″が・・・研究所開設以来初の出来事であったのだが・・・3体連続で誕生したのだ。
“覚醒体″が人格を持つのかそれとも待たないのか?
実は見分けるのは簡単だ。単に、目覚めたゾンビに″名前″を聞けばよい。
「・・・お前の名は?」
そしてその3体のゾンビは、それぞれが「リー」、「ハルコネン」、そして最後に「エリク」と名乗った・・・。
この珍事をきっかけとして、またしても星系世界は未曽有の大混乱に巻き込まれることになるのだ。
これまでのシリーズと、大きく趣向が変わりました。
前編とも恐らく展開も変わるはずです。
それが面白いか否か。分かんないところは作者も一緒です。(笑)