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呆気ない幕切れ

「……あの……寝ても、いいんですよね?」                  


「ええ。安眠なさってください」


「そうですか…………あの」


「どうしました?」


「殺気が凄くて眠れません」


 俺が横になってる布団の隣で、音霧さんは正座を組んでいる。それだけなら目を瞑れば無視出来るが、暗闇の中でも、いや暗闇の中だからこそ、研ぎ澄まされた殺意を感じてならない。時代劇などで聞く妖刀のような滲み出る狂気を隣から感じては、呑気になれやしない。


 仕方なく、俺は布団から起き上がり、枕元に置いていた携帯に目を向けた。


「あれ? 電話きてた」


 不在着信が数件。どれも同じ番号からで、不登録の番号。迷惑電話の類だと思ったが、一日に何度も掛かってくるものだろうか。一応調べてみると、掛かってきていた番号に該当する企業は存在しなかった。つまり個人からの電話だ。


 自分で言うのもなんだが、俺はマメな人間だ。誰の番号かをすぐに分かるように、名前を付けて登録する。そして自分の番号は無闇に教えていない。教えるのは仕事仲間か親しい人物だけ。


「桐山様。誰かがこの部屋の前におります」


 囁くように、しかしハッキリと耳に届くように音霧さんが呟いた。


「誰って、誰ですか?」


 音霧さんの殺気の所為で忘れかけていたが、殺しを企む人間がこの宿に潜んでいる。もしかしたら、音霧さんが感じた気配の人物は、その犯人なのか。


 奥の襖がゆっくりと開いていくと、ヌルりと一人の女性が部屋に入ってきた。一瞬身構えたが、その女性はよく見ると、沙耶さんのお母さんだった。


「……あぁ、お義母さんですか」


「こんな夜遅くにごめんなさいね、陽太さん。まさか部屋が移動されてるとは知らずに、捜してしまいましたよ。ほら、ここの宿は広いでしょ? しかも従業員はもう帰ってしまって、捜す途中で迷いかけてしまいましたよ」


「それはどうもすみません! これにはちょっとした訳がありまして」


「でもいいの。こうして陽太さんを見つけられたし」


 歩み寄ってくるお義母さんを迎えに行くように立ち上がった矢先、隣で正座をしていた音霧さんに腕を掴まれて止められた。


「桐山様。下がってください」


 音霧さんはスッと立ち上がると、俺を背に隠すように後ろへ下げた。


「沙耶様のお母様。今日はもう遅いでしょう。用であれば、明日の昼にでも」


「大丈夫よ。すぐに済むから」


「それ以上近付かないでいただきたい。どれだけ笑顔を取り繕っても、背に隠した右手から漂う血の臭いは誤魔化せませんよ」


「邪魔者の癖に口を挟み過ぎですよ」


「私はミチル様より桐山様を守るように言われております。喜んでアナタの邪魔をさせていただきます」


 二人のやり取りの最中、俺はジットリとした恐怖を感じ始めていた。それをハッキリと理解したのは、音霧さんが言った「背に隠した右手から漂う血の臭い」から。確かにお義母さんは不自然に右手を背に隠し、視線を俺一点にだけ集中している。


 俺は、狙われているのか? 殺そうとしていたのはミチル君じゃないのか? お義母さんが俺を殺す? 血の臭いって、誰の血だ?


 疑問が解消されぬまま、別の疑問が生まれる連続の中、突然お義母さんは背に隠していた右手を露わにした。


 右手には血濡れた包丁が握られていた。刃は細長く、天井の明かりを反射した刀身の銀と赤がギラリと光る。


 お義母さんが包丁を両手で握って突進してきた瞬間、音霧さんが俺を後方へ突き飛ばした。突然の事に受け身も取れず、頭から床に倒れ込んでしまった。天井の様子が視界に映る中、後頭部から痺れるような痛みを感じる。


「……あっ!? 音霧さん!」


 体を起こして音霧さんの安否を確かめると、何事もなく立っている音霧さんと、刃物を握りしめたまま気絶しているお義母さんの姿があった。


「桐山様。突然突き飛ばしてしまい、申し訳ございませんでした。もしもの場合を考え、アナタを完全に外に出す必要があったのです」


「あ、あぁ……いや、俺は別に……んと、え?」


「桐山様? もしや、上手く言葉を出せないのですか? まさか、倒れた拍子に何処かに異常が!?」


「いやいや! 大丈夫! 大丈夫だから! 大丈夫、だけど……その、呑み込めなくて。色々と」 

 

 ほんの一瞬だ。突き飛ばされ、天井を見上げ、体を起こす。この間、僅か五秒程だ。その五秒の間に、音霧さんは音も無く凶器を持ったお義母さんを無力化した。


 俺は思った。この人の近くにいて、本当に安全なのだろうか。助けられたのは事実だが、彼は、彼らは元々招かれざる客だ。彼らの濃厚なまでに異質な雰囲気に麻痺して考えられずにいたが、どうやって彼らがここに来て、そして何の為に俺と沙耶さんに割り込んできたのか不明のまま。


 しかし、逃げ出そうにも手遅れだ。どれだけ彼らを怪しもうとも、釘打たれた絶対的な信頼を抱いてしまっている。それは彼らと親睦を深めたからではなく、ミチル君を知ってしまったから。俺のへその穴に、見えないへその緒が、彼らのへその緒と繋がっている。


「桐山様? 大丈夫でございますか?」


「……ああ。もう、大丈夫だ。短い間に色々あって、ちょっと混乱してただけだった」


「ご安心ください。私が近くにいるうちは、桐山様に傷一つ付けません」


「しかし、驚いたな。まさかお義母さんが、俺を殺しにかかってくるなんて」


 気絶しているお義母さんに近付き、右手に握られたままの刃物を取り上げようと手を伸ばした。


「ああ、やっぱりこうなったか」


 淡々とした声でミチル君が部屋に戻ってきた。気絶しているお義母さんにほんの一瞬だけ目を向けると、すぐに視線を外し、俺の肩に手を置いた。


「不安に思うかもしれませんが、今この包丁を取れば、アナタが犯人になってしまいます。どれだけ僕達が証言しても、指紋の方が優先されますから」


「ミチル君、春香さんと沙耶は?」


 その問いをしたすぐ後に、春香さんと沙耶が戻ってきた。二人は状況を察すると、春香さんは困ったような苦笑いを浮かべ、沙耶はほくそ笑んだ。


「はいはい。ここから先は警察の方々に任せるとしましょう。時刻は二十三時と遅めですが、日本の警察は二十四時間勤務なので、文句は言わないでしょう」

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