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優しさ

 沙耶さんと青葉。二人の話から、事件当時の大体の予想がついた。


 まず初めに、これは強盗事件ではない。計画的な殺人未遂だ。ミチルは沙耶さんと青葉の両名と交流があり、それぞれに別の感情を向けていた。沙耶さんには好意を。青葉には策略を。不幸な事に、両名はミチルに対して好意を持っていた。それ故に、ミチルは思い描いた理想の状況を作り出せた。


 事件の流れはこうだ。


【ミチルは橋の上で沙耶さんと偶然出会った。二人が話していると、そこへ青葉が現れる。ここで青葉は沙耶さんの存在を知り、標的を定めた。それを察知したミチルは、計画の実行を決意。ミチルに送られ、沙耶さんが自宅に帰宅した所を青葉に襲われる。そして沙耶さんの意識が朦朧としだした時期に、ミチルが現場に登場。ミチルは青葉に刺され、その後青葉を刺した。重傷を負った三名は病院に運ばれ、沙耶さんは入院・青葉は精神病棟送り・ミチルは失踪】


 こうして紙に書いてみると、改めて都合の良い展開だ。犯行に及んだ実行役の青葉が、ミチルの思うままに動いている。救急車を呼んだのがミチルだと知った時に、これはミチルの計画だと気付くべきだった。


 事件が計画的に行われた事は判明したが、まだ不明な点がいくつかある。  

  

 何故、ミチルはこんな事を考えたのか。


 何故、青葉は協力的だったのか。


 何故、沙耶さんは何かを隠しているのか。


 最初の問題は、ミチル自身に聞いてみなければ分からない。青葉についても、ミチルと密約を交わしたと考えるのが妥当だろう。


 しかし、沙耶さんが謎だ。あの時、お見舞いに行ったついでに色々と聞いてみたけど、ミチルの様子については頑なに隠し通していた。おそらく何処かのタイミングで、沙耶さん自身もミチルがおかしい事に気付いていたはず。

 

 それなのに、沙耶さんはミチルを庇った。沙耶さんは青葉に拷問をされ、顔に火傷の痕が残った。百年の恋も冷める傷だ。青葉の事は憎んでいるだろうけど、ミチルに対しては変わらず好意を向けている。ミチルの計画を知らなければヒーローに見えるかもしれないが、あの様子だとミチルの企みに気付いているだろうし。


「提出……」


 青葉が出したヒント。実験の流れを例えに出されたヒントは、正しくはミチルの探求の流れ。ミチルは大事になると分かっていながら、それを行う程に探求心に突き動かされた。沙耶さんを対象に、青葉に事件を起こさせ、ミチルが助け、知見を得た。


「何を知ったっていうのよ……」


 私の思考とミチルの思考は違う。私が楽しいと思った物や興味深い物は、ミチルにとって必ずしも同じとは限らない。自分で表すのもなんだが、私は普通だ。普通に生きて、普通に幸せで、何の荒波に遭った事が無い。


 ミチルは違う。彼は自身の人生を普通で退屈な一本道と自負していたけど、傍から見れば酷く枝分かれした道だ。思考だけでなく、感情や振る舞いもただ一つではない。人によって使い分け、反応を確かめ、変化を加え、相手に合う自分に調整する。ミチルが人から好かれる理由は外見だけでなく、そういった内面の調整が関わっている。


 私ではミチルを完全に理解する事が出来ない。私もまた彼が私に合った一面に惚れていた一人なのだから。


「春香様。もうお休みになられてはいかがですか?」


 何枚もの紙に書いた自分の文字に考え込んでいると、音霧が紅茶を差し出してくれた。時計を見れば、既に夜の二十三時。


「もうこんな時間……」


「私の方で春香様の荷物はまとめさせていただきましたので、後はゆっくり眠るだけです。明日の午後には、お帰りになられるのですから」


「……一人で大丈夫?」


「ハハハ! ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、私は四十代の立派なオジサンです。寂しいとは思いません。それに、いつミチル様がご帰宅なされてもいいように、家の隅から隅まで綺麗にしなくては!」


「……私は羽柴家の人間じゃない。だから、強がらなくていいのよ?」


「……ご立派になられましたね、春香様。お察しの通り、恥ずかしながら寂しさを感じております。ミチル様とは、まだミチル様が赤子の頃から傍に仕えていた身。いつかは不要になると覚悟しておりましたが、こうも突然だと、胸が締め付けられる思いです……」


「一応聞きたいんだけど、羽柴家って別荘とかあるの? それもミチルだけが使える所」


「いくつかはありますが、ミチル様だけですと……あぁ、過去に一つだけ。ですが、もう既に使われておりません。元々老朽化が進んでいた物だったので、ミチル様が八歳になる頃には手放されました」


「取り壊されてないの?」


「ええ。なんでも、他の誰かが買ったとか。家もそうですが、周囲の環境からしてみても住むとは考えにくいですし、作業部屋か倉庫にでも使っているのでしょう」


「場所は?」


「まさか、行くつもりなのですか? ですが春香様は―――」


「いいの。実は私、大学生でも、ましてや会社員でもないの」


 私はポケットから名刺入れを取り出し、一枚を音霧に渡した。


「私立探偵……春香様が?」


「帰ってきた本当の理由は、ミチルを私の助手にする為。ついでにアナタもね。立ち上げたはいいものの、やっぱり一人だと色々大変なのよ」


「……ミチル様を、疑っているのですか?」


 音霧の眼の色が変わった。柔らかな微笑みは唐突に疑いに変わり、私の言葉を否定しようと身構えているようだった。


「率直に言うと、そうね。ミチルが今回の事件の主犯だと確信してる」


「し、しかし! 沙耶様はミチル様を恨んでおられませんでしたし、ミチル様は青葉様に刺されたんですよ!? それなのに―――」


「確かに、パッと見た感じでは青葉が犯人で、ミチルと沙耶さんは被害者に見える。でも沙耶さんと青葉の話を聞いて、改めて事件の流れを追っていくと、これが計画的な犯行だと分かったの。そしてその中で、ミチルだけがあまりにも上手く動き過ぎている。青葉からも確かな情報を得られた」


「お言葉ですが、青葉様が嘘をついたという可能性は考慮しないのですか?」


「もちろん、その可能性もある。でも、私はミチルが主犯だと告げる私の直感を信じる」


「しかし! しかしですよ!? 春香様は今回の事件、依頼されていないのでしょう!? 追及しても何の報酬も無ければ、得られる感謝もございません!」


「音霧。私は利益や感謝の為に今回の事件を追ってるわけじゃない。ミチルの為にやってるの。あの子には罪を教えなければいけないの。これは虫や植物を悪戯に観察するのとは訳が違う。アナタがやった事は立派な殺人未遂だと」


「ですが……ですが……!」


「……音霧。アナタ、少しミチルの味方をし過ぎよ。ミチルが人を殺しても、そんな風に庇うの?」


「……申し訳ございませんでした。私は、頭ごなしに春香様を否定してしまいました。私は羽柴家の人間ではありませんが、ミチル様の傍にずっといたんです……親心という愛が芽生えたんです……!」


 そう言って、音霧は泣いた。初めて目にした音霧のその姿は、酷く悲しいものだった。当然、私も音霧と同じ気持ちだ。本当なら泣き崩れたいし、これ以上の追及はしたくない。


 でも、誰かがミチルを止めなければいけない。心の奥底に根付いていた残虐性が、完全に心を蝕む前に。


 私が、やらなくてはいけない。

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