青葉の供述
「時間は十分。ガラス窓には触れず、顔を近付けるのも駄目。面会が始まったら、終わりの頃に監視が部屋に入るので、それまで椅子に。物の受け渡しも駄目。外の情報を話すのも駄目。不要な挑発も駄目。他に何か質問は?」
「いえ。ルールを全て憶えているなんて、真面目な方なんですね」
「当然ですから。君は女優さん? 演技の勉強をしに来たのかい?」
「ここはアナタの職場なのでしょう? 仕事と関係ない話をするのは、アナタらしくありませんよ」
「……それでは、ごゆっくり」
監視の男の長い話が終わり、目の前の部屋のロックが解除された。中に入ると、ガラス窓で仕切られた何も無い狭い空間が二つあり、まるで教会の懺悔室のようだ。用意されていた椅子に座り、向かい側に座る人物を待った。向かい側の明かりは点いておらず、目を凝らして見ても何も見えない。
すると、向かい側に明かりが点き、扉から白い患者服を着た青葉が現れた。患者服には拘束具が装備されているが、今の彼女にとってはアクセサリーや装飾のようなものだろう。
「あら? ミチルが来るのかと思ってたけど、まさかアンタだったなんて」
「早く椅子に座ってちょうだい。時間は十分しかないんだから」
「今朝、私の部屋に精神科医が助手を連れて入ってきたわ。四十代の男と、三十代前半の女。今までの連中と同じような質問で私の心を暴こうとしていたけど、ああいう人達って事前に調べたりしないのかしら? 親や友人関係の質問をされても、普通か喰ったの二択しかないわよ」
「そんな話をしに来たんじゃない。あの事件について、嘘偽りなく話しなさい」
「監視役に言われなかった? 外の話をしちゃいけないって。ここは何も無い空間に見えて、カメラやマイクが隠されている。罰を受けるのはアナタ」
「事前に切らせてある。だから問題無い」
「そう。そんな事より、ミチルは見つかった?」
「……え?」
青葉はここに収監されてからの一ヶ月、外の情報は遮断されている。それなのに、ミチルの行方が分からない事を知っていた。
「まだ、見つかってない」
「そう。まぁ、アイツなら隠れ家の一つや二つ持っていたとしても驚かない。私にワザと刺された人間だもの」
「ワザと? ミチルはアナタに刺されて、慌てて近くのナイフで―――」
「意外とバレないもんだね。狭い空間に、女とはいえ凶器を持った人間。いくら男でも、めった刺しにされる。それなのに、アイツは一箇所しか刺されなかった。しかも近くには反撃に使えるナイフが都合良く置かれていた……今時、映画でも見ない都合の良い話ね」
「ワザと刺される意味は?」
「正当防衛の成立」
「……ますます意味が分からない。それじゃあ、まるで、ミチルが……」
「勝手にアイツを被害者扱いしてるけど、本当の被害者は巻き込まれた私よ」
やはり、今回の事件は単純な強盗事件じゃない。正しい主犯はおそらくミチルで、被害者は沙耶さん。そして青葉は、ミチルに利用された実行役。この役割が正しいとなれば、ミチルはなんらかの計画を立てていたという事になる。
でも、何故こんな事を。自分も刺されて、沙耶さんまで危険に晒して、何をしたかったの?
「アンタ、アイツの幼馴染なんでしょ?」
「え、ええ」
「なら、アイツの長所と短所を言ってみて」
「どうして?」
「頭で色々考えるよりも、口や行動に移した方が解決は早い」
「……ミチルは優しい子。勉強も出来て、運動も出来て、絵に描いたような優秀な子供だった。ただ、キッカケは分からないけど、自分が興味を持ったものに対して、異常な執着を……意味を見出すまで、とことん……まさか、今回の事件はミチルが興味を持ったものの意味を見出す為の!?」
「……アンタ、勘が良すぎよ。それなのに、どうしてアイツを止めなかったの?」
「初めての事だったの。ミチルが人間に興味を抱いたのは。だから、良い機会だと思って……」
「異常性に目を瞑って?」
その言葉に、何の反論も出来なかった。
初めてミチルの異常な探求心を見たのは、まだ私も幼い頃だった。ミチルは公園で掴まえたトンボの羽を毟り、足を引き千切り、目を抉り、およそトンボと呼べなくなったソレを元の場所に戻した。ミチルが知りたかったのは、蟻がトンボを食い終わるまでの時間。炎天下の中、ミチルは地面に伏せながら、蟻の食事風景を観察していた。
私はその残虐な行為を注意したけど、それに対するミチルの答えは、涙だった。観察を終えたミチルは罪悪感で涙が止まらず、食い散らかされたトンボの亡骸に何度も頭を下げた後、土に埋めた。
私は幼い頃から上京するまで、ミチルの探求を近くで見守っていた。その内、その残虐性に慣れ、涙を流しながら弔う優しさだけが印象に残ってしまった。
だから、私がミチルに対する印象は、最初に優しさがある。そこから深くまで潜っていき、その最奥に残虐性がある。私は今の今まで、その残虐性から目を背け、忘れ、無かった事にしていた。
もし、今もミチルに残虐性が残っているのなら、罰せられるべきはミチルだ。実際に沙耶さんを痛めつけたのは青葉だが、そうなるように、ミチルは仕組んでいた。もしもそうだとしたら、目の前にいる青葉なんかよりも、ミチルはもっと恐ろしい人間だ。
しかし、これらは全て仮説。決定的な証拠や動機が分からない以上、仮説に過ぎない。青葉が嘘をついているのもありえるし、沙耶さんが隠し事をしているのも明白だった。
だから、必ずしもミチルが悪だとは―――
「本当に性格が悪い」
「え?」
「アンタじゃなくて、アイツ。ミチルに対して言ってるの。アンタみたいな良い人を困らせるなんて。私だったら、絶対にそんな顔にはさせない」
「顔?」
「気付いてないの? アナタ、今泣いてるのよ。悲しくて怖くて、笑いながら泣いてる。そんなにミチルが大切なのね……ヒント、あげましょうか?」
「何の、ヒント?」
「ミチルの居場所は誰にも分からない。でも知る方法はある。ミチルの探求は今回の一件で終わったわけじゃない。理科の実験ってあるじゃない? 最初に学び、次に行い、観察、そして提出。今のミチルは三つ終えた状態。残るは提出のみ。じゃあ、誰に提出するのかしら?」
今回の事件は、ミチル・沙耶さん・青葉の三名。ミチルは沙耶さんに好意を持ちながら、青葉にも何かしらの感情を覚えていた。ミチルは青葉を操り、三角関係の状況を作り出し、犯行を起こさせた。
その動機は、おそらく。
「……ありがとう。色々と、分かった気がする」
「そう。ねぇ、また私に会いに来てくれる? アナタ、ミチルなんかよりもずっと居心地が良さそう」
「もう来ないわ。というより、もう会えないと言った方が正しいわね。知らないかもしれないけど、アナタは成人までここで過ごして、その後刑務所に入れられる手配なの」
「知ってるよ。でも、悠長過ぎる計画よね。蝶が一つの花に留まらないように、私だっていつまでもここにいるわけじゃない。私の計画も悠長なものだったけど……今日、アナタみたいな素敵な花に出逢っちゃった」
「アナタの羽はもがれている」
「アハハ! 私は人間よ? 歩いて、屈んで、摘み取る。今度はこんな息苦しい場所じゃなく、晴れた野原で逢いましょう」
面会終了のアラームが鳴った。扉から監視の人が部屋に入ってきて、退出を促してきた。
去り際、青葉の方を振り向いた。青葉は監視の人に扉を開けたままにさせておいて、私が去るのをジッと見ていた。