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沙耶の供述 

 それは唐突に起きていた事件。廃業したカフェに住み込んでいた二十代の女性宅に強盗が押し入り、後に来た十代の青年含めた三名共々重傷を負って搬送された。警察は強盗犯の尋問にて、強盗犯が過去に十四度の殺人を知る。その異常性に精神的な病気があるとして、強盗犯を精神病棟に入院という体で、少年法が無効になる歳まで監禁する事になった。

 一方で、被害に遭った女性は身体的にも精神的にも重傷を負っていた。暴行されたほとんどの箇所は完治したが、顔左半分に火傷の痕が残ってしまった。それに伴い、彼女の左目は機能していない。笑い声が酷くトラウマになってしまったのか、病室の外の笑い声にも体が反応してしまい、部屋の隅に隠れてしまうようになった。     

 助けに入った青年については、緊急搬送された先の病院で治療を受けた後のその日に、病院から抜け出した。未だに青年の行方は分かっていない。


 この事件は新聞だけでなく、雑誌やニュース、SNSで連日騒がれた大事件。あらゆる憶測、専門家の意見、過去に似た経験がある経験者談。それらが飛び交い、一ヶ月もしない間に忘れ去られた。


 私は世間が騒がなくなったタイミングで、音霧と共に三名に事情を聞きに行った。病室の扉をノックし、少し待った後にゆっくりと扉を開いて病室に入った。


「お久しぶりです。沙耶さん」


 沙耶さんは私の訪問に興味を示さず、外の景色を眺めていた。外の音が聴こえないように、ヘッドフォンで耳を塞いでいる。

 気配を察知してか、遅れて沙耶さんが私達が来た事を知ると、窓を閉めようとベッドから起き上がろうとした。私が代わりにやろうとした矢先に、隣にいた音霧が素早く動いて窓を閉めた。沙耶さんは音霧に頭を下げると、着けていたヘッドフォンを外した。


「お見舞いなんて来てくれないかと思ってた」


「ごめんなさい。私達が行けば、世間がもっと騒ぐと思ったから行けなかったの。病院の入り口に集まって、周りの迷惑をまるで考えていない連中の所為でね」


「このヘッドフォンを贈ってくれて助かったよ。これが無いと、耐えられなかったと思う。本当に、入院から何まで、お二人のお世話になって……改めて、ありがとうございます」


「いいんですよ、沙耶様」


「沙耶、様?」


「この人はミチルの関係者全員に様をつけるの。まったく、執事でもないんだから」


「では、沙耶ちゃんでしょうか?」


「沙耶さんでいいでしょ。良い歳した爺さんがちゃん付けって……」


「なっ!? わ、私はまだ、四十―――」


「爺さんよ。ねぇ、沙耶さん」


「え? えっと……まぁ、若くはない、かな?」


「さ、沙耶ちゃん様まで……!」

 

「あの、様だけで結構です。はい」


 沙耶さんが普通に会話出来ているのを見て、少し安心した。音霧も気を効かせて話のノリに合わせてくれたし、やっぱり連れて来て良かった。


 さて、ここからどうやって話を事件に持っていこう。いきなり話しても駄目だし、何か関係のある所から徐々にいくしかないか。


「あぁ、そうでした。実は、沙耶様に渡す物がございまして」 


 私が話題を考えている内に、音霧が話し始めた。音霧は一瞬私の方に視線を向け、すぐに沙耶さんに視線を戻した。おそらく、話を事件に持っていく策があるのだろう。


 そうして音霧が取り出した物は、ミチルが描いていた沙耶さんの絵だった。沙耶さんは絵を受け取ると、まだ誰が描いた物かは分からないというのに、右目から涙を流して、大切に絵を抱きしめた。


「ミチル様からの頼まれ事です。自分が何処にも行けなくなった時、その絵を沙耶様にお渡ししてくれと」


「……ミチル君は、無事なの?」


「ああ見えて、あのお方は頑丈でございます。今は別の病院に入院しておられますが、すぐに元の生活に戻れるでしょう」


「……会いたい」


「会えますとも」


 音霧は断言してみせたけど、実際は不確かだ。ミチルは今も行方が分からないし、事前に絵を音霧に頼んだという事は、二度と会えなくなる可能性を考慮してだろう。

 でも、改めておかしな話だ。ミチルが沙耶さんに絵を渡すように音霧に頼んだのは、事件が起きる前日の事。頼んだ翌日に事件が起きて、ミチルは行方不明に、音霧は早速頼み事を果たした。まるで、これから起きる全てを見越していたような準備の良さ。


 やはり、今回の事件には不明な点や納得出来ない部分が多い。真相に至って何かあるわけではないが、知らないといけない気がする。


「……あの日、私とミチル君は、青葉さんと橋で会ってたんです」


「それは、事件当日?」


「はい。凄く、異様な雰囲気の人でした。それからミチル君に家まで送ってもらって、ミチル君が帰った後に、今度は青葉さんが押し入ってきて、それで……気付いたら、ここに」


「……私があの時、自分の直感をもっと信じていれば。危険人物だと断言して事を運んでいれば、こんな事は起こらなかったかもしれない……ごめんなさい」


「春香さんが謝る事じゃない。それに、こんな目に遭って、顔にも大きな痕が出来ちゃったけど……一つだけ、良い事があったんです」


「良い事?」


「拷問を受けて、意識が朦朧としてたけど、確かに感じたんです。ミチル君が助けに来たって。危険を顧みず、こんな私の為に……不謹慎ですけど、私、それが嬉しくて」


「それじゃあ、私も不謹慎を承知の上で聞くね。ミチルが助けに来たのはいつ頃か分か……らないよね? 意識が朦朧としていたし、時間を数えてる余裕なんか無い」


「はい。でも、そうですね……私が、気絶しかけた時? 意識が保てなくなり始めた時、ミチル君が来たと思います」


 たまたまか、あるいは狙ってか。どうしてか、私の思考はミチルを疑い始めていた。加害者は青葉で、二人は完全なる被害者だというのに、どうしてかミチルを一番に疑ってしまう。


「私からも一つ質問してもよろしいですかな?」


「ええ、どうぞ」


「事件が起きる前に、ミチル様に何か変わった所はございませんでしたか? 橋で会っていたのでしょう?」


 どうやら私だけでなく、音霧もミチルを疑い始めているようだ。私の疑いとは毛色が違い、音霧の疑いはミチルとの信頼を穢したくない故のものか。


「いつも通りだったと思います」


「そうですか……そうでしたか……!」


 音霧は納得して、嬉しそうに微笑んでいた。


 しかし、私は違う。沙耶さんの返答を素直に受け止められなかった。音霧の質問に対して、あまりにも淡白な答えだった所為だ。私の考え過ぎならいいけど、あの返答では、沙耶さんが私達に何かを隠している気がしてならない。


「ミチルが何か変な事を言ってなかった?」 


「それがミチル君のいつも通りでしょ」


「そうだけど、何かこう、引っかかるような―――」


「いつも通りだったの。いつも通りの、ミチル君だったわ」


 確定した。沙耶さんは何か隠している。でもこれ以上追求しても意味は無いし、無理矢理吐かせようとするまで酷い事は出来ない。真相に近付く手掛かりが目の前にあるのに、私の良心がそれを阻む。その良心の判断は正しい。


 その後、私達は話を普通の話題に変え、お昼になりかけた頃に会話を切り上げた。


「春香様。お昼ですし、我々は帰りましょうか」


「あら? もうそんな時間? ごめんなさい、長々と話しちゃって。沙耶さんと久しぶりに話せて、思わず夢中になっちゃった」


「私もお二人に会えて楽しかったです。退院出来たら、改めて挨拶に向かいます」


「その時は、私が腕によりをかけたご馳走で、この話の続きをいたしましょう。ミチル様の幼少期の珍エピソードは、時間がどれだけあっても足りない程に濃厚なものでございますから」


「楽しみにしてます」


「それじゃあ、沙耶さん。また会いましょうね」


 名残り惜しさを覚えつつ、私と音霧は病院から出た。駐車場に停めていた車に乗り込み、運転席に座る音霧がナビに次の目的地を設定する。


「お次は、青葉様の所です。沙耶様の時とは違い、青葉様との面会の時間には限りがございます。事前に根回しをしておきましたので、監視役はおらず、監視カメラや録音も切らせてあります。春香様と青葉様との一対一です」


「ワガママを言ってごめんね?」


「いえいえ。この程度のワガママは叶えさせてください。その為に、私がミチル様のご家族に仕えてるのですから」


「それじゃあワガママを追加しようかな。時間まで少しあるし、何処かでお昼ご飯を食べましょ。良い所でね」


「ハハ。お安い御用でございます」


 音霧はナビの案内を一時停止させ、オススメの料理店まで車を走らせた。

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