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しがらみ

 おじいちゃんが死んだ。夜に階段から滑り落ちての死亡らしい。亡くなる日まで、毎日のように私が来てないか聞いていたらしい。

 おじいちゃんは私に会いに行こうとして死んだ。つまり、私の所為でおじいちゃんが死んだ。私がおじいちゃんを殺した。


 病院の人から聞いた話では、これから手続きや葬式の準備などがあるらしい。丁寧に、優しく語りかけてくれたが、私はその内容を全く憶えていない。憶える気が起きなかった。


 誰もいないのが当たり前なカフェが、今日は一段と虚しく感じる。夜の暗闇が、扉や窓の隙間から入り込んだような。これからどう生きて、どう死ぬのかも分からない。


『沙耶さん』


「……ミチル君?」


 今一番聞きたい声が聞こえた。だけど捜しても、何処にもあの子はいない。幻聴だ。独りで寂しくて、私はあの子を求めている。       


 情けない。私は大人で、あの子はまだ十代の子供。それなのに、私はあの子に縋りたいと思ってしまう。あの子の声を聞きたくて、あの子の体温を感じたくて、あの子を抱きたくて。

 私は思っていたよりも、あの子に依存している。あの子は私に抱かれて、何処までも沈んでいく気でいる。自惚れじゃない。あの子も私の事が好きなんだ。その好きが、私と少し違うだけで、両想いなんだ。


 でも、あの子を道連れに出来ない。沈んでいく一方の私に、未来あるあの子を連れていく事は出来ない。

 それに、あの子には綺麗な幼馴染がいる。私と同じくらいの歳の女性で、私よりも綺麗で、私よりも温かい女性が。

 春香さん。あの人は、私よりもっと前にミチルの事を知っていて、恋愛なんて薄い愛じゃなく、好きな人の事を第一に想う確かな愛をミチルに抱いている。正直に言って、もしも私が男だったら、春香さんの事を好きになっていたと思う。あんな綺麗で善良な人となら、どんな困難も乗り越えられる。


「……じゃあ、誰が私の傍にいてくれるの?」


 私は抱きしめた。しかし、その手は誰も抱けず、華奢な自分の肩を掴むだけ。


「ミチル君……ミチル君……! 会いたい……傍にいてよ……!」


 痛い。痛いよ、ミチル。アナタがいた時が幸せ過ぎて、アナタがいない今が痛くて仕方がない。アナタがくれた温もりを感じれなくて、私の血が外へ出ていく。痛くて、寒くて、生きていけなくて、でも死ぬ勇気も出せない。早く私を温めに来てよ。アナタの温もりを私に感じさせてよ。一人で沈んでいくのが怖い。暗くて、寒くて、何も感じられなくなるのが怖い。アナタがどうなろうが関係ない。私を助けて、私と一緒に沈んでよ。ミチルも望んでるのは分かってる。だから私に会いに来るんでしょ。私、ミチルと一緒なら怖くない。死んでもいい。でも死ぬ前に色々やりたい。色んな所に行ったり、色んな場所で思い出を作ったり、何度も抱いて、それから死にたい。誰にも見つからない場所で、誰も近寄らない場所で。死んだ後も、二人っきりでいられるように。そうだ。一輪の金木犀を髪に差そう。もし間違って死後の世界や、次の人生を歩んでしまっても、その香りで再び出逢えるように。そうすれば、私達は死んだ後も生きていられる。来世も、その次の来世も、全て今の私達の物だ。


「沙耶さん?」


 ミチルが私の部屋にいる。少し驚いたような表情で、恐る恐ると私に近付いてくる。ゆっくりと差し伸べてきた手に触れた瞬間、発火した。


「沙耶、さん……?」


「ミチル……」


「……いいですよ。アナタの好きなように」      


 私達は貪った。顔を。体を。まるで溶け合うように、私達はお互いの体を貪った。息苦しくて、でもそれが気持ち良くて、やがて大きな発火が起きた。


 気付くと、私は自分のベッドで横になっていた。ベッドのシーツはびしょ濡れで、床には脱ぎ捨てた私の服がある。

 

 冷たいシャワーを浴びていると、ようやく意識がハッキリとしてきた。今までのは全て妄想。あの子は家には来ていないし、あのベッドの上でした事もただの自慰行為。


「……しっかりしないと」


 明らかにおかしくなっている。このままだと、あの妄想が現実のものになってしまう。そうなってほしい気持ちは確かにあるけど、それは破滅への道。例えあの子がそれを望んでいたとしても、私は拒まないといけない。


 私は大人で、あの子は子供なのだから。

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