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出逢い

 私の人生は上手くいかない。産まれる前から決まっていた運命。まだ赤ん坊だった頃に両親は離婚し、私が五歳になる頃には、母親の祖父母の家に引き取られていた。学生時代は憶えていない。思い出せる程、大切じゃなかったから。


 気付けば、私は二十四歳になっていた。お婆ちゃんは亡くなって、お爺ちゃんは病気で病院にいる。お爺ちゃんのお見舞いに行くたびに、お爺ちゃんは「早く退院して店をやり直す」と言うけれど、きっとそれは叶わない。やり直せる程の時間がお爺ちゃんには残っていない。そんな残酷な事実を私は言えず、いつも気休めばかりを口にしていた。


 私に残されたものは、お爺ちゃんとお爺ちゃんのお店。それももうすぐ無くなってしまう。そうなれば、私は本当に独りになってしまう。だからといって、私には何も出来ない。何かを手にした事が無い私では、どうする事も出来ないんだ。


 誰かが言う「未来は美しく希望に溢れている」と。


 誰かが見せる【明るい未来は誰にでもある】と。


 そんなのは恵まれた人だけの特権だ。その言葉や教え通りなら、私の今は存在していない。彼ら彼女らを悪人というわけじゃないけど、目に毒だ。


 きっと私は不幸のまま死んでいくのだと思っていた。お爺ちゃんが亡くなって、お爺ちゃんのお店も無くなって、無になって消えていくと思っていた。

 

 でも、あの日。いつも通りお爺ちゃんのお店で過ごしていたら、お店の扉が開いた。現れたのは、少し離れた場所にある高校の学生さん。男物の学生服を着てるけど、女物の学生服を着ていても何の違和感も無い容姿。人生上手くいってるのが分かる程、目がハッキリと開いていた。


「店員さん?」


 今思い出しても、変な子だった。カウンターに立っているのだから、店員に決まってる。それなのに彼は、わざわざ私の事を怪しんでいた。


 店員だと認めても良かったけど、彼をからかってみたくなって、私は彼に意地悪をした。


「そう見える?」


「そっち側にいるって事は、店員さんじゃないんですか?」


「ここに立ってたら店員なら、誰だって店員になれる。君もこっちに来たら、君も店員って事になる」


 自分が馬鹿らしい。こんな意地悪な屁理屈を言われて、良い気分になるわけがない。そんな当たり前な事に気付いたのは、彼の返答を聞いた後だった。


「どうして話を拗らせるんですか?」


 彼は怒らず、私が屁理屈を言う理由を聞いてきた。私が彼の立場なら、きっと怒って店を出ていっただろう。本当に変な子。


「ここをお店として入ってきたのが珍しいからよ。どう見たって廃墟な外観だったでしょ? 普通は通り過ぎて行くよ」


「僕だって何で入ったのかは分かりません。ただ……自然と入ってた。もしお店じゃなく、ここがアナタの家なら帰ります。勝手に入って、すみませんでした」


 彼は深々とお辞儀をして、店から出ようとしていた。最初から最後まで、彼に悪い所なんて無い。屁理屈を言い続けた私が悪いのに、彼は最後まで勘違いして、謝罪までした。


 あの時、常識的に考えれば、私がすべき事は訂正と謝罪だっただろう。でも、彼があまりにも変わった子だったから、私は面白くて笑ってしまった。一応袖を口に当てて笑い声が漏れないようにしたけど、時計の針の音だけが聴こえる場所では、無駄な抵抗だった。


 私の笑い声に振り返った彼は、また不思議そうな表情を浮かべいた。


「どうして笑ってるんですか?」


「だ、だって……君さ……フフ……アハハハ! 君って、変な子だね!」


「変?」


「そうだよ。だって君、私と会話してるのに、全部自分の内で解決しようとしたじゃない。他人と喋った事無いの?」


「人並みには、経験してると思います」


「アハハハ! その言葉選びも変―――ごめんね、さっきから笑ってばっかで。でも、やっぱり君は変な子だよ」


「そうでしょうか?」


「ほら、また。普通は怒るんだよ? 他人に変だと言われて笑われるのは。そんな気持ちにならない?」


「ええ。よく笑う方だな、としか」


 彼の声は、彼の視線は、真っ直ぐと私に向いていた。私の意地悪に、誠実に答えてくれた。思えば、彼が店に来た瞬間から、私の人生は変化していた。それに気付かぬまま、私は自然と彼の名前を聞いた。


「……君、名前は?」


「羽柴、ミチル」  


「お姉さんはね、沙耶。このカフェの代理人。本当の店長は、私のお爺ちゃん。今お爺ちゃんは病院にいて、戻ってくるまでの代理」


「そうですか……どうして、そこまで教えてくれたんですか?」


 その言葉は、私が私自身に聞きたい疑問だった。名前だけじゃなく、自分の事情まで話して、何を企んでいるのか。あの日の私は、本当におかしくなっていた。


 ただハッキリと憶えているのは。


「明日から君もここで働いて」


 彼を手放したくない。目の前にいる彼と、もっと一緒にいたいという強い欲求だった。


 恋を知らない私は、突然現れた彼と出逢った。


 楽しくて、愛しくて、忘れられない彼との思い出。

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