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綱引き

 アザラシがいる。水場から出て、気持ち良さそうにゴロゴロと床を転がっている。ああするだけで喜ばれるんだから、生きるのが簡単過ぎて早死にしないのだろうか。


「アザラシは癒されるね~」


「あのプクプクを枕に昼寝がしたい」


「プクプクって。小学生並みの言語能力ね」


「それじゃ脂肪の塊とでも言うのかい? 夢が無いね」


「休日でもその感じなんだ」


「……二人は、お友達じゃないの?」


 春香の疑問に青葉がどう答えるかを確かめると、青葉は酷く嫌そうな表情を浮かべながら僕から距離を取った。そんなに嫌なら、どうして僕達の行く先についてくるのだろうか。


「青葉さんは一人で来たの?」


「そうよ。だからなに? 悪い?」


「フッ」


「ッ!? 鼻で笑うなんて、今日は一段と失礼な奴ね……!」


「ア、アハハ……その、じゃあ、私とミチルはこれで」


 春香は僕の腕を掴んで、この場から立ち去ろうとした。


 しかし、青葉が反対側の僕の腕を引っ張った所為で立ち止まった。春香は無理矢理でも引き剥がそうとするが、負けじと青葉も僕の腕を引っ張る。綱引き状態の僕を見るアザラシの目が、憐れんでいるように見える。


「青葉ちゃん。ミチルの事が嫌いなんでしょ? だからその手を早く離してくれないかな?」    


「今のやり取りを見て聞いていたのなら、コイツにやり返す必要があるのは分かってますよね。すぐに言い負かしますから、その手を離してください」


「私とミチルは今日デートなの。デートの邪魔をするのは野暮ってものでしょ?」


「こんな奴とデートしても面白くないから。帰って寝た方が有益だから」


「じゃあアナタがそうしなさいな……!」


「まだ来たばかりなんです……!」


「アナタも本当はミチルの事が好きなんでしょ!」


「嫌いだから!」


「じゃあ早く返してよ!!」


「アンタの物じゃないでしょコイツは!!」


「今日でそうなるの!!!」


「なんない!!!」


 コツを掴み始めてきたぞ。引っ張られる瞬間、引っ張られる方向に体ごと自分から動かし―――待ってテンポが崩れてきたたたたた。


 アザラシに見守られながら十分後。僕はようやく解放された。周りには野次馬が集い、アザラシではなく僕ら三人の様子をビデオに収めているようだ。アザラシに営業妨害で訴えられても勝てそうにないな。 

 冗談はさておき、本当に大事になり始めている。誰かが係員を呼んだのか、数人の係員がこちらへ向かってきている。これ以上は裁判どころか刑務所行きだ。


 僕は未だ感覚が戻り切っていない腕で二人と腕を組み、野次馬の列を突破して逃げ出した。別の場所に逃げても見つかったら意味が無い。名残惜しいが、動物園から出る事にした。


 動物園から出て、緑の葉が揺れる並木道の光景に目も暮れず、二人を引っ張って走り続けた。人通りが全く無い裏道まで来ると、流石に体力の限界が来て、二人の腕を離したと同時に地面にへたり込んでしまった。息を整えながら二人の様子をうかがうと、僕以上に息を荒らしている二人が僕を睨んでいた。


「きゅ、急に、走り出さない、でよ……!」


「あのままじゃ、明日の朝刊の端っこに載る所だったんだぞ? どうせ載るなら何かを発見した時だ」


「せっかく動物園に来たのに、アンタの所為でロクに周れなかった!」


「僕の所為? 騒いだのは君達だろ。言っておくけど、僕一人で逃げる事だって出来たんだ。それを僕がわざわざ親切心を表に出して二人を連れ出して事なきを得たっていうのに、僕の所為にするのか?」


「騒ぐ羽目になったのはアンタとそこにいる―――女になってる!?」


 逃げてくる何処かでウィッグが落ちたのか、隠していた春香の長髪が露わになっていた。その姿を見て、青葉はようやく春香が女性だと気付いたらしい。強い眼光の癖に、その目は意外と節穴のようだ。


「ふ、二人共、もう、元気に、なったんだ、ね……! 流石、若い……!」


「春香もまだ若いだろ。今は十五時か。中途半端な時間だな。何処かに行く気分でもないし、家に帰るか」


「うん。そうしよっか。それじゃあ、青葉さん。今度こそサヨナラ」


 全然息が整わず、歩けそうにない春香を背負って家に帰った。合鍵で玄関の扉を開けたが、音霧が出迎えに来る気配が無い。何処かに出掛けているのだろうか。


「音霧、何処かに出掛けてるのか」


「お風呂のお湯張ってくれてるかな?」


「とりあえずリビングのソファまで運ぶよ。僕が確認してくるから、少し休んでて」


「ありがとう、ミチル」


 春香をソファに下ろし、浴室へ行こうと振り返った。


 振り返った先には青葉がいた。リビングを見渡しながら、流れるように冷蔵庫の前まで行き、冷蔵庫の中からアイスを取り出した。

 おかしい。彼女を家に招いた記憶が無い。なのに、まるで居て当たり前かのような態度で他人の家のアイスを頬張ってる。


 いや、考えるのは止そう。長い距離を全力疾走したんだ。少し休んだ後に考えても、遅くはないだろう。

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