動物園デート
今日は春香と遊ぶ日だ。前回同様、何処へ行くのかは知らされていない。急に帰ってきたり、遊ぶ場所を伝えずに誘うなど、春香はサプライズが好きなのかもしれない。
玄関前で待っていると、支度を終えた春香がやってきた。珍しく服はメンズの物で、髪が短髪に変わっている。
「髪切ったの? 昨日の今日で?」
「ウィッグ。カツラだよ」
「どうしてそんな手の込んだ事を」
「気分転換も兼ねてるの。性別は変えられないけど、見た目は変えられるでしょ。たまにこうやって男装して外を歩くんだ」
そうして、僕達は家を出た。家を出る際に、音霧が見送りに来たが、春香の姿に困惑していた。多分、今日一日仕事が手に付かないだろう。
連れて来られたのは動物園。去年出来たばかりで、休日な事も相まって親子連れの客が多い。
「動物園ですか。動物好きなの?」
「特別好きってわけじゃないけど、動物園は好き。色んな動物が見れるし、動物園の仕組みが好きなの」
「仕組み?」
「例えば、あそこのパンダコーナー。パンダを見終えたお客さんが必然的に売店に行ってるでしょ。パンダを見たお客さんの興味が薄れる前に、パンダの売り物を売ろうって魂胆が分かるよね」
「そんな事を考えて楽しいですか?」
「君にだけは言われたくないな。それじゃあ、ミチルが思った事を言ってごらんよ」
「動物の餌の売店が魚市場の競りみたい」
「価格は均一だから。それじゃあ、まずはどの動物から見る?」
傍にあった案内板を見た。案内板にはそれぞれの動物のコーナーがコンパクトに纏められているが、実際の広さはこれ以上だろう。オススメの周り方が記されているが、周るコーナーの近くには売店がある。商売上手というか、欲深いというか。
「フクロウを見に行きましょう」
「まだ朝だよ?」
「朝も夜も関係ないでしょ。それじゃあ、パンダから始まるオススメコースにしますか?」
「ぬいぐるみを集める趣味は無いからいいや」
「買わなきゃいいだけじゃないですか」
「じゃあ、最初はフクロウね。それから順々に見て行って……しばらく鳥類ばっかになるね」
「いいじゃないですか。飛ばない鳥を見られるのは貴重ですよ」
僕達はフクロウがいる場所まで移動した。移動中、春香が腕を組んできた。別に僕はいいが、僕達を見る周囲の人間がニヤニヤと笑っている。何も知らない人から見たら、男と男が腕を組んでいるように見えるのだろう。春香は気付いていないのか、あるいは気付いている上で腕を組んでいるのか。
フクロウがいる場所まで来ると、ガラスに囲まれた箱の中に一匹のフクロウが木の枝にとまっていた。真っ白な体とは裏腹に、目の周りはメイクを施したかのような黒で、瞳は濁りの無い黒だった。
こちらをジッと見つめてくるフクロウをこちらもジッと見つめていると、急に首を傾げてきた。それにビックリした春香が僕に抱き着いてきたが、そんな事より僕はフクロウをジッと見つめていた。
そこから鳥類のコーナーが続き、孔雀を最後に鳥類のコーナーが終わった。
「どれも面白かったですね」
「そうだね。どの鳥からも何故か威嚇されてたけど」
「嫌われてるんじゃないですか?」
「ミチルが?」
「いや、春香が」
「私が嫌われるわけないでしょ? この世の全ては私を愛してるの」
「その自尊心は手本にすべきですね。飼育員さんに頼んで、春香の檻も用意してもらいましょうか」
「いや、流石に人間は無理なんじゃない? 倫理的にさ」
「あ、キリンだ」
他よりも広く陣取るコーナーに三頭のキリンがいた。周りを囲む柵は人間では容易に超えられないが、キリンならヒョイと飛び越えられそうな高さだ。それなのに、キリンが柵を飛び越える様子は無く、長い首を遠慮がちにこちらへ伸ばしてくる。
すると、全く面識の無い女性グループが僕達に近寄ってきて、キリン用の餌を譲ってくれた。僕は断ろうとしたが、それを察知してか、春香が素早く感謝と共に餌を受け取った。女性グループはまるでアイドルに手を握られたかのような声を上げながら走り去っていった。
「良い人達だったね」
「どうして受け取ったんですか。これはあの人達のお金で買った物ですよ?」
「人の好意は受け取っておくものよ。その方がお得だし」
「慣れてる人は違いますね」
「自分は違うって顔して。あの子達はミチルにも関心があったみたいだよ。私が隣にいるのに、良い根性してるよ」
「僕は知らない人には用心するようにと言いつけられましたから」
譲られた餌を半分に分けて、キリンに餌をあげた。大人しそうな顔からは想像もつかない積極性で、キリンは餌に喰いつく。春香は鳥類の時同様、怯えた表情を浮かべ、残りの餌を僕に全て渡してきた。絶望的に動物園のコンセプトと相性が悪いな。
動物園に来てから二時間が経過し、時刻は十二時過ぎとなった。お昼時だが僕も春香もお腹が減っておらず、空いてるベンチで休憩する事になった。
「大分見て回りましたね」
「ほとんど鳥だったけどね」
「何か飲み物でも買ってきましょうか?」
「私が行くよ。ミチルはここで待ってて」
春香がいなくなり、僕は一人ベンチに座っていた。前を通り過ぎて行く親子連れを見て、少し羨ましさを覚えた。昔から両親は仕事であまり家におらず、こういう場所に来る時は、いつも音霧か春香だった。親との思い出が他より少ないのは、少し寂しい。劣等感とかじゃなく、ただ単純に寂しい。
「あんまりジロジロ見ると変な人だと思われるよ」
隣から声が聞こえてきた。振り向くと、そこには春香ではなく、青葉が座っていた。休日だというのに、何故か制服を着ている。
すると、飲み物を買ってきた春香が戻ってきた。春香は青葉を見て若干表情をピリつかせていた。青葉は春香の姿に動揺していた。
「……アンタ、そういう趣味があったの?」
それは男同士という意味なのか、女性に男装させている意味なのか。