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狂気を孕む

 私は女の子が好きな女の子。いつからか、誰からだったかは分からない。ハッキリとしているのは、年々欲深くなっている事。ただ顔が良いだけでも駄目。ただ性格が良くても駄目。ただ家柄が良いだけじゃ駄目。完璧な人間でも駄目。


 気付けば、私は空っぽになった。求めるものがあまりにも無謀で現実味が無い所為で、無欲でつまらない人間になった。そんな私を好いてくれる人など当然おらず、同級生はもちろん、家族までも私を無い人として扱い始めた。中学で一人暮らしになって、学校を転々と変えていき、今年も歳が一つ重なる。


 一人が寂しいと感じないけど、感じるべきなのだろう。


「青葉さん」


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。後ろに振り向くと、あの性格が悪いミチルが立っていた。ミチルはニコニコと笑みを浮かべながら私に近付いてくると、私の目の前にある自販機に視線を移した。


「何か飲むの? 買ってあげようか?」


「……アンタには、私が貧乏人に見えるのね」   


「それなら都合が良いんだけどね」


 ミチルは千円札を自販機に入れると、私に飲み物を選ばせてきた。この前に言った献上品のつもりだろうか。ただの冗談だったのに、彼は本気にしているようだ。

 しかし、タダで物が貰えるのは悪くはない。貧乏って程ではないが、余裕が無いのは事実。


「へぇ。おかしな飲み物を飲むんだね」


「苺牛乳の何処がおかしな飲み物なのよ」


「苺なのか牛乳なのか、よく分からないじゃん。それに甘いしね」


 ミチルはブラックコーヒーを選び、出てきたコーヒーと釣り銭を取って私から離れていった。


「何処行くの」


「屋上だよ」


「今から? あと少しで授業が始まるのに?」


「君のサボりに付き合おうと思ってね。たまには悪い生徒だと印象付けないと、都合よく使われるからね」


 それだけ言い残すと、ミチルは先に屋上へと向かっていった。相変わらずよく分からない人間だ。たまにグランドで体育の授業最中を屋上から覗く時があるけど、必ずといっていい程に、あの男の傍には人が集まる。私とは真反対の人間。

 どういうつもりで、何を企んでいるかは分からない。私を恋愛対象として見てる様子は無いし、悪意があるとも思えない。

 だからこそ、あの男が気持ち悪い。まるで森の奥に潜む洞窟のように、安易に踏み込むべき存在じゃない。


 屋上に出ると、ミチルはフェンスに寄りかかりながらコーヒーを飲んでいた。


「ねぇ、教えてよ」


「ん? 何を?」


「どうして私に構うの。アンタはクラスの、学校の人気者。その容姿なら、学校の外でも注目を集めるでしょう。なのに、どうして私なんかに付きまとうの?」


「知りたいんだ。君がどういう人間かを」


「知っても面白くない」


「それは僕が判断する事だ。それに面白さなんかどうでもいい。君に興味を持った時点で、僕の考え事の三割は君が占領してる」


「たったの三割?」


「悪いけど、残りの七割は別の人だ。彼女の場合は、一生掛かっても理解し切れないだろうな」


 ミチルが微笑みながら思い浮かべているその女性に、ほんの少しだけ、私は嫉妬した。別にこの男の事を好きになったわけじゃない。

 でも、久しぶりに私に興味を示してくれた人が、隣にいる私よりも別の場所にいる誰かを思い浮かべているのが気に食わない。


「どんな人なの」


「初めは暗い海の底のような人だと思った。でも最近は、深海のような人だと思うようになってる」


「……それって、何が違うの?」


「同じ暗闇でも、恐怖心が無いんだ。光の無い深海に沈む程に、僕もまた深海の一部に溶けていく。そこには恐怖は微塵も無く、脱ぎ捨てるような解放感がある。不思議な女性だよ」


「ふーん。さぞかし美人さんなんでしょうね。アンタみたいな人間が、そこまで恋焦がれるのだから」


「え?」


「え?」


「僕が恋を? いや、そんなはずはない。だって恋をすれば、恥ずかしさだったり緊張を覚えるものだろう?」


「……アンタの事がますます分からなくなってきた」


 誰がどう見ても、ミチルはその女性に恋をしている。なのに、当の本人は全く自覚が無い。


 いや、自覚が無いというより、違うと決めつけているだけなのか。恋なんて決まった形は無いのに、ミチルは恋の定義を持ち、それを基準に判断している。


 なんだ。私とミチルって、似た者同士だったんだ。


「私さ。アンタが苦手」


「だろうね」


「……でも、苦手なだけだから」


「……それは、どういう意味?」 


「たまには意味なんか忘れちゃいなよ。何でも意味を知ろうとすれば、いずれ何も分からなくなるから。この世界にある全ての本当の意味なんか、誰にも分からない。他人も、自分も」


 私は残っていた苺牛乳を飲み干し、空き缶になったそれをミチルに押し付けた。


「私に献上するのなら、甘い物にしなさい。そしたら、またアンタに付き合ってあげるから」


「甘い物か。憶えておくよ」


 私は屋上から出て、図書室に向かった。まだ授業中だから当然誰もいない。私は適当な本を手に取って、陽の当らない隅の陰に座り込んだ。


「ハァ……アイツが、女の子だったら良かったのに」


 ミチルが女の子になった姿を想像した。可愛くて、綺麗で、美して、グチャグチャに汚したい。涙と涎が混ざった汁を舐めとって、苦しみながら悦ぶ彼女を私の物にしたい。そうなる事が出来れば、私の渇きは満たされるだろう。


 あ、そっか。


 女の子じゃないのなら、女の子にすればいいんだ。 

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