表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/40

夕陽は深海で眠りつく

 沙耶さんの店に来てから一時間が経過した。今日も客が来る気配が無い。カウンター下にあるお釣り用のお金が入ってる引き出しを見れば、千円札が三枚と十円玉が六枚。店も店で、客を迎える気が無いようだ。  


「ミチル君。少し休憩しようか」


 そう言って、沙耶さんは僕にコーヒーを差し出した。一口飲んでみると、いかにも市販で売られてるインスタントコーヒーの味がした。


「僕達さっきから休憩ばかりですけど、この場合って給料に影響あるんですか?」


「給料?」


「いや、貰うつもりは無いんですけど。でも少しは考えていてほしかったですね」


「……そうだよね。一応、君はバイト君だから、何か報酬が無いと駄目だね」 


「コーヒーで十分です。僕コーヒーが好きで。こだわりは無いんですけど、定期的に飲まないと駄目なくらいには好きです」


「なんだか依存症みたいだね」


「それはあり得ますね」


「それで? そんなコーヒー大好き青年の君が、盛大に制服にコーヒーをこぼしちゃったキッカケを聞かせてよ」


 沙耶さんは丸椅子に座り、足のつまさきで僕の足を小突いてきた。


「今日、僕の学校に転校生が来たんですよ」


「男の子? 女の子?」


「女子ですね」


「可愛かった?」


「いえ、綺麗系ですね。ただ一癖も二癖もありまして。口は悪いし、常に睨まれるし、愛想は悪いし、飲めもしないブラックコーヒーを飲んで僕に八つ当たりしてきましたし」


「今の所、何の良い印象も無い娘だね」


「でも、面白い考えを根付かせてるんです。自分は無意味だ、と。彼女は自身を無意味な存在だと確信し、それを信じて疑わない。面白い矛盾ですよね。無意味な存在であるというのに、確かに今を生きている。今の僕の推察では、彼女は無意味からの脱却を無意識に求めてると思います」


「……他人の過去を勝手に詮索するのは、あまり感心出来ないな」


「同意見です。実際その罰を身に受けたので、まずは打ち解ける所から始めますよ」


 すると、携帯電話にメールが届いた。確認すると、送り主は春香だった。メールの内容は、今週の土日どちらかの日に遊びに行こうという誘いだ。

 今の所は特に予定も無いし、日程と時間は春香に合わせる形で承諾した。


「誰からだったの?」


「春香です。土日どっちか遊びに行こうと」


「……怒ってなかった? その、私、結構喧嘩腰だったから……」


「いえ、特に何か言ってないですよ。むしろ、楽しかったんじゃないですか。ああやって話せるのって、友達とか家族でもいないだろうし」


「なら、いいんだけど……ミチル君は、さ。あの人の事、どう想ってる?」


「春香ですか? 友人です。自慢出来る機会があれば、是非とも自慢したいと思える友人ですよ」


「友人か……仮に、もし仮に。君の事が好きだったら、君はどうする? 異性として、恋人になりたい意味での好き」


「例えば話に例えを重ねますが、僕と春香は、言わば月とスッポンです。美しい月を見上げる事しか出来ないし、月はスッポンを照らす事しか出来ない。それが二人の距離感なんです。絶対に変えられない二人の関係なんです」


「……それじゃあ、私と君の関係は? この関係を例えるなら?」


 僕は少し考えた。僕と沙耶さんの関係を一言で表すのは難しい。知り合いや友人とは違う。かといって、恋人や姉弟とも違う。


 ふと、僕の頭の中で海中が浮かんだ。徐々に青い水面が見えなくなって、暗い深海に沈んでいく。自分の存在を忘れていき、かつてあったはずの輝きが失われていく。


「……夕陽と海」


「夕陽と海?」


「ほら、夕陽が海に沈んでいく光景ってあるじゃないですか。実際は海に沈んでいるわけではないんですけど、まるで夕陽が海の底へ眠りにいくみたいだと思いません?」


「つまり、私は君が眠りにつく場所って事? だとしたら、世界は大変な事になっちゃうね」


「どうしてですか?」


「永遠に夜が続くから」


 沙耶さんが伸ばした両手が僕の腰を抱き、ゆっくりと引き寄せられていく。僕は膝をついて、沙耶さんの膝の上に頭を置いた。

 妙に落ち着く沙耶さんの膝の上で瞼を閉じると、沙耶さんは僕の頭を包み込むように体を丸めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ