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仕返し

 晩ご飯を食べ、お風呂に入り、コーヒーを飲みながらテレビを観ていた。ソファの両隣には沙耶さんと春香がいて、僕を押し潰さんと寄ってくる。


 時刻を確認すると、午後の二十一時。少しお茶でもと誘ったはずなのに、こんな遅くまで沙耶さんを家に置いてしまった。今更帰れと言っても困るだろうし、それを言った暁には僕は人でなしの新芽だ。


「……沙耶さんは春香の部屋で寝てください」


「急に凄い事を言ったね。確かにここはアナタの家で、私は部屋を借りてる身。でも一応は先に私に是非を問うべきじゃない?」


「それじゃあ、ミチル君のお部屋にお邪魔しようかな。一度一緒に寝たんだし、もう何度寝ても同じだよね?」


「アナタはアナタで遠慮しなさいよ。泊まっていくのは良いけど、寝る場所は謙虚でありなさい」


「春香。別に僕は構わないよ。ただ同性同士で寝た方が良いと思っただけなんだ。それじゃあ、もう寝よう。明日は学校なんだ。寝坊して遅刻するなんて、あってはならないからね」


 カップに残ったコーヒーを飲み干し、沙耶さんを連れて僕の部屋に向かった。


 僕の部屋に入ると、沙耶さんは部屋を眺めながらベッドまで歩いていき、倒れるようにベッドへ横になった。


「来て」


 僕のベッドの上で仰向けの沙耶さんが、僕に手招きをする。引き寄せられるように足を進め、その手をソッと掴むと、ベッドの上で向かい合った。

 嬉しそうに微笑む沙耶さん。僕の手の平を親指で押すと、雨の雫が窓に落ちていくのように、ゆっくりと僕の腕を伝っていく。

 

 腕から方へ。

 

 肩から首へ。


 首から顎先へ。

     

 顎先から下唇へ。


 下唇から歯へ。


 歯から口内へ。


 そうして辿っていった沙耶さんの親指は僕の唾液を纏い、それが沙耶さんの口の中へ運ばれていく。味わうように親指をしゃぶる沙耶さんは、まるで赤子のように、しかし大人の女性の妖艶さがあった。


「ねぇ、ミチル君」


「なんですか?」


「この前の続き……いつ、してくれるの?」


「……出来ません。やろうと思っても、その意味を分からなければ、僕にとってそれは無だ。そして、アナタに悲しい思いをさせてしまう」


「……いいわ。まだ知り合ったばかりだもの。でも、あんまり待たせないでね。アナタの傍に立とうとする女性は、私一人だけじゃなさそうだし」


「こうして沙耶さんが傍にいるじゃありませんか」 


「これは今この瞬間だけの話じゃないの。これから先、アナタがいつか死んでしまった時、共に灰になろうとする女性の事。傍に立つという事は、目に見える距離感だけじゃない。心と心。命と命。死と死。全て一蓮托生となれるような繋がり。私は、アナタと繋がっていたい」


「……すみません。今すぐに答えは出せません」


「言ったでしょ? 待つって。寝る前にこんな話をしてごめんなさい。それじゃあ、おやすみなさい。また、夢の中で」


 沙耶さんが僕の両目を手の平で覆った。暗闇の中、沙耶さんの吐息と匂いだけが感じる。落ち着けて、まるで一人になれたような、でも確かに傍に誰かがいる。この不思議な感覚は、不思議としておくには、あまりにも惜しい感覚だ。


 目を開けると、隣にいたはずの沙耶さんが消えていた。ベッドには確かな温もりが残っており、その温もりに触れるだけで、どうしてか胸が痛みだす。


 ベッドから起き上がって机を見ると、そこには書き置きが残されていた。


【この間の仕返し】


 短くも、悪戯心に溢れたその書き置きに、自然と笑みがこぼれてしまう。沙耶さんもあの時、僕と同じように胸の痛みを覚えたのだろう。


 一階に下りてリビングへ行くと、ちょうど朝食の準備を終えたばかりの音霧がいた。テーブルには二人分の食事が並べられている。


「おはよう、音霧。春香はまだ寝てるのか?」


「おはようございます、ミチル様。今からお二人を起こしに参ろうとしていたところです。私は春香様を起こしに参りますので、ミチル様はお先に朝食を食べていてください」


 椅子に座り、朝のコーヒーを一口飲んだ後、朝食を食べ始めた。洋食派の春香に合わせてか、今日の朝食は洒落ている。パン以外なんて名前の料理かは分からないが、どれも美味しい。


 すると、髪がボサボサになった春香が音霧と共にやってきた。あまり眠れなかったのか、頻りに目を指でこすっている。


「おはよう。もしかして寝れてないの?」


「おはよ……まぁ、その……色々と邪推しちゃって……」


 まるでアニメや漫画で見るようなショボッとした表情を浮かべている。普段では見られない珍しい姿だ。

 

 今日は何か、良い事がある気がする。

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