喧嘩するほど仲が良い
沙耶さんが家にいる。自分で呼んだのだから、不思議な事じゃない。それでも、こうして僕の家でくつろいでいるのを見ると、なんだか不思議な気がしてならない。
「ねぇ、ミチル。音霧さんは何処に行ったの?」
「急用が出来たとかで、さっき出ていったよ。明日の朝には帰って来るみたい」
「という事は、この家でミチル君と二人っきり……」
「ちょっと待って。どうして私をいないものとして扱うわけ?」
「アナタも、その音霧って人を見習って空気を読むべきでは?」
「招かれざる客の癖に……!」
「家主のミチル君の誘いを受けた正式なお客様よ」
どうして二人は喧嘩腰なのだろうか。いや、仲が深まって遠慮が無くなったからこうなのか。学校で見かける男子グループの会話の口調が喧嘩腰でも、仲の良さが変わる事はないのと同じように。冗談を冗談と分かっていながら、あえて本気にとらえて会話を盛り上げるように。
尚も睨み合いを続ける二人の間を通っていき、冷蔵庫にあるアイスコーヒーを三つのコップに注ぎ、氷をそれぞれ三つ入れた。
「せっかくですし、仲を深める為に会話をしましょう」
二人にアイスコーヒーが入ったコップを手渡し、僕はテーブルの上に座った。
「道を歩いていると、一人の老婆が道の端で倒れていた。春香、君ならどうする?」
「当然、声を掛けるわ」
「沙耶さん。声を掛けられた老婆はどうしましたか?」
「え? そうね……襲い掛かってきた」
「なんでいきなり襲い掛かってくるのよ」
「身を守る為よ。声を掛けてきた人物が、必ずしも善人とは限らないでしょ?」
「捻くれ者。というか、これは何? 何かの実験?」
「前の人の言葉から会話を繋げていくんです。絵本のページをめくるように、次の展開を考えて。どういう展開に繋げていっても自由ですが、繋がらなくなった場合、あるいは無理のある展開にした場合、その時点で終了。この遊びに重要なのは、自分らしさを出す事です。偽った自分を出してはいけません」
「相変わらず、変な事を考えるわね」
「そりゃどうも。それじゃあ話を戻して。老婆に声を掛けると、老婆が襲い掛かってきたんですよね? 実は声を掛けた人物は以前、老婆の家を燃やした放火魔だった。はい、次は春香の番」
春香は納得のいかない表情を浮かべていたが、アイスコーヒーを一口飲むと、目を閉じて考え始めた。僕の変な遊びに付き合ってくれる面倒見の良さは、相変わらずのようだ。
こうして、会話遊びは特に詰まる事無く、六週目に突入した。今となっては原型の無い話にまで発展したが、この遊びに重要なのは整合性や元の話に遵守する事ではない。
どういう展開にするか。その人の思考や理想を話の展開に表す事。例え話という便利な逃げ道を利用した心理テストのようなもの。
春香は分かり易く平和的だ。愛・優しさ・助け合い・ハッピーエンド。若干の押しつけがましさはあるものの、平和に解決する事を主にしている。
反面、沙耶さんは懐疑的だ。疑い・敵・策略・自虐。一点に集中し過ぎるがあまり、物事を広く見れないでいる。だが、春香が展開する話を一瞬にして不穏にさせる話の作りは面白い。
二人の考えは典型的な陰陽。僕がいなければ、きっと二人は相手が死に絶えるまで続けるだろう。やっぱり仲が良いようだ。
しかし、この遊びを始めて二時間が経過しようとしている。そろそろ晩ご飯の準備をする時間だ。
「ギブアップ。ここから展開出来る話が僕には思いつかないや。僕の負けだ」
「ちょ、ちょっと待って! バッドエンドのまま終わらせるつもり!?」
「いいじゃありませんかバッドエンドでも。これはただのお遊びで、もうすぐ晩ご飯にする時間。僕の家では、午後十八時に晩ご飯と決まってるんです。負けた罰として、今夜は僕が作ります。まぁ、冷蔵庫にある物で作る簡単な物になってしまいますが」
「またミチル君のご飯が食べられるんだ。しかも今度は作りたて」
「また? またって、どういう意味?」
「言葉通りの意味です。以前、私の家に泊まっていったミチル君が、私の為に、朝ご飯を作っていったんです」
「わ、私はまだ、ミチルのを食べた事、ないのに……!」
「あら? あらあら? まだなんですか? 幼馴染なのに?」
「ッ!? つい最近知り合った癖に……!」
「私は付き合いの長さより、質を大切にする性分ですので」
「まいったな。パスタしか出来そうにないや。まぁ、一人分の量を多くすればいいか。あとは適当な野菜を切ってサラダにするか」
その後、僕が作ったパスタとサラダを晩ご飯にして、三人で食べた。二人は無言で食べ進め、僕が食べ終わるよりも先に完食し、洗い場で仲良く食器を洗っていた。息つく暇もない会話の連続で、内容が頭に入ってこなかったが、会話が途絶えないという事は仲の良い証拠だろう。