中途半端な恩恵と災難
あの後、俺は団地からナギにおぶられて喫茶店に戻った。疲労困憊で動けなかったせいだ。それにしても成人男性を軽々背負うとか見た目に反比例しすぎだろ。
喫茶店に着くと、豪華な料理が並べられていた。榊さんの料理くそうまかった。喫茶店やってっから当たり前か。久しぶりに暖かい飯にありつけて6割は幸せだった。
残り4割の不幸せはナギのバカのせい。酒を浴びるほど飲まされて後半の記憶はないし、味もわからなくなってた。あいつすぐ酔うくせに、どんだけ飲むんだよ。俺が吐くのを嘲笑ってたし、誰かに痛い目に遭わされればいい。
頭が痛い。
ナギが「今日はお前は頑張ったからな」とか言って差し出した酒のおかげで少し体力を取り戻したけど、それ以外にもいろいろ飲まされたな。
もうなんか、ボロボロ。榊さんが泊まるかって言ってくれたけど、自分の布団で寝たかったから無理を言わせて帰路についてる。
ちょうどいいベンチを見かけたから少し休憩。
タバコに火をつけた。まだ冬が明けないせいで手がかじかむ。吐き出したため息が一層白い。
落ち着いたら、団地でのことを思い出した。
「なんだったんだあれ、、、」
俺はボロ団地の祠の前で見えない神さまの絵を描いた。あの感覚が今でも残ってる。
無我夢中で頭に想起したモノを描き続けた。全能感のようなもので溢れてて、どう描けばいいかあらかじめわかってた。構図も陰影もなにもかも。あんな感覚は初めてだ。半年ぶりに絵を描いたと思えない出来だった。
あそこまで集中できたのも初めてだ。もともと発達障害の影響で過集中に陥ることは多々あった。それでも限度がある。思考をスキップして手が動いてるような状態。
ナギが言ってた覚醒って言葉を思い出した。だけどそれより、
「また描きたいな」
最後の一枚を描き終えたとき、ハッキリと聞こえた。あの神さまの声がようやく。夢中になってもそれだけ認識できた。実感があったのは描き終えたあとだったけれど。胸が暖かくなった。
気づけばタバコは燃えカスと化していた。
帰るか。
トボトボと歩きながら空を見上げた。
紫がかった曇天で星が見えないし、どこの家も就寝中らしい。日付跨いだもんな。異様なほど静かな空間に俺の足音だけが響く。そして急に辻風が駆け抜けた。
思ったよりも冷たかった風に酔いが覚めた。
覚めて、気づいてしまった。
うるさいくらいに視線を感じる。周囲を見渡した、けれどやっぱりなにもいない。けど見られてる。じわじわと冷や汗と恐怖が纏わりつく。
ナギのとも、祠の神さまとも違う嫌悪感が混じった人とは違う気配。
好奇や品定めのようなものもあれば、街中でうまそうな店を見つけたとかそういうもんもある。
そういえば、ナギがなんか言ってたな。
「お前は、敏感になったからもう気づくかもな。」
わかってるなら対策してくれよイカレサイコ!!
左右に揺れながら走った。逆流する胃酸を抑えながら思いっきり。
初速が大幅にダウンしたころ、洗い呼吸を切らせながら、家に辿りついた。安心感のせいで吐いたけど。
視線はまだ消えない。それよりも嫌な予感が家からする。いるんだな。家にも。
スピーカーから好きな音楽を流して、終始歌いながら寝支度をした。ただでさえ疲れかけてたのに、意識を逸らすだけでどっと疲れた。布団に入った瞬間には眠りについた。もはや気絶だった。
夢の中、学生時代の実家にいた。よく口論していた。成績がどうとか進路はどうとか。ありえない状況だから夢だろう。昔描いた絵もあったけれど見る気になれなかった。いやでもアレを思い出すから。
なんやかんやご飯はみんなで食べてたけどテレビの主導権は父が握っててつまんなかったな。
クソみたいだ。
とか思ってたら足音が聞こえた。現実に戻っていた。たぶん。動けないし。またあれが来たよ。
相変わらず殺意を向けてくる。いつもと同じ。
少し違う部分もあるが。
何か聞き取れないことを言っている。
怒ってる?そんな語気がある。
本格的にやばい。死ぬ。
恐怖が一瞬、あの後は諦めがきた。
あの絵が描けたのがよかったかもしれない。
少し穏やかになれた。
今回はおとなしくやられてやろう。
そう思って待っていても、来ない。
は?
あいつは未だに怒ってる。でも近づいて来ない。
なんで、、あ、これが恩恵か。
でもこの状態が続くのも嫌だな。
もっとサービスしてくれよ、、、
また気を失ってたらしい。窓を見たら夕陽が差し掛かっていた。気分は最悪。二日酔いが頭を痛めつけてくるせいで余計に辛い。ナギに会ったら文句言ってやろう。
処方された薬を飲んで、紅茶を淹れた。それを持ってベランダの窓を開けて、タバコを一服。
そういえば、昨日で終わりじゃないとか言ってたからまた喫茶店に行けばいいんだろうか?
「今日もいくよ〜」
当たり前に部屋にナギがいた。さっきまで俺が寝ていたベッドに寝転んで。
驚いたせいでタバコを落とした。だいぶ時間をかけて状況を理解した後で言い放った。
「一回でいいから死んでくんない?」
「一回でいいの?」
ナギはニタニタと悪戯っぽい笑みを浮かべた。