神さまを描いた
俺は過去一番で意味のわからない状況にいる。
喫茶店での出来事を上回るとは思っていなかった。ボロ団地の一室、四畳半の中央にある祠に神さまがいて、ナギと一緒に話してる。
今は二人の会話を聞いて描けって命令された。説明不足が定番になりつつあるのが気に食わない。
「まずあの子らはどうなってる?」
「彼らは、あの地を離れても自分の力で歩み始めてるよ。そう悪いことにはならないんじゃないかな?道を踏み外しちゃった子もいたけど、見た感じ転機があるよ」
「手間をかけるな」
「可愛い子ほど世話が焼けるって言うじゃんね。今の時代の人間は強いし、あんま面倒じゃないんだよねぇ」
「儂がいなくても生きていけるとはいいもんだな」
「でもさ、ちゃんと爺さんの話も伝わってるよ。何人に伝承を引き継がれていてね。あの時だいぶ無茶したよね!」
「愛しているから、当然だろう」
「顕現までしちゃってさー。私が隠蔽したんだからね?覚えてる?ってか忘れんな?」
「処理が終わった後の酒宴、お前が開いたんだろう?出雲からくすねた酒持ち出して。」
「それは忘れてくんない?」
「どれも大切な記憶たちだよ。楽しかったな」
「だね。私もあの子達のこと好きだよ」
「本当に儂にはもったいない子たちだな。これからもよろしく頼むよ。」
「任せてなさいな」
「あとは、あの地だな。今はどうなってるか教えてくれ」
ナギが口籠って俯いた。
「それは、、、ね。聞きたい?」
「とうに覚悟はできてるよ」
「ホテルが建って金儲けに利用されてる。工事が進んで、面影はほとんどなくなったかな」
「金が動くってことは価値が認められてるってことだろう?それはそれでいいことさ」
会話がどんどん進んでいった。
かつてはどんな場所でどんな人たちが住んでいたか。それが今どうなったか。そういう内容をまるで親戚の集まりのように二人は笑いながら語り合う。
でも時折、ナギが寂しそうな目をちらつかせた。
一方、俺は申し訳なさを感じていた。
人間の都合でこんな場所に住まなければならなかった神さまに。
最初、ナギの話を聞いた時は意味がわからず、他人事のように感じていた。
でも今の会話で理解した。
どうしようもない現実と、今の時代の人間の生き方の弊害を。
それでも、慈悲深い神さまは見放さなかった。
この時、はっきりと畏敬の念が抱いた。
そんな俺にナギが目を向けて微笑んだ。
「わかった?」
今回ばかりは説明がなくてもわかる。
いや違うな。今までが説明みたいなものだったのか。やっとわかったよ。
神とはこういう存在なのか。
瞬間、見たことのない景色は思い出のように頭を駆け巡った。
二人が話してた光景だ。出来事だ。
美しい。楽しい。優しい。愛おしい。そして悲しい。感情が激流になって心をかき混ぜる。
俺はすぐさま絵を描き出した。
鉛筆と画用紙だけで充分だ。描くことしか頭にない。溢れ出る全てを形にしたい。
何枚も描いた。
夢中になって描き続けた。
「ね?逸材でしょ?」
「大事にしなさい」
どれだけ時間が経ったろうか。必死になって手を動かして、止まることなく。残り一枚さえも。
最期は描いたのは肖像画
迷うことなく、頭に浮かんだままに、ひとつひとつ線を丁寧に、時間をかけて描き上げた。
慈悲深い、人間を深く愛した神さまの姿を。
「ありがとう」
始めて言葉が声になって聞こえた。
想像通り、暖かい優しい声だった。
そんなことを思っていたら、描き終えていたことに気づく。そして、疲労感が一気に全身にのしかかる。今まで経験したことのないほど怠さが身体を蝕んで、俺はその場で倒れた。
「生きてますかー?」
「もう俺は死ぬ」
「ウケる。おっつー」
苛立つ気力もない。
「君思ったよりいいね。よく見えてる。世間で言われてる上手いとか下手とかはわからないけど、私は好き。全部描けてるね。というか描きすぎ?生命まで削ってんじゃん。やばー」
「あー、、、うん。あ、りがと」
ナギはとてもはしゃいで絵を何度も見返していた。気づいてないな。
こいつに評価されて癪だからとか素直に褒められてびっくりしたとかじゃなく、なんか、、、
思ったより言葉が辿々しくなってしまった。
「あいつも喜んでたよ〜よかったね。」
「そういえば神さまは?」
急に空気が冷えた。というかここに来た時にあった暖かさが消えた。もう声も聞こえない。
「もう逝ったよ。あの人すごい心配性だし未練多いから、パシられんのよ。自分の姿は忘れるくせに、縁のあった人間のことは全部覚えてる。あいつの子孫はどうなったとか。あの場所にある木はまだ斬られてないかとか!細かいことばっか!」
「愛してたんだな」
「千葉ってくっさいこと言うんだね〜」
「クソ喰らえ」
「うちもあれくらい崇めてくれても、、やっぱ気持ち悪い。なしでお願いします」
「お願いしたらもっかいタライ落としてくんねぇかな」
「無〜理〜。あんたの描いた絵のおかげで形を取り戻して消えちゃったのよ。」
「消えた?どういうことだ?おい!」
「あー正確にはこの世から消えたってことさ。つまりは別の場所にいるのよ。」
「そうか」
「そんで君に朗報!ご利益があるよ?」
「説明しろ」
「最初に代償とか言ってたでしょ?因果応報
なにかを叶えてほしくばその分なにかを支払わなければならない。あんたは、先払いした。そのお返しにあんたに恩恵が授けられた。たぶんしばらくは襲われないと思うよ?」
「あ!あの悪夢の!」
「アハハハ!忘れてたとかマジウケるんだけど」
いちいち癪に障る。でも、
「これで俺は解放されるのか」
「聞いてなかった?しばらくは、だよ。君のそれは割と強力だからこれくらいじゃぁねぇ?ね?これからも協力してね!お兄ちゃん」
なんだかわからないがすごい鳥肌がたった。
こいつにお兄ちゃんって呼ばれるのすごい嫌だ。
「帰ってサカキに飯の用意してもらおうぜーそんで君の酒だ!」
未だにこいつの口調には慣れないけれど、まぁ
「悪くない」
ナギが何も言わずに頭を撫でてきたが、別に嫌な気がしなかった。
番外編として、ナギと榊の転機の話も掲載しています。
「神さまを辞めた話」
どうぞそちらもご覧いただければ幸いです。