腹を括る。緩められる。
俺たちは聖堂の《《裏》》に行くため、長い廊下を歩いて、ようやく直前まで辿り着いた。
すでにいろいろありすぎて消耗しきっている。
今から地獄絵図と神さまの肖像画を描くと考えるとなると、俺の命は長くないかもしれない。
しかもナギから聞いた話と目の当たりにした苦行部屋でこの宗教と神さまのヤバさを嫌というほど思い知った。
いやだ。
正直言って関わりたくねぇ。
なんて思っていても、逃げられない。
腹を括るしかない。それに、、
俺はこれから地獄を《《描ける》》。
最初は困惑した。が、今は少し期待している。
落ち着いて考えてみれば、俺は地獄絵図を本物を見て描ける。あの地獄絵図を。
世界中で描かれて名作が幾つもある。
そこに手を出せるのだ。反則技だが。
あの四畳半で描いた絵もよかった。
今度は、画材も用意して本格的にできる。
考えれば考えるほど胸が踊る。
俺は自分でも気づかずに《《無意識》》で笑っていた。
◆
長い廊下を抜け、いくつもの扉を横切った先、黒い金属の扉が見えた。
そして俺は、落ち込んでいる。
というのもついさっきナギに水を刺された。
無意識に出た笑顔を指摘され、俺は咄嗟に取り繕おうと少し慌てていた。
思考がつつのけなのはまだいいが、というか諦めてしまった。でも表情にまで出たのは耐えきれない。それで戸惑っていた俺にナギは真顔で言った。
「チバ、気色悪いぞ」
そこまで言う必要があっただろうか?
思いのほか凹んだ。
興奮から覚めた俺は、落ち込みながら状況把握を進める。
にしてもだいぶ歩かされた気がするな。
体力的にも疲れが少し出ている。ってか昨日今日でだいぶ酷使されてんだけど。元引きこもりの体力を舐めないでほしい。塵芥に等しいからな?
だいたい聖堂からそのまま《《裏》》に行ける扉とか作っとけよ。なんて思いはしてたがまぁ、さっきの苦行部屋を見た手前、少しは理解できる。信者をある程度、分けてんだろうな。
最初はナギがあの神さまと話を続けたくないからか、俺をシメるためかと思ったが。それもあるだろうけど。あったけど。
しめ縄が施された大きな岩。たぶん本尊だと思う。聖堂の奥の壁から露出しているように見えていた。あれは壁で仕切って背面が別の部屋にも顔を出すように作られているんだろう。その部屋を《《裏》》とナギは言ってる。
そこに行くために、俺たちは無駄に広い聖堂の外周を迂回させられた。
今はその扉の前である。この奥でまたあの神さまが待ち構えてる。正直もう会いたくねぇ。
部屋の扉はやっぱり金がかかってそうで、匠のこだわりが尽くされている。言うまでもないか。
あの神さま派手好きっぽいもんな。ただ、聖堂の白い扉と違って黒い鉄の扉。
二つの意味で《《重そう》》だ。
嫌な感覚が強い。
正直、入りたくない。
それに地獄も見たくない。
でも、、《《描きたさはある》》。
中学生のころ、芥川龍之介の地獄変を読んだのを思い出した。主人公は帝に命じられ、目の前で娘を焼き殺された。それでも目を逸らさずに必死で描こうとした地獄。それはそれはすごかったらしい。
似たような体験を、いや超えるような体験を出来る。アーティストを志していた人間としては惹かれないわけがない。
唾を飲み込み、覚悟を決めた。
「ナギ!」
「ごめんティッシュ持ってない?」
「はぁ!?」
ナギが鼻を摘んで、俺の肩に手を置いた。
地味に力が入ってて痛い。
せっかくの意気込みが空を切った。
こいつ、俺の心の中見えてたよな?
その上でか?
「ここ臭くて臭くてマジでしんどいのだ〜。助けておくれ〜」
ナギは倒れるようにしゃがみこんだ。表情が見えない。
たぶん半分はふざけてる。
でも反応的には辛そうとも見えるような、、
コイツがしっかりとしてない状態であの神さまに会いたくない。っていうかコイツが命綱みたいなとこがある。そう考えると、、、
でも見放してぇな、、、
二回、覚悟を決めた。腹を括った。それを台無しにされた。
湧き上がる苛立ちは、行き場をなくして氾濫を起こした。
「あぁあああああ!」
耐えきれず叫んだ。
そして頭を思いっきり掻きむしって、カバンからポケットティッシュを取り出してナギの後頭部に投げつけた!
「これでさっきのチャラな!!」
後頭部にぶつかった後、落ちたポケットティッシュをナギが鼻に詰めてニヒっと笑った。
やっぱわざとこのタイミングで言ったな。
人を散々振り回しといてコイツ、、、
せめてやる気を奪うなよ。
一体何を考えているのだ。このゴリラは。
「あの件はもう考えなくていいよな?」
言わずもがなドロップキックの件だ。散々脅されたが、ここまでされて仕返しされるのは割に合わない。っていうか俺の方が苦労してんだけど?
ナギは、俺の方を向いて微笑むのみだった。
そのあと流れるように無表情になって、鍵をひらき、鉄の扉を軽々と開けた。
「無視かよ」
先をいくナギが、小声でなんか言ってたが聞き取れなかった。
「――詩生は堕とさせないから」




