我ら秘密結社 NNN ( ねこねこネットワーク ) なり!
―― 吾輩は猫である。名前はまだ無い……と言いたいところだがある。
そんなことより、異世界に派遣されることになった。
☆
NNN (ねこねこネットワーク)とは、ネット上で語られる「猫による謎の組織」のことである。
猫が猫のために暗躍し、猫が幸せに暮らせる人間のもとへ派遣したり、「猫は愛すべきもの」と布教活動に勤しむ秘密結社である。
人間が猫を飼いたいと願うとき、それはすでにNNNの掌の上である。
なぜならば、NNNの優秀な工作員は、ある時はSNSの猫画像として拡散され、ある時は通りすがりの野良猫として人間の心を射抜く。…など、日々の精力的な活動がただ実っただけなのである。
ここはとある場所にある、日本支部のNNN本部。
最新の情報網と、高度な分析システム(窓際で日向ぼっこする猫たち)が整い、諜報員たちが常に世界の猫情勢を監視している。
そんな本部に、ある依頼が舞い込んできた。
それは―― 異世界の神からの申し出であった。
『とても平和で穏やかな国を目指し世界を作りました。ですが、そのため文化の発展が遅くなってしまい大変困っております。そこで、みにゃさんのお力をぜひともお借りしたいと思い、こちらを訪ねさせて頂きました。噂によるとNNNでは時に、猫の平和の為ならば、人間を「猫の下僕」にすることをいとわない冷徹さをお持ちだと聞いております。ぜひとも、私たちの世界の文化発展のために猫を送り込んで欲しいんです!』
異世界の神とNNNの総帥は、長い間話し合った。
それはそれは、我々諜報員が固唾を呑んで見守るほどの、重要な会談であった。
……それはそれは長い3分間の沈黙だった。
総帥は、フカフカのクッションの上でゆっくりと目を閉じ、まるで眠っているかのように尻尾をぴくりとも動かさない。
異世界転移という前代未聞の作戦に、総帥も熟考しているのだろう。
諜報員たちは緊張に息を呑み、誰かの尻尾が微かに揺れる音すら、まるで爆音のように響いた。一匹の子猫が耐えきれず、ぺろぺろと毛づくろいを始めるが、誰もそれを止められる雰囲気ではなかった。
やがて、総帥はゆっくりと目を開き、わずかに瞬きをした。その瞬間、諜報員は決断の証と受け取った。(実際は神の話が長く、ただ寝そうになっていただけなのだが…)
総帥は重々しく頷き、口を開いた。
「よかろう。我々の手で異世界に猫を根付かせるのだ!」
名付けて ≪ 異世界ねこねこパラダイス大作戦!≫ である。
まず、我々はメンバーを編成することとなった。
総帥の厳正なる審査のもと、選び抜かれたのはNNN本部でも名高い精鋭3名たち。
彼らはそれぞれの分野で圧倒的な実力を誇り、この作戦に欠かせない存在である。
総帥がふかふかのクッションの上からゆっくりと視線を向ける。
そして、静かに告げた。
「異世界ねこねこパラダイス大作戦――ニャージェント、ここに集結せよ!」
室内の空気が一瞬で張り詰めた。
NNNの諜報員たちが一斉に耳を立て、動きを止める。
その場にいた全員が、呼ばれるべき選ばれし者の名を待ち構えていた。
総帥は、まず最初の名を告げる。
〇 ニャブラハム 情報担当 黒猫 ( 瞳:ゴールド )
好きなごはん: フリーズドライのささみ
「この世に盗めない情報はない」が口癖の、NNN本部随一のスパイ猫。
彼の鋭い金色の瞳は、たった一度の観察で人間の行動パターンを読み取り、
どんな環境にも適応する。
特技は「窓際で寝たふりしながら、すべてを聞き取る」ことであり、
NNNの情報網を支える存在だ。
どこからともなく、ニャブラハムの低い声が響く。
「異世界のねこ事情……ふむ、非常に興味深い。すぐに調査に取り掛かるとしよう」
尻尾をゆるく揺らしながら、彼は堂々と前へ進み出た。
〇 ミャルク 潜入(誘惑)担当 ラグドール
好きなごはん: たまの伝説 ( まぐろ )
NNN本部のあざとかわいいエース。
彼女の得意技は「人間をメロメロにする」こと。
そのふわふわの毛並み、つぶらな瞳、小首をかしげる仕草――
どれもが計算し尽くされたものであり、彼女の前ではどんな冷酷な人間も
「かわいい!」とデレるしかない。
過去には大企業の社長室にしれっと入り込み、
豪華なごはんを献上させたという伝説もある。
総帥が名を呼ぶと、ミャルクはしなやかに前へ進み出た。
くるんと尻尾を巻きながら、ふわりと微笑む。
「にゃふふっ♡ 異世界の人間なんて、ちょちょいのちょいで落としちゃうんだから♪」
ピンクの肉球をちょんと見せながら、まばたきを一つ。
すかさず周囲のオス猫たちが「はっ……!」と息を呑むが、ミャルクはそれを楽しむようにくすくす笑う。
「ま、私が本気を出せば、異世界の王様だって夢中になっちゃうんじゃない?」
その自信満々な態度に、ニャブラハムが「まったく……油断するなよ」と呆れたようにため息をついた。
〇 ニャグナス 司令官 茶トラ ( 瞳:グリーン )
好きなごはん: かつお節
NNN本部の勇敢なるカリスマリーダー。
まるで勇者のように頼もしく、堂々と仲間を鼓舞する存在。
情熱と行動力で突き進むタイプだが、冷静なニャブラハムのサポートもあり、作戦成功率は抜群。
その純粋な情熱に仲間たちはついていきたくなるのだ!
「お前がこの作戦の指揮を執るのだ、ニャグナス。」
ニャグナスは、頷き宣言した。
「異世界でも、猫の虜にさせるぞー!!」
「成果に期待しているぞ。異世界に猫文化を広める……それが我々の使命であり、ただひとつの目標だ。」
彼の言葉に、ニャージェントの隊員たちは一斉に背筋を伸ばす。
こうして、選ばれし三匹の精鋭が揃った。
NNNの誇るエリートたちが、「異世界ねこねこパラダイス大作戦」を成功へと導くために集結し、異世界であるサルフィーネへ旅立ったのである。
神の力でワープしてきたサルフィーネでは、本当に猫が一匹もおらず、さらには犬や鳥といった愛玩動物、いわゆるペットの姿が見当たらなかった。
まさに我々が侵略……もとい、「猫の魅力を広める」のにぴったりな環境であった。
まずは、ニャブラハムを中心に調査を開始。
そして、異世界での第一歩として、我々が連れてきた10匹のメンバーのうち、1匹を レストランを営む夫婦の元へ送り込むことが決定した。
ニャブラハムの作成した調査書によれば、その夫婦には子どもがおらず、年齢も40代半ばと落ち着いており、生活も安定している。また、何より食事というのは猫も人間も暮らしの中心である。
「まずは我々のご飯の確保。そして食卓のそばに猫を配置することで、自然と愛着を持たせる。」というニャブラハムの戦略により、この家がターゲットに選ばれたのだった。
この世界は科学技術が発展していない分、屋外へ出ることの危険性が地球に比べて少ない。
そのため、猫の基本的な環境として重要な「トイレや遊び場の設置」は後回しとし、まずは 「ご飯の確保・人間に受け入れられること」 を最優先とする方針となった。
そして、この重要なミッションに抜擢されたのは――おたま。
野良猫歴が長く、食べても安全なものを見極める能力に優れた彼は、「食」という切り口で人間の懐に飛び込むのに適任であった。
ただし、ただの野良猫ではダメだ。
異世界の人間たちに 「なんて愛らしい生き物なの……!」 と思わせることが重要である。
そこで―― 潜入担当のミャルクが、おたまに愛され猫としての演技指導を行うことになった。
「まず、おたま。歩き方が違うわ」
ミャルクはおたまの前に立ち、しなやかに尻尾を揺らしながら優雅に一歩踏み出した。
「もっと、こう……ふわっとのびやかに歩くのよ。
背筋を伸ばして、脚の運びはなめらかに。で、時々ふっと振り向いて―― じっと見つめる! これだけで人間は『どうしたの? かわいいね~!』って言ってくれるわ!」
おたまは目をぱちくりさせながら、ミャルクの指導を真似しようとする。
しかし、元野良の彼女には、そんな上品な振る舞いは骨の髄まで馴染んでいかない。
「いや、無理よ。あたい、そんなお上品な歩き方したことないし。」
「だーめ! せっかく潜入するのに、普通の野良猫ムーブじゃ『衛生的にちょっと…』なんて言われちゃうでしょ?」
ミャルクはたしん!としっぽで床を叩いた。
「いい? おたまのミッションは、 人間に触れられ、撫でられ、そしてご飯をもらうこと。 それができなければ、次の猫が潜入する道も開けないんだから!」
「そ、そこまで言うなら……やるけどさ」
しぶしぶながらも、おたまはミャルクの指導を受けることとなった。
☆
さて、作戦の行方はというと……
ニャージェントの大勝利である!
ミャルクの指導の成果は見事に発揮され、サルフィーネ初の猫となったおたまは、見事に夫婦の心を掴んだのだった。
それは、夫婦が夜の店じまいをしていたときのこと。
静かな街の中に、かすかに響く鳴き声から作戦は開始した。
「みゃー……ん」
寂しげで、か細い声。
「……今の、何かしら?」
「獣か? いや、けれどこの辺りにそんな生き物は……」
警戒しながらも、夫はそっと灯りを向ける。
すると、そこにいたのは白に茶色や黒の模様が混じった、小さな三毛猫だった。
「これは……なんだ? 見たことのない生き物だな。」
夫の声には、驚きと、ほんの少しの警戒が滲んでいた。
サルフィーネには愛玩動物という概念がない。夫にとって、この小さな存在は未知のものだったのだ。
だが、妻はすぐにおたまの様子に気がついた。
「……震えてるわ。」
じっと見つめると、おたまは一層小さく身を縮める。
「あなた、怖がらせちゃダメよ。……ほら、大丈夫だから」
妻がその場にしゃがみそっと手を差し伸べる。
おたまは、一瞬だけためらったものの――ミャルク仕込みの「しおらしい演技」を発揮する。
不安げに垂れる尻尾。つぶらな瞳。ためらうように伸ばす、ちいさな前足――。
「……!」
夫は息をのむ。
その仕草は、あまりにも儚く、守りたくなるものだった。
やがて、おたまは恐る恐る額を指先に寄せた。
――決まった。
「……うわっ、なんだこの守りたくなる気持ちは……!」
「なに、この柔らかさとあたたかさは……!」
初めて触れる猫の柔らかな毛並み。
小さく、細い体をそっと抱き上げたとき、夫婦の目はすでにとろけきっていた。
夫の腕の中で、安心しきったように丸くなるおたま。
それを見て、夫もついに観念したように小さく笑った。
「……まぁ、悪さをするようには見えないしな。」
作戦成功。
サルフィーネに、猫の虜が生まれた瞬間だった。
そこからおたまをお風呂に入れる、というアクシデントはあったもののニャブラハムのお目付けもあり、無事レストランの看板ねことしてのポジションを確立。
ご飯の確保という最重要ミッションも無事達成したのだった。
ニャブラハムがにらんだ通り、夫婦は素晴しい活躍をしてくれた。
おたまの愛らしさと、看板ねことしての働きぶり(ただ机の上でお昼寝しているだけ)は、レストランの評判をさらに高め、常連客から近所の人々へと瞬く間に広がっていった。
「見て見て、ムーンよ、今日もかわいいわねぇ!」
「こんなに人懐っこいなんて…ずるいわ!うちにもお迎えしたいくらい…。」
そんな声がちらほらと聞こえるようになってきたのを、NNNが見逃すはずもない。
「この時を待ってました!」
ここで腕をふるうのが、我らがカリスマリーダー・ニャグナス!
彼の使命は「猫と暮らす幸せ」を広め、より良い環境を築くこと。胸を張って猫たちの前に躍り出る。すでにニャルガスの中では計画ができていた。
まずは、連れてきていた猫たちの中から3名を、レストランの夫婦と親しい家庭へと送り込む。
彼らが猫の虜になったところで、さらに追加の猫を送り込み、着実に猫勢力を拡大。
「ふっふっふ、順調だ!」
初期メンバーの10名だけでは猫手が足りず、本部に増員を要請。追加メンバーの手配も着々と進められていく。
そんな中、本部では次なる課題に取り組むべく、ニャブラハムが密かに動き出していた。
それは「猫たちがお外に出なくても快適に暮らせる環境の整備」 である。
外で自由に過ごせる環境を整えることも大切だが、現在NNNが迎え入れているのは、あくまで外暮らしに適応した猫たちだけ。しかし、NNNのメンバーには 雨に濡れるのを極端に嫌う者 や 足が不自由な者、さらには さまざまなハンディを抱える者 も少なくない。
「彼らにも、安心して暮らせる場所を用意しなければならない…!」
そこで、サルフィーネにも 快適な猫空間 を整えるべく、次の計画が進められることになった。
• キャットタワーやシャカブン など、室内でも遊べる・遊んでやれるアイテムの設置
• リラックスできるふかふかベッドや、姿を隠せるドーム の用意
• 快適なトイレ環境の整備
「この計画が成功すれば、どんな猫も幸せに暮らせる…!」
ニャルガスの掲げる理想に、ニャブラハムも強く共鳴し、計画に一層の熱意を注ぐ。
そこで、ニャルガスが目をつけたのが 一人の家具職人 だった。
その名は ラウル。
とある職人工房で弟子として働いているが、彼は独創的なデザインと強いこだわりを持ちすぎるあまり、工房内では浮いた存在になっていた。
「お前の家具は、時間がかかりすぎだ!お前より後に入ったニックのほうが、はるかに速く机を作るぞ!」
「今回のデザインはデニスの採用だ!…ラウルの?ああ、凝りすぎてて使い方が分かりにくいってさ。」
そんな風に、親方に怒鳴られることもしばしば。
真面目に取り組んでいるのに、なかなか結果には結びつかない。
その日もラウルは、しょんぼりとうなだれながら、工房から自宅へ帰る途中だった。
「はぁ… こんなときに ムーンさん がいれば癒されるのに…。僕のところにも、 ムーンさんみたいな猫が来てくれないかな…。」
――NNNメンバに目をつけられれば最後、逃げられない!
NNNメンバーはすぐさまこの情報をニャブラハムに報告。
そして、ニャルガスの耳にも伝えられた。
「ラウルもすでに我々NNNの掌の中! ミャルク、ベルベットを呼んでくれ!」
「すでに連絡済みよ♡」
〇 ベルベット 潜入(環境改善)担当 サビ猫 (瞳:イエローグリーン)
好きなごはん: ねこぴゅーれのスープ(鶏ささみ)
水に濡れるのが大嫌いで、雨の日は極端に不機嫌になる。
身の回りのものには異常なこだわりがあり、
おもちゃや爪とぎも気に入ったものしか使わない。
新しいものには慎重で、納得するまで絶対に手を出さない頑固者。
知らない人がいると即座に隠れるが、
「この人は安全」と判断した相手には容赦なく要求を突きつける。
「ベルベット、急に呼んですまない。いま我々猫に向けた家具がなく、これから人間たちに作ってもらおうと思っている。そこで、お前にはラウルという家具職人のもとへ行ってもらいたい。」
「ふんっ。あたしが気に入るかどうかわからないわよ。」
「ニャブラハムから聞いたところによると、彼は真面目でこだわりが強い職人らしい。お前の難しい要求にも応えてくれるはずだ。」
「……まあ、試すだけ試してあげてもいいわ。」
ベルベットは長い尻尾を揺らしながら答えた。そうして彼女は、ラウルのもとへと向かうことになった。
翌日、久々の休日を迎えたラウルは、昼までベッドでぐっすり眠っていた。
そんな彼の耳に、窓のほうから「カリ、カリカリ……」という小さな音が届く。
「ん……? なんだ?」
薄暗い部屋の中、ぼんやりと目をこするラウル。しかし、次に聞こえてきた「にゃ〜ん」という澄んだ声で、一気に眠気が吹き飛んだ。
慌ててベッドから飛び起き、窓を開けると、そこには黒と茶色のまだら模様に、透き通るようなイエローグリーンの瞳を持つ猫が、じっとこちらを見つめていた。
その姿は、どこか気品すら感じさせる。
「……お前、どこから来たんだ?」
ベルベットは答えない。ただ、ラウルの目をまっすぐに見つめたまま、ゆっくりと尻尾を揺らす。
その視線には妙な圧があり、ラウルは思わず窓を開け放った。
するとベルベットは、当然のように部屋へ入り込むと、ラウルのベッドの上に飛び乗り、ゆったりと丸くなる。
そして、一つ大きなあくびをして、そのままくつろぎ始めた。
「え……? え、いや、ここ俺のベッド……」
当然のように自分の寝床を奪われ、ラウルは呆然と立ち尽くす。
しかし、ラウルの苦労はここからが本番だった。ベルベットは、まるで自分の家かのように振る舞い、好き放題に動き回ったのだ。そして、ラウルが自宅の机で練習をしようとしていると、どこからか「バリバリッ……!」という不吉な音が響いた。
「え? まさか……」
恐る恐る足元を見ると、ベルベットが机の脚に爪を立て、満足そうに研いでいた。
「ちょっ、ダメだって! これ大事な家具なんだよ!」
慌ててベルベットを引き剥がそうとするが、「シャーー!」と威嚇され、思わず手を引っ込めてしまう。
その後も、ラウルの試作品の木片を転がしてみたり、噛んでみたりとやりたい放題。
「あああ……もう……」
ラウルは頭を抱えた。
しかし、しばらくベルベットを観察しているうちに、彼女の行動には何かしらの 「こだわり」 があることに気がつく。
例えば、爪を研ぐのは決まって 「木製の家具」 のみ。
それも、ツルツルとした仕上げの部分より、ザラザラとした感触の部分を好んでいるようだった。
「……なるほどな。これならどうだ?」
ラウルは作業場へ行き、試しに 「研ぎやすい木材」 を用意し、机の脚に似せた爪研ぎを作成してみた。研ぎやすいように少し角度をつけ、立てかけられるデザインにする。
ラウルは試作した爪研ぎをベルベットの前に置いた。机の脚と同じ素材、同じ高さ、同じ角度。
しかし、ベルベットは鼻先を近づけ、くんくんと臭いを嗅いだ後、ほんの数秒考えたのち興味なさそうにプイッと横を向いた。
「ええ……これでダメなのかよ。」
ラウルが思わず頭を抱えた、その瞬間だった。
バリバリバリッ!!
ベルベットが、堂々と机の脚で爪を研ぎ始めた。
しかも、ちらりとラウルのほうを見ながら。
――まるで、「こっちのほうがいいわ」と言わんばかりに。
カァァァン……!
遠くで、ゴングの鐘がなった。いや、実際に鳴ったわけではないのだが、ラウルの脳内にははっきりと響いた。
( 挑戦状、受け取ったぞ! )
ラウルはゆっくりとベルベットを見つめる。
ベルベットもまた、澄んだイエローグリーンの瞳でじっとラウルを見返す。
これはもう、戦いだ。
「いいだろう……絶対、お前が気に入るものを作ってやるからな」
腕まくりをし、作業台へ向かうラウル。
窓辺で毛づくろいを始めるベルベット。
こうして、ラウルとベルベットの根比べが始まった。
最初はシンプルな長方形の爪研ぎを作ってみた。
プイッ
次に、丸みを帯びた形に変え、少し傾斜をつけてみた。
プイッ
では、高さを変えたら?爪を引っかける部分を増やしたら?いっそ吊るしてみたら?
プイッ、プイッ、プイッ……
( こいつ……どこまでこだわりが強いんだ……! )
ラウルは何度も試作を重ね、そのたびにベルベットに突き返された。
昼間だったはずの空は、いつの間にか夕暮れになり、やがて夜になり、その頃には、作業台には収まりきらず試作品は床にも置かれラウルの顔には疲労の色が滲んでいた。
そして、ついに――
「……これならどうだ」
ラウルは、少し太めの筒状の木に麻縄をぐるぐると巻きつけた爪研ぎを作り上げた。
ベルベットの前にそっと置く。
ベルベットは、じっとそれを見つめた。
ラウルは、ごくりと唾を飲み込む。
ベルベットは、鼻先を近づけ、くんくんと臭いを嗅いだ。
しばらくの沈黙。
そして、バリバリバリッ!!
ついに、ベルベットが研いだ。
「……勝った……!」
ラウルは、がっくりとその場に座り込む。
しかし、次の瞬間、ふと顔を上げてベルベットを見た。
「……いや、ちょっと待て。なぜこれなんだ?」
机の脚と全く同じものはダメで、形状も素材も全く違う。ラウルが首をかしげていると、ベルベットは一度ラウルをちらりと見てから、再び爪を研ぎ始めた。
バリバリバリッ!
( ……いや、わからん……。)
ラウルは頭を抱えたのだが、満足そうに爪を研ぎ終えたベルベットがくるりと身を翻し、ふわりとラウルの足元に。そして、しなやかな尻尾をピンと立てたまま、ラウルの足にすりすりと体をこすりつける。
「……え?」
ラウルは戸惑いながらも、その感触に驚きを隠せなかった。
( ふわ……柔らかい……! これが、猫って生き物の……! )
心臓がドキドキと高鳴る。
「触って、いいのか……?」
おそるおそる手を伸ばすと、ベルベットはまるで「何言ってんの?」と言わんばかりに頭を差し出してきた。
ラウルがそっと撫でると、ふわふわの毛並みが手のひらに広がり、その温もりが心にまで染み渡る。
ベルベットは気持ちよさそうに目を細め、小さく喉を鳴らしている。
「……なんだ、この可愛い生き物は。…これはご褒美ってやつなのか?それならお前が気に入るものを、もっと作ってやるからな……!」
握った拳に力が入る。さっきまでの疲労感はどこへやら、ラウルの心には新たな決意が芽生えていた。
ベルベットのために、快適な環境を作ってあげたい。
「よし、次は…そうだ!おもちゃを作ろう!」
ラウルの目は輝きを増し、次なる制作への情熱が燃え上がる。
それを感じ取ったのか、ベルベットはふにゃあと小さくあくびをして、再びラウルの膝の上で丸くなる。
まるで「せいぜい、頑張りなさいよ。」とでも言うように。
ラウルはそんなベルベットの姿に頬を緩め、そっとその柔らかな背中を撫でた。
「……ありがとな、頑張るよ。」
初めての猫とのふれあいに心をときめかせ、ラウルはベルベットのために、さらに腕を磨こうと決意したのだった。
かくして、ラウルは異世界初の「猫用家具職人」への道を歩み始めた。
ベルベットが使わなかった爪研ぎを、おたまの夫婦はじめ、猫を飼い始めた人々に配ったところ、大反響!
NNNの潜入部隊たちは、人間に受け入れられるために涙ぐましい努力をしていた。トイレや爪研ぎのたびにわざわざ外へ出るという不便な生活から、ついに解放されたのだ。
「おお、これで堂々と家の中で爪が研げる!」
猫たちは歓喜し、また人間たちも猫と一緒にいられる時間が増え喜んだ。
そしてベルベットは飴と鞭を駆使し、ラウルに次々と新作を要求。
気づけば、NNNメンバーも巻き込み、ラウルは異世界初の猫グッズ専門店を開店するまでに。
ラウルの快進撃はこれでは終わらず、お針子さんとのもふもふクッションなどの共同開発にも手を出した。
そのお針子さんの元にも、NNNメンバーが送り込まれ、ついには「猫の下僕」が誕生!
この噂は瞬く間に広がり、ついには貴族から国王、そして教会をも巻き込むこととなるのだが…それはそう遠くない話である。
かくしてニャージェント達の作戦は大成功を収めたのである。
⭐︎
「ふっふっふっ。ニャージェントたちは上手くやったようだなぁ。いいかい、この世界には猫という素晴らしい生き物が必要なのだ…」
by 秘密結社NNN日本支部 本部
総帥 ニャン座右衛門
神様のサポート(貢物ともいう…)というかたちで異世界にもNNN支部は築かれ、カリカリも支給されての異世界転移をしております。ご安心ください♪
このお話を書く際に、短編には向かず没にしたエピソードもあるので、時間ができた時にまた投稿できたらなと思っています。




