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第1話

前後編となっています!のんびり投稿していこうと思っています。楽しんでいただけると嬉しいです!

 私の憧れは騎士だった。身の回りの女の子達が王子様に夢中な中、私は騎士の逞しい身体と崇高な精神に心打たれた。親に内緒で騎士団の試験を受けた程だった。最終試験まで残ったが、親にバレて連れ戻されてしまった。

 私は、この大国の神子(みこ)。神子とは、唯一とも言って良い祈りの力があり、これによって災厄や疫病等を、退けてきた。いるだけでも、その国は守られるとも言われている。しかし、神子が慕われる理由は、人々のために生きる姿にあるのだと、私は推察している。

 そんな私は、騎士として生きることなど許される筈もなく、幼い頃から神殿に通い、祈りを捧げ、質素な生活を余儀なくされた。他の人が着るような美しい服も、騎士団の輝く赤い制服も、着る日は永遠に来ることはない。

 それでも知識は裏切らない。私は父の書斎に忍び込み、歴史、経済、政治、法律を学び、母の本棚で大衆小説を読み漁った。私の剣術も、この読書から得た知識だった。後は兄上達の剣術の稽古を盗み見て学び、実際に剣を手に取り、演武を何度も納得するまで繰り返した。手に豆ができるのも、確かな成長を感じるのも、上手く振るえない時でさえも、私にとっては楽しく、やり甲斐のあることだった。

 しかし、それも両親に見つかり、奪われ、神殿に閉じ込められることになった。


 神殿内、一人の神官が、戸惑いながら私に話しかけた。神官の口から出た言葉は、私を震撼させた。外の世界からの神子が現れたと。それは私の役目が終わることでもあった。外から来た神子は、自国の神子よりも力があるとされている。実際は、大した差はない。しかし、民衆や貴族でさえ、そう信じている。驕り高ぶる外の神子によって自滅していった国がある。瀕死の国に打撃を残して帰って行った神子もいる。外の神子は、必ずしも幸運をもたらすわけではないのだ。


「今、国王王妃両陛下が確認しております。エドナ様にもお伝えすべきだと、私が判断しました。御無礼をお許しください。」


「いえ、教えてくださって、ありがとうございます。少し驚きました。外の神子が現れるのは百年ぶりですから。さて、どうなるのかしら。私は、神子として置いてもらえなくなるのでしょうか。」


「そんなことは。決して、決してそんなことにはさせません。エドナ様のおかげで、先の戦争で助かった命がどれ程のものか、両陛下が知らぬ筈がありません。神官長や教皇も、恩を仇で返すようなことはなさらないでしょう。」


 私は眉を下げた。彼らがそこまで優しいとは思っていない。私は用無しの穀潰し同然に追い出されることとなるだろう。何処に行くことにしようか。北部の修道院に送られるのが関の山か。私には、決める権利などない。大人しく、事の沙汰が決まるのを、囚人のように待つしかないのだ。

 判決は思ったよりも早かった。私は、結婚という形でこの国に縛り付けられることになった。相手は侯爵家の当主、アルフレド・エルピン。私より二十も上だった。若い頃は美形で知られており、その面影が残っている。今も女性からアプローチがあるらしい。また、奥方は遠い昔に亡くなっているが、息子がいる。息子であるアルハード・エルピンは十五歳。騎士見習いとして、次期当主として励んでおり、今は学院にいる為不在である。彼らにとって、私は望まれない花嫁なのだ。

 私は自身の夫を、結婚式当日に見ることができた。彼は私を優しくエスコートした。目を合わせてくれるが、表情の裏に何かあるのではないかと勘繰った。

 メイドが私の身体を磨き、甘い香りが漂う。何処にも逃げ場などない。


 初夜。彼が来ると思ったが、寝室のドアが開かれることはなかった。私が眠ってしまったことも関係があるのかもしれない。

 朝食の時間に、あらためて彼と顔を合わせた。彼は朗らかな笑顔を見せ、私へ席に着くよう促した。


「私は、信心深くありません。ですが、神殿の神子殿を、エドナ殿を妻として迎えたこと、恐れ多く感じております。貴方も、このような年だけ重ねた者と夫婦になるのは、お辛かったでしょう。」


「いえ、今の言葉で、貴方が真っ当な感性をお持ちだと、分かりました。私としましても、騎士として、軍師としても名高い方の妻になるのが私で良いのかと思いました。しかし、結婚した身。妻として、貴方を支える所存です。」


「そのようなこと、なさらないでください。貴方は、輝かんばかりの若さと、美しさをお持ちだ。私のことは植物だと思って、愛人を作ってください。私を、支えるなど、してはいけません。それでは共倒れになってしまいます。」


「それを決めるのは、貴方ではありません。私です。」


 テーブルの食器は音を立てず、そこに鎮座している。目の前の彼を見つめれば、目を伏せた。私の扱いに困っておられるのだ。無理もない。娘とも言える歳の者を恋愛対象、ひいては妻として見ることは、彼にはできないのだ。真っ当な人だ。私はこの人を知りたいと思った。


「私は、卿、貴方を知りたいと思っております。この様にはっきりとお伝えするのは礼儀に反します。しかし、貴方には、目を見て、声を張り、言葉を添えねば伝わらないと判断いたしました。貴方のことを教えてください。好きなもの、嫌いなもの、どう育ち、何を愛で、ここにいるのか。教えてください。」


 彼は目を開いた。薄い緑色の瞳は、確かに私をとらえた。


「とても難しいことを仰られる。この歳になっても、己のことを正しく話せる者は、そういません。そして、私は騎士として生きてきました。それ以外には、何も、何もないのです。」


「貴方には、貴方の歴史がある筈です。私はそれを知りたいのです。」


「私を知ろうなど、思わずともよいのです。貴方はここでやりたい事をなさってください。社交界が苦手でしたら出ずともよい、寧ろお好きであれば私に構わずに出てください。息子が帰ってきた時には、話し相手になってあげてください。それだけで充分です。」


 そう言うと、彼は食堂を後にした。私の言葉は届かなかったようだ。騎士として、何をしていたのか、それを話してくれるだけでも良かった。戦争で名を挙げ、軍師としても名高い彼。私は彼を観察することから始めた。

 彼は朝五時から鍛錬に行き、朝食後に書類仕事をし、陛下からの呼び出しがあればそれに応じた。午後は王宮にいることが殆どであったが、夜の七時には必ず帰ってきた。帰宅時には出迎えに行った。彼は少し驚きつつも、笑顔を見せてくれた。

 彼の剣の腕は、兄上達とは比べるのもおこがましい程だった。美しいと思った。私の憧れた、騎士。真剣な横顔、きらめく剣先、華麗な足運び。全てが完璧だった。早速、見様見真似で彼の剣術を真似した。ドレスでは動きが鈍くなるが、今すぐに真似したかった。そんな様子に気づいた彼は私の手を取り、演武を教えてくれた。初めてだった。優しいテノール、真剣な目、私よりも大きな手。心臓がこの男を逃すなと叫んだ。

 私だけが、彼に惹かれていった。彼が好きな本を、剣術を、先の大戦での作戦を、若い頃の肖像画を見る度に、彼の内側を知りたいという欲求に駆られた。私が何度も語りかけても、彼は親戚の子供に接するように、穏やかに言葉を添えた。それで満足しようと思った。しかし、私の中の若い血は止まることを知らず、彼からの寵愛を得ようと必死だった。彼の息子にも会い、仲良くしようとした。しかし不審がられるだけで、何も得られなかった。そんな中、彼が帰ってきた時、私は階段で足を滑らせ転倒し、この世を去った。去ったと思った。

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