下北沢の某イタリアン
イタリアンは好きですがおひとり様だとなかなか入りにくいです。
が、最近はイタリアンバルなどができてひとりでもワインを飲み
チーズやピザ・パスタが楽しめる世の中になりました。
兄の仕事の人足を頼まれ、下北沢まで付き合うことになった。
当時は、下北ファッションだの篠原ともえのシノラーファッションだのが取りざたされた頃でもあり、
下北沢の街は若者やサブカルの聖地としてもてはやされていた。
怪しげな雑貨や、そういう風なアパレルなお店が乱立し、これが下北沢かと
その当時は新鮮な光景に感嘆したものであった。
兄は仕事や、その関係の付き合いもあって見慣れたもののようで、御登りさん丸出しな自分を
たしなめつつ、休日に人足をお願いした負い目もあってか
「おごりでいいからメシにしようや」あざーすという展開になった。
ちなみに兄は料理の味にうるさくそれなりのグルメであり、ワインは20代で5大シャトーの1級を
一通り飲んで制覇した年上にとってはイヤミな若造であった。
そんなグルメな兄が目を付けたのが、ジャンク丸出しな下北の店のなかで一際正統派な
コース料理を出すイタリアンの店があった。
「ここにしようか」兄がそう言い、そんなトコだろと同意した。
ランチコース1人前3,500円。前菜・パスタ・メイン・デザート付き。
兄のねぎらいの意味もあったと思う。たしかコースはめずらしくホロホロ鳥のグリルかなんかで
あった覚えているが。
コースを2人前お願いすると頼むと中年のシェフであろう男性店員がやたら気合を入れて
対応していたのが妙に気になった。当時は昼時だというのに客入りが自分らしかなく
兄とはそれとなく「学生の街で本格イタリアンなんて流行らないのかねえ」
とつぶやいたものであった。
オーダーしてほどなくシェフがすまなそうに
「すいませんホロホロ鳥切らしてまして代わりにお代は変わらないので
ラム肉グリルでいかがでしょうか?」と言ってきた。
実は兄は牛肉あたりかもう少し重い肉を食いたげだったらしく、この申し出を快諾した。
「肉」ならワインもいってみるかと兄に提案されワインリストを見たが日本酒類メーカーが
出すお決まりの当り障りのないイタリアンワインが並び少しがっかりしたのを覚えている。
ラム肉に会う重さのワインが無く、フレンチか、妥協したチリワインでもあればなあと
ちまたにあふれる赤のカベルネソーヴィニオンやメルロー
やシラーワインが結構重宝される理由をこう言う場面で思い知るのである。
思案のあげく兄が提案したのは外れた場所に書かれたアルザスワインの白であった。
へえ、まあマリアージュがアレなら好みで行くかと初夏の暑さも手伝いそれに決定した。
軽いカルパッチョソースの突きだし的なサラダが出された後、前菜の「春野菜のペペロンチーノ」が
大皿に盛りつけられ、兄とシェアする形で食事が始まった。
さやインゲン・タケノコ・菜の花・パプリカをあしらったパスタはニンニクが抑えめでオリーブオイル
も鼻につくことなく塩味もちょうどよく、アルザスのゲヴェルツトラミネールの中辛口の旨口の
白ワインに良く合った。
ワインとパスタを楽しむ我々兄弟2人にシェフがお待たせいたしましたとメインディッシュの
「ラム肉のグリル」を2皿、それぞれの席に運んできた。
程よく焼き色のついた側面にピンク色のミディアムレアの焼き加減と香草入クレイジーソルトに
パン粉を散らしたお手本のような骨付きラムが出された。さすがイタ飯。きれいな盛り付けである。
「旨そうだな」という兄に応じて肉をカトラリーで口に運んだ。肉汁があふれるラム肉は
思ったほど臭くはなく、うま味はあったが以外に淡泊で子牛肉のようにあっさりした食感で
あった。なるほど、フレンチやチリの赤はいらないかと思い、またアルザスの白でも十分調和する
ことに、ワインリストの意味を理解するに至った。
ラム肉も平らげ、軽いデザートを出される。たしかアイスクリームかなんかだったような。
店主の好意でサービスのアイスコーヒーが出され、なんかサービスいいなと
まったりしていると昼時もすぎて1時も半ばに回る時間に大学生と思われる一団が来店した。
いかにも下北沢に遊びにきたという男女混成の若者の一団は団体席のテーブルを占拠し騒がしく
やいのやいのと何を食べるか飲むかとこちらの席まで聞こえるような大声で話していた。
「なんか飲む?俺ビールで!」「私、レモンハイ!」
「イタリアン?なんかわかんないんだけどポテトフライある?」
「ああ、つまみにコロッケとなんかサラダで!」
ええ・・・・。ココ、イタリアンなんだけどな。せめてピザとか、グラスワインぐらいにしとけよ
とツッコミどころ満載の会話が聞こえてきて、兄と目を合わせお会計を済ませて店を出た。
兄は感嘆して言った。「店主が気前がいいワケが解ったわ。俺たちが久々のまともな客だったんだな」
バブルが崩壊して20年。サブカルの街下北沢にて大人のイタリアンはまだ学生には早かった
ようであった。
2024年現在、下北沢には洗練されたイタリアンの店が多くあるようです。
ワインやイタリアンつまみのバルも見受けられるので、あのころのような
居酒屋チェーンのノリで利用する大学生ももういなくなったと思いたいです。