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第四話 異能と魔術、これからのこと。

ある昼下がりの王城、談話室にて。テーブルの上には、三つのティーカップが置かれていた。


「本日はよろしくお願いします」


「ほっ、本日は、よろしくお願いします……」


いかにも高級そうなソファに横並びに座りながら、お姉様と私は、そう頭を下げた。


「よろしく。なんだかんだ、はじめましてらね――ん。これ、あんまり甘くないな」


私たちに向かい合って座る、濃い赤色のローブを身にまとった緑髪の少女――エル・エリクシアは、口の中の飴玉をころころと転がしながらそう言った。


エル・エリクシアは、王国最強の魔術士である。それどころか「この大陸でエル・エリクシアよりも強い人間は居ない」とも、まことしやかに噂されている程だ。


『火』、『水』、『土』、『風』、その他のあらゆる紋章がその身体中に刻まれており、あらゆる自然現象を自在に操れるそうである――系統の遠い紋章の同時使用は至難の業らしく、どこか恐ろしく感じてしまう。


それに、私の首裏の刻印はエル様が最適化したものだ。その紋章が刻まれる時に、エル・エリクシアという人物についてセンリィ様が教えてくれていたのだ。


若年にしてエリクシア魔術学院長の座に就き、各地に蔓延る魔物の討伐の合間に、魔術研究において様々な功績を残している。


私が知っている限りでも、『雷』や『光』の紋章を開発し、国防のための大規模な『複合障壁』の紋章を完成させた他、最近では『雷』の紋章の実用化・最適化に向け、研究を続けている――らしい。


正直に言えば、実際に見るまでは信じられなかった――というよりは、実感が湧かなかった、というのが正しいだろうか。

だが、直感的に、彼女からは『強者』というべきオーラのようなものを感じた。


(子供扱いしたら殺されちゃいそうな気がする……!)


横を見ると、お姉様は静かにエル様を観察しているように見えた。

そんな空気に心が落ち着かない私が何も言えずにいると、「さて、『神獣祭』の話、聞いてくれたんだよね?」とエル様が切り出した。


「私の見立てでは――しっかりと鍛え上げれば、歩由美ちゃんは相当強くなれると思うんだよね」


「なるほど……」


「時間に余裕があるわけではないけど――過去の『神獣祭』の記録を見るに、おそらく今回でも通用するだろうね。『王国最強』が言うんだから間違いない」


「ありがとうございます――それは光栄なのですが、なぜエル様は私のことをそれほどに評価されているのでしょうか?」


「ん? ああ、そっか。気付いてないのか。じゃあ、ちょっと裸になってくれる?」


(真面目な話なのにセクハラされてるみたいだ……)


そんなことを考えている私をよそに、お姉様は靴を脱ぎ、制服の胸の『ボタン』を押した。


すると、ジィという音が服のあちこちから鳴り、ギュルルという音と共に、あらゆる布が吸い込まれるように『ボタン』に集まり球体となる。あっという間にお姉様は、丸まった制服を片手に、一糸まとわぬ姿になった。


聖麗院家の力が集約された、お母様謹製、お姉様専用の制服である。私は眠っていたので知らなかったが、あの赤いドラゴンと戦った後に回収していたらしい。


(兵士の人が居なくてよかった……)と、そう思った。


いつもなら警護の人が数人は着いて回るのだが、今日は扉の前で待機していた。この為だったか。

……そもそも、エル様の手が届く範囲での警護なんて必要ないかもしれない。それはさておき。


目を細め、お姉様の身体を観察していたエル様は、少しだけ口角を上げる。


「やっぱりね。歩由美ちゃんは、『異能』が発動している間、身体から魔力を放出しているんだ――そうだね、精神のエネルギーが溢れだしている、と言ってもいい」


「精神の、エネルギーが――」


「おそらく、歩由美ちゃんの馬鹿げた身体能力もその副次的な効果にすぎないと私は考えている――知っているかな。この世界の戦士が刻む『身体強化』の紋章は、『身体中に魔力を行き渡す』という単純な回路だ」


「身体を魔力で覆い、包むことで、結果的により多くの力を引き出せる。同じようなことが歩由美ちゃんの身体でも起きているというわけだよ」


お姉様は、「なるほど」と呟き、額に手を当てて床の一点を見つめた。


「歩由美ちゃんの『異能』がどうやって魔力を――精神のエネルギーを増幅させているかは分からないけど……『異能』が発動している間、身体能力の強化が無くなったことは?」


「いえ。常に強化されていますわ。魔力については、おそらく『異能』が脳の器官に干渉していて――いえ、理解しました。私には膨大な量の魔力がある。それを何かの刻印に流し込む。そうすれば、」


「ちょ〜つよい魔術士になれる! そういうことだね」


エル様は微笑んだ。お姉様は納得のいったような顔で「ありがとうございます」と言い、靴を履き、丸まった制服を胸に押し当てて『ボタン』を押した。ガシュ、という音が鳴り、布がお姉様の身体に巻き付き、またたく間に制服を着た。


「来たる『神獣祭』に向けて、そういう魔力の修行をしていくよ。何より、歩由美ほどの才能が埋もれたままでいるのは世界の損失だ――っていうか、言ってしまえば私の好奇心だけどね」


「ふふ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」


そう言って、お姉様は膝に手を置いて、頭を下げた。


(……私、完全に蚊帳の外だなあ)


「もちろん、撫々花ちゃんも、最低限の実力は付けさせるよ」


「ゎは! はいっ! お願いします!」


やや裏返った私の声に、「いい返事だね」と、エル様は笑みを浮かべた。


「じゃあ、二人とも、『神獣祭』に向けて、私が鍛え上げるってことでいいかな――それはそうと、ちょっと質問していい? 二人は、元の世界に帰りたいから、『神獣祭』に出場するんだよね?」


「はい。お母様をはじめ、多くの人に何も言わずにここに来てしまいましたので」


「この世界の、というか、この国の生活は嫌だった?」


そうエル様は首を傾げる。咄嗟に、お姉様が何か言うよりも前に、口の奥から「あの……」と、言葉が湧き出てきた。


「そういう、ことではなくて。この世界は、すごく居心地がいいんです」


色んな人が優しくしてくれた。

沢山のことを教えてくれた。


「――私のせいなんです。だから……巻き込んでしまったお姉様にも悪いですし、私がいい思いをするわけには……」


――ここに居るのは、私が、願ったせいなのに。


目の縁から、蓋をしていた感情が溢れ出す。


「あっ……いや、これはっ……」


「撫々花」そう言って、優しく、手を握られる。


「私は、巻き込まれただなんて思っていませんわ。どうか気にしないで」


「っ、ありがとう、ございます……」


「私が守りますから。一緒に、元の世界に帰りましょう?」


「はい、お姉様っ……」


握られた手がぼやける。お姉様が、私の頬の涙を拭った。


何も言わずに、エル様はそれを眺めていた。なんだか急に顔が熱くなってきたので、「すみません」とだけ言って、姿勢を正してエル様の方を向き直した。


「ああ、ごめんね。えっと、もうひとつ聞いてもいいかな。これで最後だから」



「今の撫々花ちゃんでは『転移』によって世界を渡ることはできないんだよね? なら、どうしてこの世界に『転移』できたの?」と、エル様は首を傾げた。



「それは私が説明しますわ」


これについては、前にお姉様と話し合っていた。その時の結論はこうである。


私の、「お姉様と一緒に、色んな世界を見たい」という願いに反応し、精神のエネルギーが急激に増加し、異能が暴走した。

次の瞬間には――まるで私の好きなゲームのような、魔物の蔓延る、剣と魔法の異世界に転移してしまった、というものだ。


根拠はある。まず、『異能制御不全症』の典型的な事例として、「本人の意思に関わらず、異能が本人の強い願望に反応し、直接的かつ短絡的な形でその願いを達成しようとする」というものがある。私もその一例というわけだ。


その上、私に投与されていた薬は、脳の特定の部分に作用する、簡単に言ってしまえば精神のエネルギーを内に閉じ込めさせるものだ。


しかし、その効果が薄まっている時に強い願望を抱いてしまった結果、爆発的に増加した精神のエネルギーが異能を起動させ、願望の通りに異世界に転移してしまった――そういうわけである。


――つまりは、この『異世界転移』は、『強い願望』と『蓄積された精神のエネルギー』によって起こされた、異能の暴走である。


(……でも、今の私には、どっちもない)


元の世界には帰りたい。

だが、この世界が嫌いなわけではない。


病室の窓から外を眺め、機械の中で仮初の空を見上げた私の「外の世界を見たい」という願いの熱量には、どうしても、天秤は釣り合わない。


――と、大方お姉様が説明してくれた。


「……ふぅむ、ありがとうね。やっぱり『神獣祭』以外の方法はないみたいだ」


そう言うと、エル様は立ち上がり、キリッとした表情で、「それじゃ、今から修行開始ってことで!」と宣言した。


「よろしくお願いします!」


「よ、よろしくお願いします!」


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