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第十二話 なんと温泉回です

『薫風亭』にある温泉、その脱衣所にて。


温泉の方から薄ら暖かい空気が入ってきていて、ほんのり気分がいい。ガラガラとは言わないまでも、人もそこまで多くなくて、部屋もやや広く感じた。


街中の建物同様、『薫風亭』は石造りであり、温泉宿と言っても日本にあるものとは全く異なるものである。


古代ローマというか、テルマエ・ロマエというか。何にせよ私にはよく分からないけど、そういう雰囲気を感じた。


「さて……」


「よ、いしょ」


カシュン、とボタンひとつで制服を脱ぎ着できるお姉様と、元々薄着だったケットラさんは先に脱ぎ終わってしまった。


お姉様は相変わらず引き締まった身体をしていて、直視するのも憚られるほど、美しいプロポーションだった。


(う、うつくしい……!)


持参のタオルもあるし、なによりここは温泉だからほとんど隠していないけど――少しだけ気にかかる。

お姉様が、戦闘する時のことだ。『光』の魔術で完全に隠せるとはいえ、恥ずかしかったり、本当は嫌だったり、しないんだろうか。


「お姉様はその、大丈夫なんですか?」


自分の『異能』のこと、どう思っているんだろう。


「ん? ええ。そのことは心配しないで。しませんわよ、床をぶち抜いたり」


「あ、そういうわけでは……!」


まあ、気にしてないならいいのかな……


「?」


一方、ケットラさんの身体はやや猫背気味で、その肌にはうっすらと骨が透けていた。


とはいえ、全体的に日焼けした褐色の肌や、最低限の筋肉はあるような印象から、そこまで不健康というわけではないように思う――いや、じゃなくて。


「すいません待たせちゃって……」


私はまだ着替えの途中である。


「急かしたりしませんわよ」


「あす。平気、です」


私が着ていたこの服も、元々は魔術士によって、お姉様の制服を模倣するために作られたものであった。


しかしほとんど再現出来なかったために研究は中断され、材料が余ったからとエル様が贈ってくれた。

だからデザインが似ているのである。


本来、旅先で余計なトラブルに巻き込まれないように本来はもう少し地味なものを着るべきなのだが、緊急時に『裸身強化』を迅速に発動できるようにするため、お姉様はあの制服を着ている。


お姉様と同じ学校に通ってるみたいで、なんだか嬉しい――まあ、それはそれとして。


ぐい、と脱いだ服を簡単に畳んで、カゴの中に突っ込んだ。


「ところで……ケットラさんはそれ、前見えてるんですか?」と、ふと思ったことを口に出す。


「ん。全然です、ます。曇ってる……見えない」


かちゃ、と黒いゴーグルの位置を直した。


「でも、大地で、確かめてる」


「大地で?」


「ああ……『土』の紋章で?」


言われてみれば、ケットラさんの左腕の、『土』の紋章が淡く輝いていることに気が付いた。


なるほど……? お姉様が『光』の紋章で周囲の光の位置を把握しているみたいに、大地の微細な振動とか、そういう感覚で周囲を察知している……のかな。


「あす。だいたい、そういうこと、ます」


ケットラさんはそう頷いた。


そういえば、お姉様の額の『光』の紋章は、いつもうっすらと輝いている気がする――周囲の警戒をしてくれているのだ。


(……あ。私の『水』でも同じようなことできるかな)


そう考えて、右手の甲の『水』の紋章に手を当てて、空気中の水分に意識を集中し――あ、ダメかも。違うこれ。ぜんぜん感じ取れない。



▽▲▽▲▽



穏やかで、暖かい空気が漂う。


(わたくし)たちは乳白色の湯に浸かり、全身の力を抜いて、温泉を楽しんでいた。


雪景色のような純白の、暖かさの中に、疲れが溶けだしていく。


「ふお……」


「いい湯です、わぁ……」


「ぅあ〜〜〜〜……」


この温泉は騒がしい往来からは距離がある。今日は人が少なく、そのおかげもあって、ひたすらに静かだった。


普段気を張りつめている分、こんなにも気を抜いていいのだろうか、と不安にもなる――しかし、温泉の力がそれを許していく。


この温泉内では、備え付けの『水』の紋章を除いて、魔術の使用が禁止されている。だから大丈夫だ。


そうだ、そもそもこの国は、『温泉の中では争わない』というような、暗黙のルールがあるらしい。エル様が言っていたから間違いはない、だろう。


(だから、今くらいは――)


「あ……空、綺麗……」


空は清々しいほどに晴れ渡っている。壁の向こうから、さらさらと葉擦れの音が聞こえてくる。


「温泉、最高、ます……」


「ですねえ……」


鏡と椅子と、『水』の紋章が刻まれた石の板があり、先程私たちもそこで身体を洗ったが、それがシャワーのように機能していた。

ふと、その方向から、女の子が歩いてくることに気付く。


「……?」


元の世界で言えば中学生ぐらいの背丈の、赤みがかった紫色の長髪を後ろで一つに結んでいる女の子。


目を細めて、にまっとした笑みを浮かべて、「ねえ、ここ、座ってもいい?」と聞いてくる。


――敵意、害意はないだろう。そう判断して、「ええ、どうぞ」と微笑んだ。


「私はカリナ。カリナ・バッケンデン」


「ええ、よろしく。私たちは――」


こういう出会いもまあ、旅の醍醐味だろうか?


▽▲▽▲▽


それから少し落ち着いて、(わたし)たちは雑談をしていた。


カリナちゃんは話しやすくて、すらすらと


「歩由美、筋肉たくさん。すごい……触る、していい、ですか?」


「ふふ、構いませんよ。最近鍛え直しましたから」


「ふおぉ……」と、ケットラさんは瞳を輝かせている。


「あなたのお姉ちゃんはすごいんだね?」


「そうなんです! お姉様は本当に努力家でっ――」


ぐぅう。――と、私のお腹が鳴った。


「……撫々花、お腹、なにもない?」


「あっはは……! お気になさらず……!」


「ふふ。後でご飯、食べに行きましょうね」


そこまで恥ずかしかったわけではないのに、私はなんだか落ち着かなかった。

背を少し前に倒して、きょろきょろと周りを見て、口角を取り繕っていると、そうお姉様は笑いかけてくれた。


(あ〜もう、話題、話題を変えよう……!)


「そうだ、カリナちゃんは美味しいもの、何か知らないかな」


カリナちゃんは空を見て、一つの束に纏めた赤紫の長い髪を、肩に載せて手で撫でながら、「ん、何がおすすめできるかなあ」と呟いた。


「わたし、生まれは違うけど、育ちはほとんどここだから」


数秒考えて、「あ……そうだ。エグトリスっていう魔物の卵が美味しいんだよ」と言った。


「へえ〜、えぐとりす?」


「エグトリスまん、っていうのが屋台で売っててね。甘辛くて美味しいんだよ? たぶん近くにあると思う」


「ああ……あたし、辛いの苦手、ます」


「あら、近くに何か別の場所は――」


「ううん。折角、教える、してくれた。あたしも行く、ます」


ケットラさんはふんす、と意気込んだ。


「ふふ。バンバーナは他にも美味しいものが色々あってね――」


▽▲▽▲▽


そんなこんなで、その後も、まだ話を続けていた。


「それで、まだ発展途上だけど――わたし、実は魔術士なの、でもどんな紋章を刻もうか迷ってて」


「ねえ。あなたはどんな魔術が1番強いと思う〜?」


お姉様の方を向いて、くいと首を傾げるカリナちゃんに、お姉様は「ううん……難しい質問ですわね」と呟いた。


「そうそう、お姉様は『光』の魔術を使えるんですよ! お姉様はすっごい強くて――特別で」


私は、ほんの少しだけ、場が鎮まったのを感じて、勢いで開いてしまった口を強ばらせた。


(……あれ? 私、何か変なこと言った……?)


そう思っているとすぐに、水音を立てながらケットラさんが近付いてきた。


「撫々花、撫々花。子供でも、家族の魔術、知らない人に教えない方がいいです」と、小さな声で言われる。


「ご、ごめんなさい……! その、なんて言ったらいいか……お姉様は強くて、それで……お姉様のこと、自慢を、したかったっていうか……」


「いいんですのよ、撫々花。大丈夫だから、そんなに俯かないで?」


お姉様はそう笑ってくれた。


「撫々花、どんまい」


「い、いえ……」


「私も、変なこと聞いてごめんなさい。悪い人に聞かれたら嫌だもんね」と、カリナちゃんは謝った。


顔の火照りが一層強くなった気がして湯から腕を出して、自分を抱きしめるようにする。


「……ほら、そろそろ上がりましょうか? 暑くなってきましたし」


「……はい。ありがとうございます、お姉様」



▽▲▽▲▽



「オ〜〜〜ルト〜〜〜!!」



落ち着いた赤色の服を着たカリナちゃんが、脱衣所の門を出て二秒も経たないうちに。

休憩所の椅子に座る、短い髪の長身の男性に走り寄って、その膝の上に飛び乗って抱きついた。


「うお! なんだぁお嬢、寂しくなっちゃったか?」


その男は背が高く、その立ち姿からはどことなく圧を感じる。やや細長い印象が感じられるものの、引き締まった身体をしていた。


目立たない緑色の服を身に纏って、白いタオルを片手に、袖を捲った腕でカリナの頭を撫でていた。仲がいいな。


「ん〜?♡♡」


「おっ……こら。落ち着きなさい」


撫でている、というかカリナちゃんがオルトさんに密着するのを――キスしようとするのを手で止めている。


(……まあ、うん。すごい仲がいいな)


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