大好きだよ
「秋奈の体から出ていけ!!お前は俺の娘なんかじゃない!本当の娘の魂は……秋奈の魂を何処へやった!?秋奈の体がお前の心で穢れる前に……秋奈に体を返せっ!!」
高秋は声を荒らげ、秋奈の体を激しく揺さぶった。
「痛い、いたいっ!!離してよ!!」
と秋奈は高秋の手を振りほどいた。
「もー!娘に乱暴だなぁ。ていうか、私の心が汚ないって言ったわね?ひっどーい!秋奈、たかぽんパッパのこと嫌いになっちゃうぞっ!」
と、高秋の額を人差し指で軽くつつき、キャハハハと秋奈はバカにしたように笑った。その瞬間、プッツンと高秋の中で何かが切れた。
「……死ね」
「え?」
「希菜子、お前なんかさっさと成仏でも何でもしちまえ!お前のせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ!お前さえ居なければ、お前になんかさえ出会って居なければ、俺は平凡な幸せを手に入れていたはずだった。なのに、お前のせいで生まれてくるはずだった俺の娘の体は奪われ、お前の嫉妬の眼のせいで、妻は娘を心から愛することができずに苦しんでいるんだ!お前のせいで、笑って娘を抱き締められない。娘の笑顔に安堵と愛しさを感じられない。お前のせいでお前のせいで──……お前なんか、誰が愛するもんか。お前が秋奈なんて認めない。早く俺の娘を、本当の秋奈を返せっ!!」
と、高秋は睨み付けながら秋奈に怒鳴った。だが、秋奈は思いの外平然としていた。
「……そう」
と秋奈は言って何処かへ行った。少しすると、秋奈は高秋のいる部屋に戻ってきた。
──右手に、カッターを握りながら。
「お前……まさか」
高秋がそう言った時だった。秋奈はカチカチとカッターの刃を出し、首に押しあてた。
「──たかぽんが好きになってくれるなら、私なんでもするよ。『死ね』って……言ったよね?私が死んだら、たかぽんは私のこと、好きになってくれるんだよね?」
嫌な記憶がまた、高秋の瞳の裏に映った。
「待て……やめろ……」
そう言いながら、高秋は首を横に振った。
「何で?たかぽんが『死ね』って言ったんだよ?だから私、死ぬよ」
「ふざけるな!秋奈に言ったんじゃない!秋奈の体を奪う希菜子、お前に言ったんだよ!秋奈を巻き込むな!!」
「言ったでしょ?私は秋奈そのものだって。私が死ぬってことは、秋奈も死ぬってことなの──……きっとまた、貴方のところに来るから。私に振り向いてくれるまで、何度だって甦って貴方のもとに────」
秋奈が薄く笑った。その瞬間、秋奈のカッターを握る手に力が入った。ぷつっと、首から血が滲む。
「やめろおおおおおっっっ!!!!」
と、高秋は無我夢中でカッターを握る秋奈の手からカッターを奪った。しかし、その拍子に秋奈は頭部を壁に強打した。壁に頭を打った秋奈は、ズルズルと壁を伝って倒れた。意識が、無かった。
「……秋奈?おい、秋奈!しっかりしろ!!」
そして秋奈は、救急車で病院に運ばれた。
■■■
「秋奈……」
高秋は妻と一緒に、秋奈の横たわるベッドの傍らに腰掛け、手を震わせながら秋奈の手を握っていた。
「お願いだ秋奈……目を、覚ましてくれ……」
高秋が小さく呟いた時だった。ピクッと、握る秋奈の手が動きそして。
「んん……」
ゆっくりと、秋奈が瞼を開いた。
「秋奈っ!!」
高秋は瞳に涙を浮かばせながら、秋奈の手をぐっと握った。すると、ぼんやりとした眼で高秋のことを見詰めながら。
「……パパ?」
秋奈は初めて、高秋のことを『パパ』と呼んだ。
「……パパって、今俺のこと『パパ』って言ったか、秋奈!?」
高秋がそう聞くと、秋奈はこくりと小さく頷いた。そして。
「……私ね、なんだかずっと、悪い夢を見てたみたいなんだ」
ぼんやりと天井を見上げながら、秋奈は言う。そうかそうかと、高秋は両手で秋奈の手を優しく包むように握り、涙を溢した。
「そうか……良かった。やっぱり、秋奈の魂はちゃんとあったんだな。これからは……これからも、パパは秋奈のこと、うんと可愛がるからな!」
そう言いながら、高秋は握る秋奈の手を額にあてた。
「うん。ありがと、パパ」
と、秋奈は優しく微笑んだ。
すると、秋奈の病室に医者が入ってきて、高秋と高秋の妻は医者と話を始めた。
「……大好きだよ、たかぽん」
ニタリ……と微笑みながら言った秋奈の囁きは、高秋には聞こえなかった────