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黒岩希菜子




『初めまして、黒岩希菜子です』


 はにかみながら、そう高秋に言った。まだ彼女のことなど何も知らない高秋は、優しそうな子だなと思いながら『山田高秋です。よろしく』と、彼女に微笑んだ。

 高秋と希菜子は大学時代に友達の紹介で出会い、付き合うことになった。だが────



「──……たかぽん?ねぇったらぁ!聞こえてる?」


 不意に、視界に秋奈が映る。秋奈の声で高秋は我に返った。


「ねぇ、希菜子さんのこと教えてよぉ~!」


 と、秋奈は猫なで声で言い、高秋の足を揺する。はぁっと高秋は大きく溜め息を吐くと。


「……分かったよ、じゃあちょっとだけな。けど、本当にママにシーッできるか?」


 と、人差し指を口に当てながら、高秋は小声で言った。


「うん!シーッできるっ!」


 こくこくと秋奈は嬉しそうに頷きながら、高秋と同じように、人差し指を口に当てながら小声で言った。

 そして、高秋は一度大きく深呼吸すると、瞳の裏で彼女の残像を見詰めながら言った。


「……そうだな、その人は笑顔の可愛い人だったよ。お菓子作るのが得意で、よく俺に手作りのお菓子をくれた。泣き虫で独りぼっちが嫌いで。こんな冴えない俺を、一途に愛してくれた。でも──……」



『……たかぽんは私のもの──……絶対──……』



 高秋の全身に寒気が走った。不意に恐ろしい記憶が、高秋の瞳の裏に映った。高秋はその記憶を全て見る前に、瞼を強く瞑って頭を振って掻き消した。


「……でも?」

「いや、何でもない」


 そう言って高秋は苦笑した。


「や、やっぱりこの話はナシ!やめよう!昔のことなんだ。とにかくその人に未練はもう無いし、今はママと秋奈のことだけを愛してるし。でも、その人のことはママには言わないでくれよ。ママと付き合う前の彼女のこととはいえ、ママに怒られるかもしれないし──」

「……今でも……」

「え?」

「今でもその人のこと……希菜子さんのこと、好きなの?」


 秋奈は高秋の瞳を見詰めながら問うた。小学生とは思えない、冷めた目付きだった。


「……いや、もう全然そんな気持ち無いよ」

「少しも?」

「ああ、もちろん。俺にはママと秋奈だけだ。だから心配するな」


 と、高秋は微笑みながら、秋奈の頭を撫でた。すると。


「……ょ」


 俯きながら、秋奈が何か言った。声が小さくて聞き取れなかった高秋は「ん?今何か言った?」と、秋奈の顔を覗き込もうとした時だった。


「嘘よ!」


 と、秋奈は声をあげながら立ち上がった。


「あ、秋奈?」

「好きじゃないなんて嘘よ!たかぽんは今でも私のことが好きなの!だから、私の記憶ことをすぐに思い出せる。私のことを愛しているから……鮮明に憶えているの。ねえ、やっぱり2人でここを離れましょ?2人でずっと愛し合いましょ──ね?」


 秋奈は高秋の肩に手を置き、高秋の瞳を見詰めながら優しく微笑んだ。その瞬間ゾクリと、高秋の背筋に寒気が走った。寒気は一気に身体中を巡り、やがてガタガタと震えるほど高秋の体を凍えさせた。秋奈がだんだん希菜子に見えてくる。もう、娘の微笑みに愛しさなど微塵も感じられない。恐怖でしかない。


「あ……きな、やっぱお前どうかしてるよ。まるで、お前が希菜子みたいに言って。お前は秋奈だろ?パパが昔の彼女の話したからって揶揄ってるのか?いい加減にしないと、パパ本気で怒るぞ?」


 高秋は声を震わせながら言った。暫く、秋奈は無表情で高秋のことを見詰めた。秋奈の鋭利な視線から眼を反らせたかったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように、高秋は恐怖から眼を反らすことができなかった。

 すると、秋奈がニタリと怪しく微笑んだ。瞬間、恐怖で高秋の体がびくんっ!と小さく跳ねる。

 そして、秋奈は静かに口を開いた。


「……たかぽんの言う通り、私は秋奈じゃないの……希菜子なの。秋奈として生まれてきたけど、魂は私の──希菜子のままなの。たかぽんと過ごした日々の記憶もちゃんと残ってる。たかぽんの傍にいたくて、たかぽんの温もりに抱かれたくて、私はまたこの世に、今度は『秋奈』として生まれてきたの」


 秋奈は優しく、そして怪しく微笑む。高秋は言葉が出なかった。俄には信じがたい話だが、秋奈のことを希菜子と疑っていた高秋には合点がいった。

 しかし、高秋の心はそれを事実として受け入れようとしなかった。受け入れたく、なかった。違う!秋奈は俺の娘だ!希菜子のわけがない!と、高秋は内心で自分に強く言って聞かせた。

 すると。


「『……たかぽんは私のもの。どんな形に変えても、私はたかぽんの傍にいる……絶対、誰にも渡さない』」


 秋奈がそう言った瞬間、ゾクゾクとした寒気が再び高秋の背中に走った。


「──って、私が死ぬ前に言ったこと……憶えてる?私ね、死んで魂だけになった後も、ずうっとたかぽんの傍にいたんだよ?気づいてた?」


 希菜子の声で秋奈が言う。高秋と希菜子以外の人間は知らない、希菜子の最期の声を何故秋奈が知っているのか。無論、秋奈にその話はしたことなど無い。



 記憶が、高秋の瞳の裏で甦る。


 それは、希菜子の最期の時のことだった────





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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで、一気読みでタップする指が止まりませんでした。 三人称のストーリーテラーの冷静な語り口がより一層恐怖を際立たせますね。 細やかな描写なのに柔らかさがあり、情景が目に浮かぶ様で、ハラ…
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