大きな壁
ヨハンと一緒にセルサも部屋から出ていくとターニャが言う。
「煩くてすみません」
「ヨハンっていつもああなの?」
「そうですね。陛下が喋らなくなった分余計にお喋りになった気もしますがそこまで変わらない気もします」
「クレランスに気があるみたい。遊び人?それとも信用していい人?」
「メアリーデ様!?」
「だって私の大切な侍女が口説かれたんだから相手がどんな人なのか気になるじゃない」
「口説かれてなんていません!!それよりセルサさんという方、先程の皇帝の姫様のと言ってましたよ。のって。どことなく独占力を感じます!!」
「そう?そんなに気にするところはなかったと思うけど。お父様、国王の姫だというのと同じでしょ?」
「わ、私もなんだか皇帝陛下がメアリーデ様を大切にされてるように思います!!このお部屋もとってもメアリーデ様好みでしたし」
「たしかにこの部屋は好きだわ。でも会ったこともないのよ?」
メアリーデは首をかしげながらターニャの顔を伺う。
「ターニャ、どう思う?」
「どうでしょう」
にこやかに笑うターニャの表情からは何もわからない。
「じゃあヨハンのことはどう思う?」
「ヨハン様はあれで公爵家当主で頭の切れる人ですがあのように女性を口説くところはみたことないです」
「ちょっと待って!!公爵家当主?……そうだわ、リストニアって言ったら名門じゃない」
クレランスの顔がサッと青ざめる。
「公爵……様?」
「ヨハン様は基本表面上誰にでも気安い態度ですが頭が切れる男なんです」
クレランスは思い詰めたような顔をする。
「クレランス、恋の相談なら私に任せてちょうだい。ズバッと解決してみせるから」
「し、しません!!」
その後夕食時にも皇帝は現れずそのまま自室に戻る。
暫くするとドアがノックされる。
「兄様?」
「お兄様?」
訪問者を確認したターニャの言葉に反応するメアリーデ。
「ターニャのお兄様?」
「はい。どうやら姫様の様子を見てくるように陛下に言われたそうです」
「まあ、どうぞ入ってもらって」
そして対面したターニャの兄、ブランの第一印象は。
「大きいわ」
クレランスとセレナも後ろで同じ反応をする。
「姫様、兄のブランです」
ブランは2メートルはあるのではないかという身長で肩幅も広い男だった。
ブランは無言で騎士の礼をする。
「姫様、岩のようでしょう」
「岩、というか壁だわ。壁」
クレランスとセレナが首を縦に振って同意する。
「ん?クレランス嬢?彼女だよ」
ブランは何も喋っていないのにターニャはクレランスの肩にそっと手を置く。
「クレランス嬢、陛下がヨハン様が失礼なことをしたって気にしてるそうです」
「え……」
どういうことだ。ブランは部屋に入ってから一言も言葉を発していない、とメアリーデとクレランスとセレナが戸惑う。
「ああ、何となくわかるんです。皆さんも慣れればわかります。兄様は目で語るタイプなんです」
「いや、わからないわ。どういうことなの」
「そういうものなのです」
メアリーデは思った。ターニャは強くて察しが良くてメアリーデの皇帝に会いたい気持ちを尊重してくれる素晴らしい味方だが深くものは考えてなさそうだ。そういえば脳筋バカと呼ばれても気にしてなかった。
「兄様どうしたの?え、姫様を困らせるな?困らせてますか姫様」
「ええ、大丈夫よ。ターニャはそのままでいて」
ターニャが最強の味方であることは間違いないだろ。
「兄様?ああ、彼女はセレナ嬢だよ。チシャに似てる?そういえばそうだね」
「ターニャ、チシャって?」
「昔うちで飼ってたハムスターです」
「ハムスター……」
セレナを見るとおろおろしている。確かに150センチあるかないかのセレナは小動物に見えるかもしれない。
「姫様、兄様が陛下から困ってることはないかって」
「困ってること……そうね、皇帝陛下に会えないことくらいかしら」
あ、と思うほどブランの目が泳いだ。初めてメアリーデでもわかる反応を見せた。
「姫様、陛下に伝えると兄様が」
「まあ、ありがとう」
「他に困っていることはありませんか?」
「そうね、ああ、この子たちに普通に仕事をさせてあげてほしいかしら」
先程メアリーデのこだわりが強いからと手伝いに行って仕事はさせてもらえたがやれ疲れてませんか、やれ重くありませんかとか気にされすぎたと2人とも逆に疲れたと言っていたのだ。
「マールスの女はか弱いけど真面目に仕事できるから。あ、そういえばか弱王女……」
ついうっかりブランの前で普通に喋っていたと思わずクレランスを見るとクレランスもハッとした。
ターニャにはもうバレたと伝えて普通にしていたのだが。
「兄様?あ、ああ!!そうそう、姫様、そういえば私がキウイ様のことと一緒にか弱王女の演技のことも手紙に書いてあったんでした」
「あら、そうだったの?」
「はい!!だから、私と兄様と陛下とヨハン様とセルサ様は知ってます」
「あら、そうなの。じゃあ最初ヨハンに会った時演技は必要なかったのね」
「伝えておらずすみません」
「良いのよ。ターニャにバレてるのがわかったのは部屋に着いてからだもの」
「すみません。それからマールスの女性のか弱さは有名です。うちの女性は真逆で強いのです。悪気はないのですがどうしてもか弱いと思うと守らなきゃと思ってしまうようで」
「私も侍女長を見てたから悪気はないのはわかってるわ。気を使わせて悪いと思うのだけどできるだけハルセントの侍女と変わらず仕事をさせてほしいの」
「わかりました。それは私から侍女長に伝えておきます」
ん?なんだかブランの視線がセレナに向いている。
なになに?こんなにハムスターみたいに小さくてか弱くて可憐な女の子が異国で不安じゃないだろうか。心配だ心配だ心配だ。
な、なんだこれは。何故かブランの言葉がわかる。そして心配しすぎだ。メアリーデは驚きで後退りする。
「兄様、大丈夫だよ。今日一緒にいたけどセレナさんは一生懸命ながんばり屋だから。ね、セレナさん」
そこでメアリーデがセレナを見るとなんだか顔が赤い。
「はわわ、あ、あの、心配してくださってありがとうございます」
どうやらセレナにもあの声が聞こえたらしい。声でいいのだろうか。
そしてメアリーデはセレナの様子にピンとくる。
「セレナも恋の相談なら私に任せてちょうだい」
「ふぇ!?」
「任せてちょうだい。バシッと両思いにしてあげるから」
いや、もうかなり良い感じかもしれない。
「あ、ブランは結婚してないわよね。婚約者は?」
「はい。結婚してませんし婚約者もいません」
「良かったわねセレナ」
「ええ!?メ、メアリーデ様!!もう良いですから!!そろそろお休みになる時間です!!お支度しないと!!」
「あら、もうそんな時間なのね」
「では侍女長に伝えてきます」
そしてブランは部屋を出ていき、メアリーデは湯浴みをして今日の疲れを取るためしっかりマッサージを受けベッドに入るのだった。