か弱王女メアリーデ
人間と魔物の戦いの歴史は遥か昔より続く。ここロナクール大陸でも多くの魔物の被害を受けていた。
魔物に荒らされた領地を捨て他国の領土を奪い領土を広げる国がある中、ロナクール大陸の中央に位置する小国マールス王国は独自の手段で魔物の被害を防いでいた。
魔物は瘴気から現れる。原因不明で湖や川、山に現れる瘴気を浄化できる魔鉱石があった。その魔鉱石が採れるのがマールス王国だったのだ。マールス王国は女神メアリーナが愛した国と言われ、女神の愛し子が姫として生まれる国でもあった。
昔、マールス王国の周辺国が連合を組んでマールス王国に攻めいった。女神の愛し子を手に入れようとした連合を前に退路を絶たれた女神の愛し子は自ら命を絶った。
すると女神の怒りで嵐が吹き荒れ連合を滅したのだった。
それからマールス国王は人間の脅威から女神の愛し子を守ることに全力を尽くした。女神の愛し子でなくとも姫を大切に守り姫を嫁がせることで他国へ庇護を求めた。
そんなマールス王国でまた1人の王女が他国へと嫁ぐことになった。
伝え聞く女神の姿そのものの美貌の王女。名をメアリーデ・マールス。艶やかな銀髪に魔鉱石と同じ淡い青色の瞳を持つ姫は御年17。
その輝く瞳に煌めく涙を浮かべている様は魔王ですらたじろぐ愛らしさと言われている。
「ああ、何故です、何故ですの。あの悪魔皇帝に私が……」
「すまないメアリー……わかっておくれ」
「わかっているのですお父様。これは姫としての私の定め。けれど……あぁ、あの笑いながら敵を切り倒していく悪魔皇帝に私が……嫁ぐだなんてっ」
「ああ、メアリー不甲斐ない父を許しておくれ」
「父上、どうにかならないのですか。可哀想に。メアリーがあの悪魔に……」
「うむ……隣国がうちに攻めてくるという話が出ていてな。内々にメアリーデとの結婚の話を打診していたハルセント帝国から承諾をもらえたのだが……」
つい最近代替わりした隣国のことだ。魔鉱石が豊富にあるこの国を支配するためにマールス王国を脅している。
「ああ、お父様、どうか私のことを忘れないでくださいませ。私は悪魔皇帝の生け贄に……うう……」
「メアリー!!」
「ねえ、いつまで続けるの?」
マールス王国第二王子、ユーラスの声に国王と王太子がピタリと動きを止める。
「な、何を言うんだユーラス」
「メアリーのは演技です。いつものですよ」
「だ、だけどユーラス、今回は悪魔皇帝だ。いくらメアリーでも。ほら、母上もセリーヌも」
「ああ、恐ろしい……悪魔だなんて」
「お母様、悪魔皇帝は普段から悪魔のように恐ろしい形相をして非道の限りを尽くしているのですって」
「まあ怖い!!」
「怖いですわ、いくらお姉様だって」
「みんな見てごらんよ。メアリーは全然悪魔皇帝なんて恐れてない」
ユーラスの言葉に国王、王太子、王妃、第二王女はメアリーデに目を向ける。
「ああ、悪魔皇帝、なんて面白そうで興味深いのかしら。ニヤリと笑いながら魔物を斬り倒すのかしら。それともあははと大笑いしながら?どうなのかしら……大笑いしながらお姫様抱っことかされちゃうのかしら。面白そうね」
「メ、メアリー、悪魔皇帝が怖くないのかい?」
「あ、お父様、今日のか弱王女は終わりですわ。それと悪魔皇帝は悪魔ではありません。圧倒的な魔法と神聖力、そして剣の腕で魔物を倒す素晴らしい方ではないですか。この大陸があのお方のお陰でどれだけ魔物の被害が減っているか。……それでいつ私はいつ向かえばよろしいのかしら?」
「……3日後だ」
「あら、早いのね。じゃあ急いで支度をしなきゃ。失礼しますわね」
パタパタと駆けていく第一王女の後ろ姿を呆然と見つめる国王たち。
「この時ばかりはメアリーの性格に感謝すべきなのだろうか……?」
「いくらメアリーでもと思ったのですが」
「父上も兄上もわかってないですね。メアリーがそんなもの恐れるわけないじゃないですか」
「だが……」
「ええーん、お姉様のばかぁ。なんで怖くないんですのー?」
「もしかしたらあの子も気丈に振る舞ってるだけかもしれないわ。そうよねあなた」
第二王女を抱き締めながら国王に寄り添う王妃の肩を抱く国王。
「う、うむ。そうかもしれん。なんせマールス王国の女は皆か弱いのだから」
そう、マールス王国の女性はほとんどが怖がりでか弱いのだ。他国からみたら驚くべきことに国の女性たちは皆、男性に守られながら生活している。男性がいないと何もできないほど愛される、つまりモテるという。
そんな国風のマールス王国でメアリーデは異端だった。
「メアリーデ様、陛下のお話はどういったお話だったのですか?」
自室に戻ったメアリーに侍女が尋ねる。
「婚姻よ」
「わぁ!!どちらの殿方ですか?」
「ハルセント帝国の皇帝よ」
「ハルセントって……まさか」
「そう、悪魔皇帝っ!!楽しみよね」
「ひゃー!!」
メアリーデ付きの侍女、セレナは近くあったクッションを頭に乗せて頭を抱える。
「他国に嫁ぐ決まりとはいえ悪魔皇帝とは思いませんでしたわ!!」
「そうね、私も予想外ではあるわ。だからセレナもクレランスもついてこなくても大丈夫よ。3日に出発だから考えておいてちょうだいね」
マールス王国の姫は他国に嫁ぐことがほとんどだ。ほとんどと言いつつ外交のためこれまで例外なく嫁いでいるためほとんど決まりといって良い。
そのため王女付きの侍女は王女が結婚するときは王女について他国に行くか国に残って結婚するか。
ここマールス王国は魔鉱石に守られて魔物の一般人への被害はほとんどないが他国はそうはいかない。特にハルセント帝国は近くに魔物の住処と言われるほど魔物がよく出る森がある。
一方で悪魔皇帝と呼ばれる皇帝や帝国の騎士たちによって鉄壁の守りを敷いているため国内の魔物の被害はほとんどないそうだ。
「私は姫様についていきますわ」
はっきりと告げるのはクレランス。
マールス王国の女性といえども侍女や使用人の仕事をする者はいる。
王族や高位貴族でなければある程度自立した女性もいるのだ。
「クレランスさんは恐ろしくないんですか!?」
「セレナ、メアリーデ様の旦那様になる方よ」
「そうですけどぉ」
「それならセレナは残る?」
「うう、メアリーデ様……悪魔皇帝……メアリーデ様」
セレナは侯爵令嬢だがメアリーデに憧れて侍女になったこのマールス王国の令嬢らしい臆病な令嬢だ。
「メアリーデ様についていきたいですけど……どうしよう……クレランスさん……」
「私だって悪魔皇帝が怖くないわけではないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。でも私はメアリーデ様がマールス王国を出て解き放たれることの方が心配です」
「なによ、クレランスったら失礼しちゃうわ」
クレランスはメアリーデの5つ年上。メアリーデとの付き合いの長い侍女だ。
「もう演技は必要ないわね、とか思っていますよねメアリーデ様」
「え、ええ。駄目なの?」
「過剰な演技はしなくてもよいでしょうがメアリーデ様は好奇心旺盛すぎます。幼い頃のように気の向くままお転婆をしていては皇帝の妃として恥ずかしいと思われてしまいますわ」
「んーそうかしら……」
メアリーデは幼い頃から異端児だった。微かな物音、風の吹く音、怒鳴り声、母や妹がビクリと驚いてもメアリーデは何も気にしないどころか母や妹の反応を面白そうに笑っていた。
長兄と次兄が剣を振っているところに混ざり素手で戦いを挑み、砂を投げつけた。
そんな全くか弱くも怖がりでもない逞しいメアリーデだったが7才の時従兄弟の王子が訪れて言われたのだ。
『マールスの王女とは思えないな。父上は王女だった母上に一目惚れしてマールスを援助することにした。それがマールス王国の外交の1つだそうだ。お前は王女の役目も果たせなさそうで国王たちはさぞ苦労するだろう。お荷物になるのが目に見えてるな』
この言葉を聞いたメアリーデは衝撃を受けた。メアリーデは優しい父母、兄たち、妹が好きだった。王女として国の役にも立ちたいと思っていた。だけどこのままじゃいけないのだ。
そう思ったメアリーデは一念発起し母や妹の真似をするようになった。
結果的にまだ国民の前に出る前だったこともあり、家族と王宮で働く者以外にはお転婆時代を知られず、メアリーデは見た目通り愛らしく誰が見ても守ってあげたくなるような庇護欲を掻き立てられるようなマールス王国の立派な姫として知られるようになったのだ。
「クレランスさんはお転婆時代のメアリーデ様をご存知なんですよね」
「ええ。私は幼いときから王宮に勤めているから」
「ふふ、私は憧れの王女様が窓から抜け出してお勉強から逃げようとされているのを見て驚きました」
「木を伝って降りれば危なくないのよ。なのにみんなきゃーきゃーって大騒ぎしちゃってそれがびっくりだったわ」
懐かしいわねと笑うメアリーデだったがそれはつい2年前の話だ。
クレランスが呆れてため息をつく中セレナはよし、と声を出す。
「私もメアリーデ様についていきますわ!!」
「あら、良いの?」
「はい。メアリーデ様にお仕えする時から他国へ嫁ぐメアリーデ様についていくと思っていたのですもの。2年間メアリーデ様にお仕えしてこの国を出る恐ろしさよりメアリーデ様についていきたいと思っておりました。例えそれが悪魔皇帝でもっ」
セレナは両手を握りしめるが悪魔皇帝を想像して再びクッションを頭に乗せる。
「ひぇー!!」
「だからメアリーデ様の旦那様になる方よ。それにそのクッションはメアリーデ様のものなのだから離しなさい」
「す、すみませんっ」
「ふふ、良いのよ。2人ともありがとう」