16話
◆◆◆◆◆16話
白が徐々に天に帰る頃、里の家々を馬ソリに乗った頬かむりの初老の男が呼びかけて回る。
馬に引かれるソリは白と黒と緑がアチコチに張り付いて、馬の頭にも白は積もることはない。
一軒ずつに配られた質の悪い藁半紙、太い黒字で書かれた手書きの文字に、雪ん子たちが「なんだが変った匂いするぅ~あははー♪」と、目を見開いて大喜び。
藁半紙に顔をくっつけて「あぁー! ホントだぁー!」と、次々に顔をくっつけて匂いを嗅ぐと「こりゃこりゃ♪ この子らわぁ♪」と、周りの大人たちは雪ん子を見て大笑い。
雪ん子たちの顔は、頬に額に鼻先にと真っ黒い色がつき互いに顔を見ては、腹を抱えて転げまわる雪ん子たち。
目立つようにと頭からスッポリかぶせられた真っ赤な毛糸の帽子が、まだ消えぬ白の上にポツンポツンと小さな足跡を付ける。
家を離れて10キロの山道を白い息を吐きながら、集落へと移動する雪ん子たち。
アチコチから赤や黄色や緑や青の色とりどりの帽子が集まってくると「おぉー♪ よおーぅ♪」と、少し大きめの雪ん子たちが、小さな雪ん子を風から守るように互いに手を振る。
雪ん子たちの集落への大移動は遠く離れた山からも見え、キレイに白の上に映えていた。
集落へ入ると連なる家々の軒先にチョウチンがぶら下がり、雪ん子たちに「こっちだよー♪」と、僅かな風に揺れている。
太鼓の音が「どおーん、どおーん」と、聞こえると、雪ん子たちの藁靴がまだ残る白の上を一斉に駆け出し、滑り止めの白の上に敷かれた乾し藁の上を「わあぁぁぁぁぁーーー♪」と、小さな藁靴が「それぇーー♪」と、ばかりに大童おおわらわ
慣れぬ暗さに小さな雪ん子の手を、しっかり持った大きめの雪ん子たちが、何やらキョロキョロ辺りを窺うと「はいよぉ! 紅ハッカはこっちだよぉー♪ 砂糖菓子はこっちだよぉぅー♪」と、威勢の良い掛け声が入り、雪ん子達は懐ふところに手を忍ばせて「おら、二つ! おらは三つ!」と、興奮気味に声を放った。
藁が積み上げられた真ん前で、別の行商帽子の男が声を張り上げ「はいよぉ! 今、都会で大流行おおはやり! アポロチョコはこっちだよー♪」と、目の慣れた雪ん子たちに両手を大きく振って呼びかける。
別の場所では「爺さん婆さんへの御土産に干魚はこっちだよー♪」と、アチコチから威勢良く声が聞こえると「うわあぁぁぁー♪」と、大きな会館の中を雪ん子たとが駆け回る。
すると何処からか突然「さぁさぁー買い物もいいが! 今、都会じゃ知らん者がおらんと言うくらいの大人気映画が始まるよぉ♪」と、聞こえると天井や壁をキョロキョロと不思議そうな顔して辺りを見渡す雪ん子たちに「さぁさぁー 静かにムシロに腰降ろしてよぉぅ♪」と、またまた何処からとも無く声が聞こえ不思議そうな顔する雪ん子たち。
ムシロにワクワクしながら、雪ん子たちが腰を降ろすと「さあさあー♪ 本日の御題目は鞍馬天狗に月光~仮面そして! 鉄人28号だよぉー♪」と、聞こえると「わあぁぁぁぁー♪ パチパチパチパチ」と、天井が突き抜けんばかりの拍手喝采。
映画が始まると、アチコチから紅ハッカの包み紙のセロハンを開ける「ギュゥキリキリキリー」と、耳に刺さる音が聞こえ、肩耳を片手で押さえる雪ん子で溢れた。
一つ映画が終わる度に「さあさあー 紅ハッカの包み紙と交換で! 2つ目は半分の5円だよぉー♪ さあさあー 残り僅かだよぉー♪」と、威勢良く掛け声がかかる度に雪ん子たちは大童。
雪ん子たちが目をキラキラ輝かせ見入った移動映画ばそりえいがは、山間の里に遅い春を告げた。
帰り道は雪ん子たちの楽しげな笑い声が、山々の奥にまで響き止むことは無かった。
雪ん子たちの笑い声に頬緩ませて聞き入る、爺おどーちゃんも父親おとーも、この日の湯飲茶碗には酒ではなく水が入っていた。
雪ん子たちの土産話と、差し出された紅ハッカに心温まる家族だった。
※ベニハッカ(赤い色した幅3センチ、長さ10センチほどの現在の10倍はあろうかと言う濃度の駄菓子で食べた雪ん子が涙することもシバシバ)