12話
◆◆◆◆◆12話
白に閉ざされた山間の里には尋ねる者もなく「ヒュゥー」と、吹き付ける風と青い空を埋め尽くす白だけが辿りつく。
木の温もりも草の香りも太陽の光でさえも遮る白は、時には大きな川をも飲み込んでしまい、そこに生きる者たちに辛く厳しい試練を幾度も与え続ける。
一度白が吹き荒れると全ての生きた証を消し去り、人々はジッと白がおさまるのを息を殺して待ち続けるしかない。
薄暗い家の中で、木枠で出来た古びたラジオからは、都会から訪れた観光客の白と戯れる歓声が聞こえ、白と向き合う里の人々の心を葛藤させる。
パチパチとラジオの音に苛立つように囲炉裏の薪たちは、激しい音を家の中に響かせている、それはまるで家の住人たちの心の中を代弁するかのごとく。
「春よ来い♪ 早く来い♪ 歩き始めた……」と、囲炉裏の前で縫い物をする御婆さんがラジオを切ると、小さな雪ん子の頭を撫でながら口ずさんだ。
すると「ドンドンドンドーン」と、家の戸を叩く音が聞こえ、御婆さんが「誰が来たかや?」と回りに問う。
「風だろう…」と、家に差し込む僅かな陽の光で、何度も読み返したであろう古い本を持つ雪ん子の父親が答える。
すると「ドンドンドンドーン」と、また戸が叩かれると、御爺さんが壁に掛かった暦こよみを見てニッコリと頬を緩ませた。
それに気がついた雪ん子の御母さんが、モンペ姿で立ち上がると「坊ーも出迎えてやりゃえー♪」と、お母さんにニッコリする御爺さん。
「ドンドンドンドーン」と、再び戸が叩かれると「はーい♪ ただいまー♪」と、雪ん子を抱っこした御母さんが土間へ降りて行く。
ガラガラガラーっと開かれた引き戸の向こうに大きな荷物を背負い、頭に白を積もらせて頬かむりしたニコニコ顔の御爺さんが立っていた。
「まぁまぁまぁー♪ 遠いどこすまんこってぇー」と、雪ん子を抱いた御母さんが暫くぶりの来客に「こないだのお腹だよぉ~う♪」と、満面の笑顔で迎えた。
大きな荷物を背負った御爺さんは藁合羽を脱ぐと「はぁ~♪ 北海名物~♪ あぁこりゃこりゃ♪」と、玄関の中で突然歌い始めた。
歌い始めた来客の歌声に手拍子で聞き入る家人たちは、誰もが楽しそうに頬を緩ませていた。
来客が歌い終わると、抱っこされている雪ん子を見て「おめでとうさんです♪」と、頬かむりを緩めて顔を出した。
恵比寿様のような笑顔は、白に耐え抜いた家人たちの心を和ませ、囲炉裏の側へ来ると「坊ーにはこれとこれ」と、背負っていた大包みの中からキラキラと光る物を小さな手に渡した。
「おどー、おばーにはこれとこれだな♪」そして「旦那と奥さんにはこれとこれ♪」と、手渡された都会の匂いのする本や雑誌は、都会に働きに出ている御婆さんに二人目息子を想いださせた。
この日は来客の登場で薄暗い家の中が夜だと言うのに遅くまで明るかったようである。
来客は数日間を家人たちと過し、帰り際には雪ん子に泣かれ難儀したようだった。
人は白によって里だけでは無く、心をも閉ざされてしまう弱い生き物だが、年に二度来る来客はしっかりと家人たちの凍った心を溶かして消えた。
白で覆われた辛い里に、紙風船と笑顔を運ぶ薬売りだった……