第13話.配下の魔物たち
ヒースラウドのもたらした報告に、カルラルゥは「そうかそうか」と喉を低く鳴らして笑っている。
というか今、サルザリアに魔境の間諜がいるって感じのことを言ったよね?
確かに人に似た姿の、それこそヒースラウドのような魔物はあたしが考えていたより遥かに多い。
そういうひとたちが紛れていたのかなって思うと、サルザリア大壁もしょぼいなと少し思うのだった。
「あたし、ついに魔物扱いかぁ……」
「恐らくだが、お前が魔境に逃れたことを突き止めた者がいるね」
「ふぅん……」
しばらく魔境から出ることはないだろうけれど今後は人間には気を付けないと。そんなふうに何だか本当に魔物みたいなことを考えて、あたしは肩を竦めた。
「まあいい。間諜たちにはそのまま潜入を続けるようにと指示を」
「はっ」
ヒースラウドは短く答え、一礼してからサッと身を翻して去っていった。
「あいつも律儀だねぇ」
「そう言えば、ずっと気になってたんだけど何で『閣下』なの? 魔王なら『陛下』なんじゃないの」
あたしがふと思い立って隣のカルラルゥを見上げて問うと、彼女は目を丸くして「あー」と細い顎に指を当てた。
「強い者に『魔王』と冠するだけだからね。君主制ではないから、別に私はこの地の王ではない。それを踏まえた上で、あいつは私に敬意を払おうと、いつからか『閣下』と言うように、ね」
「へぇ~」
なるほど、あえて『閣下』なんだ。ずっと気になっていたことがスッキリしてあたしは頷いた。本人はあたしを嫌ってそうだから、直接訊けなかったんだ。
魔境に来てから二ヶ月が経って、魔法が身に染みてきたらしく(よく分かんないけどカルラルゥがそう言ってた)、あたしは彼女の配下の中でも特に理性の強い魔物の前になら出ても大丈夫、という判断を貰った。
その中の筆頭がヒースラウド。
初対面でカルラルゥから紹介を受けたときの出来事は一生忘れられない。
何せ彼はあたしの顔を見るなり「チッ」て舌打ちした。とても嫌そうな顔だったので、理性があるだけで本能で人間を殺したい、というのは本当なんだろうな、と思った。
カルラルゥにはとても礼儀正しいのに、あたしは毎度「小娘」呼ばわりだ。
他の魔物たちも大体同じような反応で、あたしを見ると顔を顰めるひとばかり。でもその程度のこと、気にならなかった。
「マジでズルい。僕も魔王様に付きっきりで面倒見られたい」
だって舌打ちをされたり、嫌な顔をされたりする以上の面倒事の化身が一人いるから。
「そう言われても」
「分かってるよ、うるさいなぁ……」
肩を竦めたあたしの前で、長椅子にぐんにゃりとろけた美少年がぐだぐだ言ってる。ほぼ毎日のことで流石のあたしもうんざり。
ちなみに、この場合の『とろけた』は比喩じゃない。
彼は今本当に端々がとろけてる。
「は~ぁ~。人間のくせにズルいなぁ~」
艶やかで透き通るような紫の髪に、同色の大きな瞳。真っ白で華奢な四肢は先端が服ごと淡い紫に溶けて床に垂れてるけど、まあ見てくれは本当に綺麗な男の子だ。
彼の名はセシリージゥ。本当の姿は不定形の毒粘液の塊、らしい。そう言われてもいまいちピンとこないけど。
「わざわざ愚痴を本人に言って溶けるために来たの?」
言外に「暇なの」と伝えてみると、セシリージゥはあたしを睨んで「うざ」と呟いた。
「あたし、今勉強中なんだけど」
「知ってる。魔王様“直々”の魔法授業の課題でしょ」
「そんな直々を強調しなくても……」
「僕も魔王様に手取り足取り色々教えてほしいのにぃ~……」
あ、肩まで溶けた。
セシリージゥは魔王様大好き魔物らしく、愛する魔王カルラルゥに時間を多く割いてもらっているあたしに嫉妬しているそうだ。
それをわざわざあたしのところへ来て、ぐだぐだ言いながら溶けて、とろけて、やいやい騒ぐのでたまったもんじゃない。
初対面のときは殺気立った顔であたしを見ていたので、二人きりになってしまったとき死を覚悟したのは記憶に新しい。
彼はその直後にとろけて文句を言い始めたので、今では最高峰の面倒事の化身、という印象しかなくなってしまった。
「教えてほしいって言っても、あんたは勉強すること無くない?」
「無くても構ってほしいっ!」
ギャンッと吠えて、セシリージゥは最終的に人の姿じゃなくなるまでに溶けた。紫色の粘液の塊になって、ずるずると移動していく。そのままドアの隙間をくぐって出ていった。
「はぁ……」
セシリージゥと話していると変に疲れる。あたしは課題の本を閉じて溜め息をついた。
……まあ、彼のお陰で魔物に対して必要以上に構えることがなくなったから、その点だけはありがたいとは思ってる。
肩の力が抜けるっていう感じ。ロクサーヌにも散々言われたっけ、と思い出して胸の奥がつきんと痛んだ。




