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封 神 伝  作者: 原 海象
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第84話 紂王 三十六歳の人妻との逃避行……。

初めまして!原 海象と申します。


今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。


「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。


<封神伝>


第84話 紂王 三十六歳の人妻との逃避行……。




時間の経つのは早いもので、またたく間に年末となった。翌年は紂王の治世二十一年目であった。正月の元旦の朝、紂王は百官の朝賀が終わると、宮殿に戻って行った。元旦の日は諸侯各位の夫人とともに入朝して、正宮の蘇王后(妲己)に賀正することになっている。それが終わると退朝して帰宅する。しかし、わざわいはここから起きた。


武成王黄飛虎の夫人 氏も、この日は入宮して朝賀に加わった。賈氏にとってこの日は、黄飛虎の妹、西宮の黄妃と会って話ができる一年に一度の機会なので、それをとても楽しみにしていた。


賈夫人はまずは正宮にやって来た。

「賈夫人がご接見をお待ちしております」と宦官が知らせる

妲己は誰かと思い首を傾げて聞いた。

「どこの賈夫人なの?」

「黄飛虎様の奥方の夫人でございます」と答える。

それを聞いて、妲己は心に深くうなずいた。


神鷹しんようを放ち、わたくしの顔に傷を負わせた黄飛虎め。今日はおまえの妻、賈氏が罠に入ってきたというわけだ


そして妲己は、賈夫人を通すように命じた。賈夫人は宮殿に入り、礼をして朝賀を終える。妲己は賈夫人に席を与えたので、賈夫人は礼を言って坐った。

「夫人はおいくつですか?」と妲己は尋ねた。

「わたくしは三十六年を無駄に過ごしました」と賈夫人は言った。

「わたくしより八歳年上、姉上というわけですね。わたくしと姉妹の契りを結んでくださいませんか?どうでしょう」と妲己は言いだす。

「正宮さまは万乗の尊で、わたくしは一介の女でございます。鳳凰ときじとが姉妹になる道理がどこにありましょうか」

夫人のご謙虚なことを。わたくしは今でこそ王后の座にありますが。もとを正せば蘇候の娘にすぎません。あなたこそ武成王の夫人、その上、陛下の外戚ではありませんか。何をご謙遜なさることもないでしょう」

そう言うと、夫人をもてなす宴席の用意をさせた。

妲己は上座に着き、夫人は下の席に座って盃を交わした。酒を四、五杯飲みおわったとき、宦官が「天子がご来訪です」と大声で言った。これを聞いて賈夫人は大慌てになった。

「正宮さま、わたくしはいったいどうすればよろしいのでしょうか?」

「姉上、大丈夫です。一時、後宮に身を隠していてください」

夫人は、言われるままに後宮に入った。

妲己が天子を迎え、殿上に入る。

紂王は宴席が用意されているのを見て不思議に思い、妲己に聞いた。

「正宮、誰と一緒に酒を飲んでいたのだ?」

「武成王の夫人、氏と二人で飲んでおりました」

「そうか、それはよいことをしたな」

そう言って、紂王は新たに宴席を設けるように命じた。

そして、しばらく妲己と盃を交わし合った。

おもむろに妲己は「陛下、夫人のお姿をご覧になられたことはございますか?」と切り出した。


紂王は言った。

「何を言うのだ。世の中には『君、臣下の妻を見ないのが礼なり』と言うのだぞ」


しかし、妲己はさらに言う。

「それで臣妻に会わないのですか。夫人はいま陛下の国戚です。それに武成王の妹がいまは西宮にいらっしゃります。いわば内戚の関係ですので、お会いしても別に差しつかえはないでしょう。外の庶民では、姉婿と兄嫁がともに盃を交わすことはつねのこと。陛下、一時ここを離れ、他の殿上でお休みになってくださいませんか?わたくしが賈夫人を適星楼に連れていきます。

そのときに来られれば、賈夫人も避けられないでしょう。

それと氏は絶世の美女で、なかなか色っぽい女性です」


そう聞いて紂王はすっかりその気になり、偏殿に身を隠した。

妲己は夫人を呼び出した。夫人は礼をすると、急いで帰ろうとする。

それを妲己は呼び止めた。

「一年に一度しかない機会です。ともに適星楼に登って、景色でもご覧になりませんか?」

賈夫人は逆らうわけにもいかず、やむなく妲己のあとについて適星楼にやってきた。

妲己は賈夫人の手をとって楼に来た。夫人は九曲の欄干まで来たとき、ふと下を見ると、蠆盆たいぼんの中には蛇やサソリ、白骨が積み重なって恐ろしい光景が目に入った。

賈夫人は恐ろしさで胸の鼓動が早まり、ただ妲己に尋ねずにはいられなかった。

「正宮さま、この楼の下に沼地や穴があるのはどういうわけですか?」


妲己は面倒くさげに答えた。

「宮中の大幣だいへいがなかなか改まらないので、この刑を設けたのです。その名を蠆盆たいぼんと言います。宮中で罪を犯した者の衣服をはぎ取り、縛りつけ、この穴に放りこんで、蛇やサソリの餌にするのです」

賈夫人はそれを聞いてぞっとした。妲己は宴席の用意を命じるのを聞いて、賈夫人はなんとか辞去しようとした。妲己はからからと笑いながら言った。

「西宮の黄妃に心が急いでいらっしゃるのね。でも、一、二杯飲む程度は差しつかえないでしょう。せっかく楼上に来たのですから。是非」

そう言われると賈氏もこれ以上断わるわけにはいかなかった。



そのころ、西宮の黄妃は、人をやって兄嫁である夫人の様子を調べさせていた。兄嫁とは一年に一度会える待ちわびた日であった。黄妃は宮門のところで、兄嫁が来るのを待っていた。

そこへ、宦官が戻ってきて報告した。

「賈夫人は、蘇王后のあとについて適星楼に向かわれました」


黄妃はこれを聞いてどきりとした。

妲己は恨み骨髄に徹する女。お姉さまはまたどうして、あんな女のあとについて行ったのだろう?

そう思って、その様子をうかがうためにすぐに人を差し向けた。


さて、妲己と賈氏が酒を飲んでいると、宦官が「陛下がいらっしゃいました」と叫んだ。

これを聞いて賈氏は慌てた。妲己は諭すように言った。

「姉上、慌てることはありません。欄干の外に立っていてください。陛下にご挨拶してから、楼を降りればよろしいのです。そのように焦ることはありませんよ」

言われるままに、賈夫人は欄干の外に立っていた。


まもなく紂王が楼に上がって来て、妲己は紂王に礼をすませた。

紂王は席に着くと、わざとらしく聞いた。

「欄干の外に立っているのは誰かね」

妲己は答える。

「武成王黄飛虎さまの夫人、賈氏でございます」

賈夫人は会釈して、軽く礼をした。妲己がお立ちなさいと言う。

賈夫人は片隅に立っていた。紂王は賈夫人の容貌を盗み見た。

たしかに美しく、瑞々しい容貌をしている。


紂王は賈夫人に座るように命じたが、賈夫人それを断った。

「陛下、国母は天下の主でございます。どうして座ることなどできましょう。万死に値します」

妲己は端から言った。

「姉上、お座りになればいいではありませんか」

紂王はそれを聞きとがめた。

「正宮、なぜ賈夫人を姉上と呼ぶのだ?」

「賈夫人とは姉妹の契りを結びましたので、姉と呼びました。妻の姉妹なのですから、座っても差しつかえないでしょう?」

そのやりとりを聞いた賈夫人は、妲己の罠にはまったのだと悟った。

そして賈夫人はひざまずいて言った。

「わたくしは入宮して朝賀にまいりましたのも、陛下をお敬い申しあげるからです。陛下もしかるべき礼をもって当たるべきではありませんか?古くから『君、臣下の妻に会わず、これ礼なり』と申します。陛下、どうか臣妾しんしょうが帰ることをお許しください」

すると、紂王は言った。

「どうしても席に着かぬというなら、余が立って盃を捧げるから、一杯飲んではどうだ?」

賈氏はとうとうがまんできなくなり、怒りがこみ上げてきた


わたしの夫をだれだと思っているのだ。こんな屈辱を黙ってこらえているわけにはいかない。今日は生きて帰れないと思わなければ………。


そうこう思ううち、紂王は盃を目の前に持ってきた。薄ら笑いを浮かべながら、賈氏にそれを捧げようとする。賈氏はもう逃げる道がないと観念し、盃をつかみとると、紂王の顔めがけて投げつけた。

「暗君!わたくしの夫はおまえのために国土を守り、功績を上げること三十数回。その功績を顧みず、今日、妲己の言いなりになって臣妻を侮辱するとは。暗君、おまえと妲己はいまに死に場もなくなるに違いないわ」


紂王は怒った。

「この女を捕らえろ!」と命じると、賈氏は大声で叫んだ。

「できるものなら、捕らえてみるがいいわ!」

そう言うと身をひるがえし、欄干のそばに立って叫んだ。

「黄大元帥、わたくしはあなたへの名節を全うして死にます。ただ哀れなのは、三人の子供の面倒を見てくれる者がいなくなることです」

そして、そのまま飛び降り、楼台の下に身骨を砕いてしまった。


紂王は賈氏の墜死を目の当たりにして、さすがに後悔し、懊悩おうのうしたが、もう取返しはつかなかった。





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