第81話 姜子牙 曹州候に書という毒を送り、北伯候を捕らえる
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第81話 姜子牙 曹州候に書という毒を送り、北伯候を捕らえる
南宮适は周営を離れ、曹州に向かった。太陽が昇ると、旅立ち。夜には宿し、一日以上もかかって曹州館駅にたどり着き、翌日、祟黒虎府に書簡を手渡した。
このとき、祟黒虎は府内におり、祟家の将軍が通報した。
「千歳、西岐の文王と丞相が南大将軍を派遣して、書簡を持ってまいりました」
黒虎は、西岐の南大将軍の使節と聞くと、ただちに階段を降り、笑顔を浮かべて迎えでた。そして、殿内に通し、礼をすませ、主客を上座に着席させた。祟黒虎は腰をかがめてたずねた。
「南大将軍が自ら某のところに来られるとは、何の御用ですかな?」
南宮适は答えた。
「主公文王様と西岐丞相の姜尚殿から命を受け、曹州候にお届けする書簡を持ってまいりました」
南宮适は蜜書を取り出し、祟黒虎に手渡す。黒虎は封を開け、書簡を見た。
西岐宰相 姜尚頓首百拝し、大君候祟将軍に書を呈しまう。蓋聞するに、臣が君主に仕えることは、君主の政権を輔け、行いを諫め忠告に耳を傾け、民に恩沢を与え百姓を楽業できるようにして、天下の安泰にすることであります。しかるにいま大伯候の身でありながら君主の不義を陥れて節を失うのを無慈悲に見ているものがあります。それこそ、君候のご令兄にほかなりません。
主公(文王)はいま征伐の師を興し、奉詔をもって不道を正す拳に出ました。ただ思いますに、君候が仁賢の君主であることは、天下衆知のことです。令兄とご一族であるからといって、同じ不義者扱いすることが許されましょうか。
姜尚は黙って見ているわけにはいかず、書をしたため、お届けした次第です。君候が反逆者を捕らえ、周営に護送されたならば天下はこぞって感謝するでしょう。同時に君候の潔白を証明し、賢悪の区があることを示すことにもなります。それを思うと、姜尚は君候のために残念に思えてなりません。君候が、もしこの愚言を非と思わず一言賜るならば、これ姜尚の幸いであり、万民の大きな幸いです。手紙を書きつつ大きな期待をかけています。
姜尚、再度謹んで御礼を申し上げます。
手紙を手に、祟黒虎は何度も繰り返し読んだ。そしてうなずきながら独り言のように言った。
「姜尚の言っていることは正しく道理がある。先祖に申し訳が立たなくなろうとも、天下に顔向けできず、萬世の人々に憎まれることがあってはならない。立派な孝子慈孫であっても、その過失を隠すことができない。冥土の両親に罪をお許しねがえば、被害は祟家の一派にとどめ、一族の絶滅が免れるわけだ」
南宮适は、黒虎の独り言をそばで聞いていて、暗にうなずいた。それでも口に出すのは控えていた。黒虎は決心がついたのかのように南宮适に一言った。
「南大将軍、わたくしも以前、丞相の教えをうかがったことがございます。返書は書くまでもありません。文王様、丞相殿にはよろしくお伝えあれ、ほかに言うことはござらん。兄を 轅門に護送することで、罪滅ぼしをさせていただきましょう」
そして南宮适を慰労するため宴席に臨んだ。
翌日、南宮适は別れを告げ、周営に帰って行った。祟黒虎は副将の高定、沈岡の二将軍に命じ飛虎兵三千を率いて祟城に向かった。曹州の留守は息子の崇応鸞に任せた。
祟黒虎は進軍を命令したが進軍中は、一言も口をきかなかった。
一日が経過して巣黒虎の率いる飛虎兵は祟城に着いた。騎馬斥候が 祟応彪に通報する。祟応彪は諸将を引き連れ,城を出て巣黒虎の一軍を迎えた。祟応彪は「伯父上」と呼んで、馬上で腰をかがめ礼をする。
「鎧兜にて身を固めているので全礼はお許しください」
祟黒虎は言った。
「姫昌が崇城の征伐に来たと聞いて応援に来た」
崇応彪は感激して、馬を並べて入城し、殿内に入りあらためて礼を交わした。
祟黒虎がたずねた。
「姫昌はどういう理由で祟城を攻めたのだ?」
「その訳はわたくしにも存じません。先日、西伯と戦いを交えましたが、こちらが敗戦し、多くの将兵を失いました……。今日、叔父上の助けを得たことは、これぞ崇家の幸いというものです」
そう言って 祟応彪は、黒虎を慰労する為に宴を設けてもてなし一夜が過ぎた。
翌日、祟黒虎は手勢の三千名の将兵を引き連れ出城し、周営に来て挑戦する。
ちょうど、南宮适が姜子牙にこの度のいきさつを話していたとき、祟黒虎が陣前で戦を挑んでいるという知らせが報じられた。姜子牙は南宮适に出陣を命じた。
九霊冠を被り、真紅の長衣、黄金の鎧を見にまとった祟黒虎の顔色は釜の底のように黒く、ひげは赤く、二本の黄色い眉毛の下に二つの金眼が光っていた。祟黒虎は軍前にやってきて、大声で叫んだ。
「訳もなく力ずくで境界を犯すとは、この気違いじみた行為、王者の師にあらざるものだ!」
南宮适も黙っていない。
「祟黒虎、汝の兄が天下の悪を極め、忠良を陥れ、善者を残虐にいじめているのを知らんのか!」
そう言っておいて、刀を振りかざし斬りかけた。祟黒虎は大斧でこれを受け止める。二馬が組合い、大斧と刀が交わった。二十合ほど打ち合ったころ、馬上の祟黒虎はまわりに悟られないように南宮适に言った。
「これが最後の一回だ。兄を捕らえて轅門に連行する。そのときまた会おう。大将軍は敗れたふりをして引きかえしてくれ」
「わかり申した」
そう言うと、南宮适は空振りを食らわせておいて馬を引き返した。
「祟黒虎。今日は俺の負けだ。追ってくるなよ」とわざと大声で叫ぶ。
むろん、祟黒虎は追わない。
初戦の戦いの勝利を祝うかのように陣太鼓を盛大に鳴らし、祟黒虎は陣に戻って行った。
崇応彪はこの一戦を城楼で眺めていた。南宮适が逃げ出し、祟黒虎が追わずに戻ってきたので、慌てて楼を降り、祟黒虎を迎えた。
「伯父上、今日はなぜ神鷹を放って南宮适を捕まえなかったのです?」と不服そうに聞く。
「お前はまだ若い。その裏が見えないのだ。姜子牙は崑崙山の道士だ。わしがこの手を使うことぐらい百も承知。これを破る策を持っているに決まっている。かえって相手方に神鷹を取られるようなことになっても惜しいからな。いずれにしてもやつの負けよ」
二人は府前で馬から降り、殿内で西岐の兵を退ける策を協議した。
祟黒虎は言った。
「お前は手紙を書き、使いを朝歌へやって陛下に直接お渡しするようにしてくれ。わしはお前の父に手紙を書き、すぐにでも来てもらい、敵を破る計画を立てる。そうすれば。文王を生け捕りにし、大事もすべて決まる」
祟応彪はいわれるとおり、すぐに手紙をしたため、使いを出して手紙を送った。そして手紙を持った使者は一昼夜を問わず、歩き進め、朝歌の崇侯虎の屋敷に着いた。護衛の兵が崇侯虎に「家臣の孫栄将軍がまいりました」と告げた。
崇侯虎は通すように命じると、孫栄将軍が一礼をして崇侯虎に手紙を渡した。
崇侯虎が封を開けて、手紙を読んだ。
愚弟の黒虎、百拝して仁兄に書をしたためます。天下の諸侯はみな兄弟の国と聞きます。ただ、西伯の姫昌だけは不道で姜尚の謀に耳を貸し、難癖をつけ、仁兄が悪を極めたと言って無謀にも兵を興し、いわれのない誹謗を加えてきました。そのため、いま祟城は危機にあります。 祟応彪が出城して戦いましたが、将を失い、崇城に逃げ戻ってきたとのこと。わたくしはこの話を聞きつけ、夜を徹して、諸将とともに駆け付け敵と三度も渡り合いましたが、いまだ勝負がつきません。それゆえ、手下を差し向け仁兄にご報告する次第です。仁兄には、陛下に上奏し、兵を向け反逆者を除き、西土を粛清するようにお願い致します。仁兄が即時に来られ、ともに西岐を破ることができれば、これぞ崇家の最大の幸せです。
愚弟、黒虎 拝して以上のごとく陳情申し上げます。
崇侯虎は手紙を読み終わると、机を強く叩いて姫昌を罵った。
「あやつめ、君主を欺き、官を捨てて逃げおって、すでに処刑されても当然の罪を犯しているのだ。陛下も何度も俺に探してこいと言った。それを俺が苦労してかばってやったと言うのに、恩に思うどころか、逆に俺を欺くとはもってのほかだ。あいつを殺すまで、わしは二度と戻らんぞ」
そう言ってただちに朝服に着替え、内殿に入って、紂王に謁見した。崇侯虎が紂王の前に進み、礼をすますと紂王に奏上した。
「陛下、実は極悪の姫昌が本土を守らず、口実を作って臣を討伐すると言って、兵を城下に駐屯させているそうです。言うことも口汚いことこの上ない。陛下、どうぞ臣のため、お助けください」
紂王はこれを聞いて激怒して言った。
「姫昌はもとより大罪人だ。官を捨て、余の信頼を裏切ったのだからな。その上、上卿を侮辱するとは大胆不敵にもいいところだ。上卿は早く故国に戻れ、余は審議して、すぐに将兵を差し向けよう。力を合わせて、やつを生け捕りにしてくれるわ」
崇侯虎は天子の命を受け、兵三千を率いて朝歌を離れ、道を急いだ。
一行は一日足らずに崇城に着いたと騎馬斥候から報告があり、祟黒虎は家臣の高将軍に命じた。
「お前は二十人の刀斧兵を率いて、城門の内に潜んでいろ。わしの腰の剣の音を聞いたら、それを合図にわしともに千歳を捕らえ、周営に連行するのだ。轅門で会おう」
また、沈将軍に言った。
「われらは城を出て千歳を出迎える。そなたは千歳の家族を周営に連れて行き、轅門で待機してくれ」
すべての手はずがすむと、 祟応彪とともに城門の外へ迎えに出た。三里先を見ると、崇侯虎の一行がすでに到着していた。
騎馬斥候が兵営に入り報告した。
「曹州候さまが殿下の轅門でお会いしたいとのことです」
崇侯虎は馬に乗り、轅門に出て笑い顔で言った。
「賢弟にここまで来てもらうとは、この愚兄、まことにうれしいぞ」
また、 祟応彪とも顔を合わせ、三人は歩いて行った。城門に入ると祟黒虎は腰の剣を取り出し、音を鳴らした。すると、両側から高将軍が出てきて崇侯虎親子を取り押さえ、縛り上げてしまった。
崇侯虎は、じたばたと暴れて怒鳴った。
「おい、弟よ。逆に兄を捕らえるとは、どういうわけなのだ?」
祟黒虎は苦渋の表情で崇侯虎に言った。
「兄上、あんたは朝廷の大臣という位にありながら、仁徳を行わず朝廷を乱し、万民を苦しめ残酷な刑を施し、鹿台の建造を監督した。その悪は天下に響いており、四方の諸侯は心を合わせて崇家一族を滅ぼそうとしているのだ。そのような事態で文王だけが俺に書簡を送り、崇家で俺だけが賢愚を見分けることができると言ってくれた。俺も朝廷の期待に背くわけにはいかない。それで、やむなく兄上を周営に連行し、罪滅ぼしをするのだ。たとえご先祖に恨まれても、天下に罪を犯し、自ら一族滅亡の運命を選ぶわけにはいかないからな。それゆえ。兄上を周営に連行するのだ。ほかに言うことはない」
これを聞いて崇侯虎はふぅと長い溜息をついて、それきり何も言わなくなった。




