第78話 聞仲 眉間の神眼を開き無双となり朝廷を正す
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第78話 聞仲 眉間の神眼を開き無双となり朝廷を正す
紂王は聞仲が帰朝すると。毎朝、朝廷を開いた。しかし逆に、朝廷で発言する文武百官はいなかった。というのも文武諸官は、聞太師が上奏文を持って上殿することを知っていた。そして聞仲は、三日間で十ヶ条の陳述書を練り上げ、四日目には入朝して紂王に面会した。
その日の早朝、九間殿にて文武百官の朝貢を受けると、聞仲に目もくれず、「上奏があれば出すがいい。なければ退朝する」ととぼけて退朝しようとした。
紂王が九間殿を去ろうとしたとき、聞太師が進み出て拝礼をして言った。
「陛下、お待ちください。臣の奏章をご覧くださるようお願い申し上げます」
そして、聞太師は上奏文を机の上に広げた。紂王は黙って奏章に目を通した。
臣聞仲、疏を具して上奏致します。国政の大きな変化は風俗文化を傷つけるもので、天災地変に勝る計り知れぬ災いを秘めているものです。古来の聖君は当然の道として、仁義を行い、恩沢を施し、軍民を愛惜して、文武百官を礼敬し、天地に順和して社稷を安んじ、生民の安居楽業に努めてきました。それが、いわば天子の本分というものでございます。されど、その本分を尽くさない天子は、その位を楽しむ資格はございません。しかるに陛下は近時、淫酒に浸り姦佞に親しみ、王后の手を炮烙して眼をえぐり、太子を殺害して自らそのあとをきり絶やしました。それは最たる無道の君の所行というべく、自ら滅亡の禍を招く愚行というほかありません。陛下、どうか前非を痛烈に悔い改めて、本分につき、綱常に立ち帰り下さるようにお願い申し上げます。そして、速やかに小人を遠ざけ、君主を近づけ、もって社稷を安きに定め万民を欽服せしめて天心に効順し、国祚の霊長、風雨の和順を得て、天下承平の福をお享けください。そのために臣は天顔を犯し、ここに建言を列記して開陳致します。直ちにご裁可くだされば幸いでございます。
第一件 鹿台を取り壊し、民を安んじ乱れを治める。
第二件 炮烙の刑を廃止し、諫官が忠を尽くせるようにする。
第三件 蠆盆を埋め、宮の患いを取り除く。
第四件 酒池肉林を取り去り、諸侯のそしり、議論を止める。
第五件 妲己を廃し、新たに正宮を立て、内廷の蠱惑の恐れを取り除く。
第六件 佞臣を取り調べ、費仲・尤渾を斬り、人心を喜ばせ、不肖者は自ら遠ざけるようにする。
第七件 倉を開けて飢民に分け与える。
第八件 使臣を東南に派遣し招安する。
第九件 山沢に遺賢を訪ね、天下の疑心を解く。
第十件 忠諫を受け入れ、言路を広げ、天下のふさがり蔽いを取り除く。
紂王は黙って、いくども読み返す。聞仲はこれに痺れを切らして立ち上がり、机の傍らに立って硯の墨をすり、筆を潤し、それを紂王に渡した。
「陛下、どうかすぐにご裁可ください」
紂王は十ヶ条の第一件が「鹿台を取り壊す」であるのを見て言った。
「鹿台の建造には、膨大な費用と長い時間を費やした。いま壊してしまうのは、なんとももったいない。この件については再議することとしよう。第二件の『炮烙』は裁可。第三件の『臺盆』もよい。第五件の『蘇后の廃止』だが、妲己の徳行も穏やかでおとなしく、失徳はない。それをどうして廃するのか。これも再議とする。第六件の中大夫の費仲・尤渾の二名はもとより功績こそあれ、罪はない。これをなぜ斬るというのだ。なおさらのこと誅殺することになるのではないか?この三件以外は、ただちに裁可しよう」
しかし、聞太師は引き下がらなかった。
「仰せの通り鹿台は大工事だったから、それだけで民を労し財を損ねております。それゆえ万民の怨みは深く、だからこそ天下の遺恨を晴らすためにも取り除かねばなりません。
蘇后は正宮に立てられたとき朝議を経ておらず、しかも陛下を惑わし残刑を考案した張本人です。神鬼も冤魂も決して赦しますまい。それゆえ天下の幽怨を解くためにも蘇后はしりのぞかねばなりません。
費仲と尤渾を斬るのは、諫言をなくして朝廷の静謐にし、聖聡を惑わすおそれをなくすためです。朝政を清澄にせんがためにほかなりません。いずれも根本にかかわる重大なことゆえ、遅疑しては国事を誤ります。即刻ご裁可ください」
「聞太師、十件のうち七件を裁可したではないか。残る三件はやはり、再議することにしよう。そういうことにしてもらえまいか?」
と、紂王は哀願するように言いながら、再び聞仲の顔色をうかがった。
「陛下、その三件を小事として軽く見てはなりません。これこそ治乱の根源でございます。疎かになさってはなりません。すぐにご決断ください」と聞仲はなおも迫る。
殿内は水を打ったように、シーンとして唾を呑み込む音すらしなかった。しかし、費仲がその静寂を打ち破って進み出た。中大夫の費仲がしゃしゃり出て、天子に上奏しようとした。
聞仲は費仲を知らない。
「お前は、誰だ?」と聞仲が睨みつける。
「卑職は、諫大夫の費仲でございます」
「ほう、貴卿が費仲どのか。上殿して何を申されることがあるのかな?」
費仲は額に汗を流しながら言った。
「太師は最高の臣でございますが、国体に基づいておられません。筆を持って君主に裁可を迫るとは、非礼ではありませんか。ましてや王后について奏するとは非臣であり、無実の臣を殺すように迫ることもまた非法。太師は君主を目に止めず、下をもって上を侮辱し、殿上でほしいままに振る舞い、最高の臣として礼をわきまえぬ。これこそ、最大の不敬ではありませんか」
聞仲はこれを聞いと、眉間の神眼を開き、長いひげを逆立て、大声で怒鳴った。
「費仲,巧みな言葉で君主を惑わす不届き者め!もう我慢ならんわ!」
そう言って、費仲に一撃を食らわせた。費仲は大殿から転がり落ちた。殴られた顔が青くはれ上がっている。
「殿上で大夫に乱暴をするとは、陛下に乱暴をしたのも同然ですぞ!」
と進み出た者がいた。
「お前は誰だ!」
「臣は諫大夫の尤渾です」と尤渾が喧嘩腰で上殿し豪語した。
これを聞いた聞太師は鼻で笑う。
「ああ、おまえか。賊臣二人が表裏の権力を弄し、かばい合っているのだな」
そう言うと、聞仲は手のひらで尤渾に一撃を食らわせた。奸臣は転がるように殿上から一丈余りふっ飛んだ。
それでもなお、聞仲の怒りは収まらない。
聞太師は左右の者に命じた。
「聖聡を傷つけてきた奸臣だ。費仲・尤渾の二名を縄にかけ午門で斬り捨てろ!」
「陛下!」と二人は紂王に助けを求めようとした。しかし、紂王は聞かぬふりをした。
殿上の御法官は、ふだんからこの二名を憎んでいたので、聞太師の命令が下ると、さっさと二人を縛りつけ午門に連れて行った。
聞仲は怒り心頭に発している。紂王は口では何も言わないが、心の中で費仲も尤渾も馬鹿なことをする。自分からこんな屈辱を招くとはと思っていた。
そこへ、聞太師が二人の死刑を言いわたすように詰め寄った。
しかし、紂王はそのような命令が出せる訳もない。仕方がなく紂王は言った。
「聞太師の奉じた陳情は、いずれも急所を突いたものだ。この三件についてはかならず実行しよう。だから、少し考える時間をくれ。費仲も尤渾も、太師に無礼をはたらいたが、その罪状は明らかではない。まず、司法に監禁し、罪状を取り調べ。証拠がそろった上での処分なら、費仲・尤渾も文句はあるまい」
と、紂王は請うように言う。聞太師に相談を持ちかけながら、巧みに刑旨の請求をかわす。群臣の前でおろおろする紂王の姿に、万乗の君主の威厳は微塵もない。紂王のつらそうな顔を見て、聞仲は逆に自制する気持ちになった。
私は国の為に直言し、忠義を尽くしているのだが、君主が臣を怖がっているようだ。これでは、君主を欺く罪に値する。
そう思って、聞仲は自らひざまずいた。
「臣は、四方が心から敬服し、万民が安らかであり、諸侯が君主に忠誠ならば、それで充分です。ほかの考えなどひとかけらもありません」と忠心を示す。紂王は言った。
「費仲、尤渾の二名は司法に引き渡し、取り調べる。七件についてはただちに実行し、残る三件は再議してから実行する」
そう言うと、紂王は逃げるように宮殿に帰り、百官も、それぞれの思いを胸に退朝した。
****
そのころ、王族の東海 平霊王が反旗を揚げたという知らせが朝歌に届き、武成王府に知らされた。黄飛虎は、この報告を聞いて、兵乱四方に起き、いままた王族の平霊王が謀反を起こした。いつになったら鎮まるものやらと嘆いた。
こう思いながら、その報告書をそのまま聞太師府に送った。聞太師はそのとき、府内に座っていた。堂報官が伝えた。「黄元帥が人を送ってきて、聞太師にお会いしたいとのことでございます」
聞太師はすぐに通すように命じ、報告書が手渡された。聞太師はこれを見終わると、使者を先に帰し、その後を追うように黄飛虎の元帥府にやってきた。
黄飛虎は聞仲を迎え入れ、殿上に案内し、主客はそれぞれ席に着いた。聞仲が先に口を開いた。
「黄元帥、東海の平霊王が反逆したというが、このことについて相談に来た。東海に私が行くか、黄元帥に行ってもらうか、どうしたらよいものだろうか」
黄飛虎は、「どちらにせよ、末将に異存はございません。聞太師のご命令に従います」と言う。
聞太師は四日前に北海から凱旋したばかりである。理の当然として武成王が東海に行くべきであった。しかし、聞太師には思惑があった。平霊王の反乱には、話し合いによる解決の余地があると聞仲は踏んでいた。それならば自分が出て行けば話し合いはつきやすい。それに黄飛虎には費仲・尤渾を詰問する仕事がある。いまの朝廷で費仲・尤渾を威圧できる者は黄飛虎のほかにいない。なにより黄飛虎なら、いきなり軍法にかけて両人を処刑するという手もある。だから黄飛虎が朝歌を離れるのは具合が悪い、と聞仲は考えていた。
そのため、聞太師は少し考えてから言った。
「では、黄元帥には朝内においていただき、私は二十万の兵を率いて東海に行き、反逆者を鎮め、帰朝したのち国政について相談することにいたそう」
*****
翌日の早朝、聞仲は朝貢が終わってあと、出兵する意を紂王に知らせた。
「平霊王までもが反逆したか……どうしたらよいものだろう」と紂王はうろたえた。
聞仲は紂王に拝礼して言った。「私が行くほかございません。そのあいだは黄元帥が国を守り、臣自ら東海の反乱を鎮めてきます。陛下も朝夕社稷を重んじてください。陳情の三件については、臣が帰朝してから再議することにしましょう」
これを聞いた紂王は大喜びで聞太師がいなくなるとは願ってもない。聞仲が目の前にいなければ心中も静まると思ったのだ。
紂王はそう考えると「王命を伝えよ。聞太師の出兵を見送るのだ」と伝えて、紂王自ら東門まで見送った。聞仲はそこで紂王と会った。紂王は盃に酒をくんで、聞太師に献げるように左右に命じた。聞仲は盃を手に取ると身を返し、黄飛虎に渡した。
「この酒は黄元帥に献げよう」
黄飛虎は辞退した。「聞太師が遠征なされるとめ、陛下が授けた酒です。末将が先に飲むわけにはいきますまい」
「いや、黄元帥、この酒をお受けください。私に一つ話がございます」
そう言われて、黄飛虎は仕方がなく盃を受け取ると、聞仲は言った。
「朝廷にはほかに頼める者もないです。すべては黄元帥の身にかかっております。もし不届きなことがあれば、黙っておらず、当然のことを直言するべきです。君主を愛すればこそのことです」
そう言うと、聞仲は紂王に向かって言った。
「臣には別に憂いもございません。国のためを思って、旧章を乱してはなりません。いま出発すれば遅くとも一年、早ければ半年のうちに戻りましょう」
そう言って聞仲は酒を飲み干し、砲声の鳴る中を東海に向かった。




