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封 神 伝  作者: 原 海象
75/84

第75話 比干 退かぬ! 媚びぬ!! 省みぬ!!!

初めまして!原 海象と申します。


今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。


「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。


<封神伝>


第75話 比干 退かぬ! 媚びぬ!! 省みぬ!!!




ある日、紂王、妲己、胡喜媚の三人で朝食をとっていたときである。妲己が突如、あっと声を上げて倒れてしまった。紂王もこれに驚き顔色を変えた。見ると、妲己は口から血を吐き、目を閉じたまま一言も話さない。顔色はみるみる紫色に変わった。


「正宮は、余のそばでのこの数年、いまだかってこんな病になったことはない。どうして突然こんなことになったのだ」

紂王は喜媚きびにたずねた。喜媚きびはわざとらしくうつむき、嘆いてみせた。


「姉上は持病が再発したのですわ」

喜媚きびどうしておまえがしっているのだ?」

「以前、冀州きしゅうにいたとき姉上はしばしば心の臓に痛みを感じており、発作があると命とりとなりかねませんでした。そのころは冀州きしゅうに医術に精通した張元ちょうげんという者がおり、彼の指示で玲瓏心れいろうしん一片をせんじて飲むとたちまち元気になりました」


紂王はこれを聞いて焦って言った。

「よし、では冀州の張元を呼ぶように命令を下せ」

「陛下、それでは間に合いません。朝歌から冀州までの道程はどれほどでしょうか?往復しても一ヶ月はかかります。それまで姉上の病状がもつはずがありません。それより朝歌の地で玲瓏心れいろうしんを持つ者を探し、その一片を取り寄せれば、姉上の病もすぐに治ります。しかし、それもいればの話で、なければ姉上は死ぬだけです」


玲瓏心れいろうしんがあるかないかを誰が判断できるのだ?」

「わたくしも師を仰いだ身、ト占で推算できます」

これを聞いて紂王は胸をなで下ろした。

喜媚きびは、仰々しく祭壇を作り、香を焚いて、指を折って何度も推算してみせた。

そして迷いながら言った。


「朝廷の臣下に一人います。でも位が高く、信望高き人物です。

しかし、おそらく承知せず、姉上を救うことはできないのではないでしょう」

「いったい、誰なのだ? 早く言うがよい」

喜媚きびは言った。

「亜相の比干さまこそ、玲瓏心れいろうしんの持ち主です」

「比干がそのような貴重な薬を持っているとは、ついぞ聴かんぞ」と紂王は首をかしげた。

「いえ決して間違いはございません。比干さまは玲瓏心れいろうしんという七つの孔をもった美しい音を立てる、立派な心の蔵をもっておられます」

「なに、玲瓏心れいろうしんとは心の蔵のことか。心の蔵を取れば人間は死ぬではないか」

「はい、でもそれがなければ姉上は決して助かりません」

「うむ……」と言って紂王は考えこんだ。

「陛下、お願いでございます、姉上が死んだら、私も生きているわけにはいきません」

と、目を潤ませ喜媚きびが軽く紂王の袖を引いた。

紂王は鼻の下を伸ばして言った。

「比干なら玲瓏心れいろうしんの一片を貸し、正宮の苦しみを解くぐらい、いやとは言わぬであろう。至急、比干に御札を送り、すぐに鹿台ろくだいに呼べ!」


奉御官はただちに、比干の屋敷に飛んだ。

ちょうどそのとき、比干は国や朝政の立ち直しにつて考えていた。そこへ突然、奉御官が雲版を鳴らして現れ、御札を伝え、ただちに陛下がご接見であることを伝えた。比干は御札を受け取り、朝には何事もなかったのにこの御札の早さはいったいと不思議に思った。


そう思っているところに立て続けに五回も御札が届いた。どんな重大な事件が起こったのか。五回も御札が届いたとは。と比干に疑問がつのった。

そのとき、また御札が着て比干は王命を伝えに来た奉御官に尋ねた。

「一体何が起こって御札を六回も送らせているのだ」

奉御官は答えて言った。

「亜相さま。今朝、正宮さまが朝食後に心の臓の発作を起こして気を失い、新しく迎えた胡喜媚こきび妃が言いますには、玲瓏心れいろうしんを煎じて飲めば治ると言うのです。陛下はその玲瓏心れいろうしんがどこにあるかと聞くと胡妃さまはト占で亜相さまに玲瓏心れいろうしんがあると占ったのです。その次第で亜相さまの心の臓の一片を借りて、正宮さまを救うために六通も御札を送ったのです」


これを聞いて比干は、はっと思い当たり、事ここにいたってはどうしようもないと身震いをした。


奉御官を午門で待つように伝えると比干は屋敷の奥に入り妻に会って伝えた。

「子供の面倒を頼む。朝廷にはもう人は一人もいないようだ。わしが死んだあとも母子二人で家訓を守り、軽率な挙に出ないように……」

そう言うと、比干は涙を流した。夫人は驚いて比干に何故そのような不吉なことを言うのかたずねた。比干は言った。

「暗愚な君主が妲己に騙され、病を治すためにわしの心の臓を薬にするというのだ。これでは生きて戻ってこられるはずがあるまい」

「あなたは宮中で亜相の位にあり、陛下に申し訳のないことは何一つしていません。あなたの忠誠節孝を知らぬ者はいないというのに、どんな罪があってそのようなことになったのです」

と夫人の顔も涙で濡れた。そのとき傍にいた息子の微子徳びじとくが泣きながら言った。

「父上、いま思い出したのですが以前、大夫の姜子牙殿が父上の顔色を見て何か起こると言い、『危険にさらされ、進退道なきときにはこの手紙を見れば、難を避けられる』とおっしゃって手紙を書斎に置いたではありませんか」


比干ははっとした。

「そうであった。すっかり忘れていた……」

そう言って書斎の硯の下に置いてある手紙を取り出して読んだ。そして早く火を持ってきてくれと言うと、清水を椀に汲み、同封されていた姜子牙が書かいた道符を燃やして水に入れ、符水ふすい(呪文が書かれるお札を燃やした灰を入れたお白湯)を作りそれを飲み干した。


比干は馬を走らせ午門まで来ると、噂を聞きつけた文武諸官が比干に口々に尋ねたが比干はわしもよく知らないのだと言って首を振った。そして比干は鹿台ろくだいに登る階段の下で王命をまった。


その頃、紂王は焦り鹿台ろくだいで、往たり来たりしていると比干が来たという報告を聞くと、すぐに鹿台ろくだいに上がって来るように命じた。


比干が紂王に拝礼をすませると、紂王がすぐに口を開いた。

「正宮が急に心の臓を痛む疾病にかかり、玲瓏心れいろうしんのみが効くという。亜相に玲瓏心れいろうしんがあるというが一片でよいから貸してもらえるものか。これで正宮の病が治れば、その功績は大きいぞ」


比干は叩頭して聞いた。

玲瓏心れいろうしんとはなんですか?」

「亜相の腹中の心の臓だ」

これを聞いて比干は怒りを燃やして言った。

「心は一身の主であり、肺の奥に隠されており、六葉両耳の中に生ずる。百悪侵すことがなく、ひとたび侵せばただちに死する。と言います。我が心の蔵が傷つけば、どうして生きていることができましょうか。死ぬことは残念に思いませぬが、ただ、国が滅び、賢者が絶えることのみが残念でなりません。いま、暗君が新たに納めた妖婦の話をまともに受け、わしの心の蔵をえぐるという災いが降りかかった。この比干が死ぬとき国は亡びるのです」

紂王は言う。

「亜相の心の蔵を一片借りるだけのことだ。ちょっと傷がつくだけで、たいしたことはない。何を大げさなことを言う」

比干は大声で怒鳴った。

「暗君!貴様は酒色に目がくらんだか。馬鹿もいいところだ。心の蔵一片をとれば、わしは死ぬに決まっておろうが。心の蔵をえぐりとられるような罪を犯していない。なぜ訳もなく罪に堕れるのだ!」

このようにののしられは、紂王も怒った。

「君主が死ねと言ったら、臣は死ぬのだ。死なねば不忠だ。台上で君主を侮辱するとは臣節にもとる。王命に従わないというなら、奉御官たちよ、亜相を引き連れて行って心の蔵をえぐり出してこい!」


比干は怒鳴りつけた。

「妲己、この淫売婦め!わしが死んで冥土にて先王にお会いする。恥ずかしいことは何一つないわ!左右の者、剣を持って来い」

その一喝に、左右の者は慌てて剣を比干の手に渡された。比干は剣を手にして、大廟に向かって大きく八拝し、泣きながら言った。

「成湯先王、成湯二十八代の天下も、ついにここで絶たれるのです。これを臣の不忠と言わずしてなんと言いましょうや!」

叫ぶなり、衣を解き、剣を腹に刺し、腹部を切り開いた。

しかし、血が流れない。比干は、自らの手を腹部に差し込み、心の臓を取り出して地に投げつけた。そして衣を締め、何も言わず、血の気のない顔色で来た道を戻って行った。


殿前では、比干を案じる群臣が群がって、朝政の失策をさかんに議論していた。そのとき、宮殿の裏から足音が聞こえた。黄飛虎がうしろを振り向いて見ると亜相の比干であった。


黄飛虎はほっと安心して声をかけた。

「亜相殿下、どうなされました?」

しかし、比干は何も答えなかった。百官は進みでて迎えたが比干はただ下を向き、足早に通り過ぎていく。そして九竜橋を渡ると午門を出た。


従者が比干の退朝したのを見て、馬のくつわを握り待ち構えていた。

比干は馬に乗ると北門へと去っていった。比干の様子が変なのを見て黄飛虎は周紀と黄明の二将に、そっと後を追うように命じた。

そうこうして比干は馬に揺られて、まっすぐに北に向かって行った。





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