第74話 紂王 無問題!傾国の女怪が一人増えた……
初めまして!原 海象と申します。
今回は有名な『封神演義』の編集・アレンジバージョン『封神伝』を投稿致しました。
「封神演義」は明代以前に発行された神魔小説で、今の形になったのは明代の編者 許仲琳によって現在の形になりました。また漫画やアニメとなったのは安能務先生の封神演義版によって一代ブームとなり、皆様のよく知っている形となりました。原作と安能務先生の翻訳ではかなり違いがありますが、ライト小説らしくできるだけ読みやすいようにしております。
<封神伝>
第74話 紂王 無問題!傾国の女怪が一人増えた……
比干は狐狸の毛皮で長衣を作り、厳冬になったら紂王に献上することなした。時は十一月となり紂王と妲己は、鹿台で宴会を開き楽しんでいた。その日は暗雲が立ちこめ、寒風が吹きすさんで朝歌は一面銀世界となった。紂王と妲己が雪を鑑賞して雪見酒をしているとき、比干から謁見の申し出があった。
比干が姿を見せ、拝礼した。紂王は比干に向かって言った。
「舞雪が降っているというのに、そなたは屋敷で酒でも飲んで休みもしないとは。なにも雪を冒して出向かずともよいものを」
いつになく上機嫌な紂王を見て比干は急いで奉じた。
「鹿台は高くそびえ、風雪が厳しく、陛下が寒いのではなかろうかと思いまして
寒さをしのぐ長衣を献上しにまいりました」
「それはありがたい。だが、そなたは高齢なのだから、寒さが一段と身に沁みよう。暖かいのは自分で用いたらよいであろうに」
「いいえ、陛下のために特別に仕立てたものでございます」
「わざわざ余のためにか。ならば頂戴することにしよう」
紂王は長衣を持ってくるように命じた。しばらくすると、表が白銀、裏が毛でできた長衣を赤い盆にのせて捧げてきた。比干が自らその服を紂王に着せると、紂王は大変喜んだ。
「余は天子であり、もっとも富裕な身分だが、その余でも、このような寒さをしのぐ袍はこれまで持っていなかった。貴珍な袍を献じたそなたの功績は極めて大きいぞ」
こう言って、紂王は鹿台でともに酒を飲むように命じた。妲己は垂れ絹の中で、仲間の毛皮で作った袍を、比干が紂王に献上する様子を見て、妲己の顔からさっと血の気が引いた。あろうことか、その毛皮は妲己の一族郎党の毛皮に紛れもないものであった。あの酒宴が災いを招いたのだ、と悟った妲己の胸が悲しみに張り裂けた。と同時に一族の毛皮を剥いだあくどい仕打ちにはらわたが煮えくりかえった。
妲己は心の中で比干を罵った。
この老いぼれめ、わたしの仲間が陛下の宴席に招かれたといって、おまえになんの関係がある。わたしを惑わそうとして毛皮を献じたのは明らか。この上は、あの老いぼれの心臓をえぐりとってやらないことには、この恨みははれないわ。
妲己は心中悲しみ自分の軽率な行動で仲間が無惨に毛皮になりはらはらと涙を流し、比干と紂王の話を聞いた妲己は怒りを隠しながらいつのなく険しい表情で紂王に奉じた。
「女の私の愚かな考えを申しあげますが、気に障ったらお許しください。陛下は竜体であらせられます。このような白狐の毛皮などまとうべきではないと存じます。そのようなものをまとったら御尊厳に関わることになるでしょう」
「じゃが、温かく脱ぐには惜しい」と紂王は未練がましく言った。
そこへすかさず比干は言った。
「陛下、それはただの狐の毛皮ではございません。長いこと年月をえて修行を積んだ、道骨のある狐ゆえ、玉体を汚すことはありません」と比干が言い、紂王はうなずいた。
妲己が憎悪の眼を向けて反論した。
「なにをでたらめなことを申すのです。道骨のある狐が、そうやすやすと捕われるわけがあるわけがありません」
「ところが、酒に酔ったところ、難なく捕えられたのだそうでございます」と比干が応じた。これを聞いて紂王は酒を飲むとは愉快な狐だと面白がった。
しばらくして比干は紂王と酒を酌み交わしたあと、紂王に礼を述べて鹿台から退席した。紂王が長衣を着て奥に入ると、妲己が部屋の中で待ち受けていた。紂王はあせりながら言った。
「鹿台が寒いというので、比干が袍を献じてくれた。比干は余のことを気遣ってくれたのだ」
妲己の目から熱い涙が落ちた。
「正宮よ、傷心されぬな。やはり言うとおりにしよう」
と言って紂王は着ていた袍を脱ぎ捨てた。そして妲己の機嫌を直そうと酒をすすめた。妲己は紂王が着ていた袍を侍女に倉にしまうように命じた。
その夜、妲己は倉にしまわれた袍を撫で、妹分の玉石琵琶の仇を討つために、鹿台を建造するよう進言したのに、このようなとんでもないことになり、一族郎党を死なせてしまうとは、と心中とても悲しみ、比干を殺害しようと考えたが、いい考えが浮かばなかった。
*****
時が過ぎ去った。ある日、鹿台で宴を催しているとき、妲己はある考えがひらめいた。そして妲己は妖気を現し、紂王になまめかしく媚びてみせた。それはまさに怪しいまでにあでやかで豊満艶麗であった。
紂王は酒を飲みながら、平時より美しい妲己を見つめ、目を細めた。妲己は悪戯したかのように、陛下は何故わたくしの顔を見つめていらっしゃるのですかと尋ねた。紂王は笑うだけで答えようとしない。妲己は重ねてたずねるとようやく口を開いた。
「正宮の容貌がさながら花や玉のように美しいので見とれていたのだ」
「それは陛下の寵愛を受けたからですわ。でも、わたくしの器量など、たいしたことではありません。わたくしには姓を胡、名を喜媚という義妹があり、出家して紫霄宫にいますが、彼女の美しさにはわたくしも遠くおよびません」
「胡喜媚か。うむ正宮の義妹ならば、一度、宮殿に呼ぶのが、それこそ義理というものではないか?」
紂王はもともと女に目がないので、そのような美しい女性がいると聞いて内心ほくそ笑み、妲己に尋ねた。
「胡喜媚は若い娘で幼いときから出家して道士に師事し洞府名山 紫霄宫で修行しております。いまからすぐに来られるはずがありません」
「面倒をかけるが、どうにかして引きあわせてほしいのだ」
「以前、冀州でわたくしと一緒に住んでいましたが喜媚が出家するとき、わたくしは涙を流し、『別れたら、永遠に会えないのですね』言いました。すると、喜媚は『師匠について五行の術を修得したら信香を送ります。会いたくなったら、その信香を焚けば私はすぐにまいります』と答えたのです。それから一年後、喜媚から信香が送られてきました。ところが、その二ヶ月後、朝歌に来て陛下の寵愛を受けるようになり、そのことを忘れていました。陛下がおっしゃらなければ、このことを言い出すわけにはいきませんでした」
紂王は喜んで「信香を持ってきて、焚いてくれ」と言った。
妲己は紂王の言葉に喜び言った。
「焦ってはなりません。喜媚は仙女で、凡人ではありません。明日、月光のもとに茶菓を用意し、私自身も沐浴して、信香を焚いて迎えるよういをしなければなりません」
「そなたの言うことはもっともだ。粗相があってはならん」
そして紂王と妲己は、しばらく楽しんだあと就寝した。妲己は三更時分になると原形(正体)を現し軒轅墳に向かった。
洞窟には一族の死骸が、そのまま放置されていた。荒涼凄惨たる洞窟を見て妲己はすすり泣いた。すると雉鶏精(キジの化け物)が洞窟から出迎え、涙を流しながら妲己に訴えた。
「これが鹿台に赴いた報いです」と雉鶏精は怨み言をいった。
「賢妹よ。眷属を殺された仇を討つため、わたしは一計を案じたのです。あの比干の老いぼれの心臓をえぐりとってもやらないかぎり、この恨みを晴らすことができない。それでお前の助けが必要になった。一族が全滅した以上、もはや留守の必要はない。一緒に宮殿で暮らし、力を合わせて女媧娘々の密命を果たしましょう」と妲己は恩着せがましく言った。
そして一族の仇を討つために比干殺害の段取りを打ち合わせた。
「宮殿暮らしも悪くないですが、餌に不自由するのは辛いです。わたくしはせっかくの精気を失うのは嫌です。餌の工夫をしてから往きましょう」
「いや、二人になれば交替できるから、夜中に宮女を襲って餌にすることが出来ます。不遊宮に落とされた宮女をかえりみる者はいないから、心配はいりません。それに、蠆盆の中には残り少ないが、まだ蛇があります」
妲己は、ためらう雉鶏精を納得させた。そして相談を終えると宮廷に帰り、紂王の寝室に戻った。
夜が明けると、紂王は胡喜媚の訪れを待ちわびた。夜になり月が昇ると紂王は詩を詠み、妲己とともに鹿台で月を鑑賞していたが、香を焚くように妲己にしつこく催促した。
妲己はうんざり気味に語った。
「わたくしが香を焚いて喜媚を招きます。喜媚がきたら陛下はしばらく姿を隠してください。俗世間の人がいたら彼女は帰ってしまうかもしれません。焦ってはなりません。わたくしが一言話してから、陛下にお引き合わせすることにします」
「すべて、そなたの言うとおりにしよう」
妲己は手を清め、香を焚いた。一更時分経ったとき、突然黒雲が現れ、明月の光が遮った。
紂王は驚いて、妲己に言った。「すごい風だ。天地がひっくり返るようではないか」
「喜媚が風に乗ってきたのではないかと思います」
空中で鈴の音がして、かすかに人声が伝わってきた。
妲己は紂王に奥に隠れるように促した。
「喜媚が来ました。わたくしの言ったとおりにしてください。しばらくしたらお引き合わせいたします」
紂王は仕方がなく内殿に入り、垂れ絹を隔てて盗み見た。風がおさまると、月光の中に赤い道服を着た道姑が姿を見せた。灯火。月下の佳人は白日よりはるかに美しいと言われるが、胡喜媚は雪のように白い肌、ほんおりと赤い顔、均等のとれた容姿で、人の心を奪う美しさだった。妲己は近づいて言った。
「賢妹、来てくださったのですね」
「姉上、ご挨拶にまいりました」二人は肩を並べて殿内に入り、挨拶を交わして席に着いた。
二人は思い出話にふけり、灯火のもとでわざと嬌態を作った。紂王はさながら月に住む嫦娥のような胡喜媚を見て魂が奪われ、少しでも早く彼女に近づきたいと思い悩んだ。紂王は焦って何度も咳をし、妲己を促した。妲己はその意味を悟って胡喜媚に言った。
「先日、わたくしは陛下の前で、あなたの徳を褒めたたえました。陛下は大変喜んで、ぜひお目にかかりたいと言っております。陛下は、いきなり会いに来たのでは、あなたが驚くのではないかと心配して、わたくしがあなたの許しを得てから会うことにすると言っています。いかがでしょうか?」
胡喜媚は考えるふりをした。
「わたしは女流で、しかも出家の身です。世俗の人と会うわけにはいけません。また、親しい仲でもないのに、男女が宴席をともにするのは礼節に反します」
「それは違います。あなたは出家した身ですから世俗の者と一緒にすることはできません。また天子は天との関わりのある天の子で、万民を支配し、四海を有し、諸臣を率いており、天上の仙人といえども譲らなければならないのです。その上、わたしとあなたは契りを結んだ義姉妹です。姉妹の情により天子に会うのですから、これは親しい間柄であり、さしつかえはないはずです」
「そうですね。姉上の言うとおりにします。どうぞ、天子にお会いに来るようにお伝えください」
紂王は「どうぞ」という一言を聞くと待ちきれずに奥から出ていった。紂王は一礼をすると、胡喜媚も礼を返した。
「天子さまどうかおかけください」と言って、紂王は側面の席に座り、妲己と胡喜媚は上下の席に着いた。灯火のもとで胡喜媚が桜桃のような口を開き、美しく和やかな声で話し、秋風を送り、媚びた風情を見せると紂王は胸が高鳴り、全身から汗が噴きだした。妲己は紂王に胡喜媚のもてなし、自分は服を着替えてくることを伝えた。
紂王は妲己を送って席に戻ると、胡喜媚と酒を酌み交わすことにした。
紂王が流し目を送ると喜媚は顔を赤くして微笑した。紂王は杯に酒を注ぎ、両手を捧げて喜媚に献じた。喜媚は「ありがとうございます」と受けって、なよやかな声で言った。紂王はこの機会に喜媚の手をつかんだが、彼女は声を出さなかった。紂王は喜媚が抵抗しないので強く抱きしめ、配殿に連れていき何度も交歓して思いを遂げた。衣服を整えているとき、いきなり妲己が現れて、胡喜媚が髪を乱し、荒い息をしているのを見てたずねた。
紂王は満足げに言った。「偽らずに言おう。先ほど、胡喜媚と姻縁の契りを結んだのだ。天が授けた縁だ。今後、そなたは義妹とともに余の世話をし、朝晩歓楽にふけり、富貴を享受することになる。これも、そなたが喜媚を引き合わせてくれたおかげだ。余はうれしく思うぞ。そなたの志は決して忘れぬ」
紂王は改めて宴席を用意させ、三人で五更時分まで飲み続け、鹿台でともに夜を過ごした。朝廷の諸官は、紂王が暗に喜媚を娶ったことは誰もしらない。その日から紂王は外官が分宮楼を勝手にくぐることを、改めて厳禁した。天子が国事を顧みず荒淫にふけり、外廷との連絡がまったくとだえてしまった。
それでも禁を犯して鹿台に接近する者はいる。しかし紂王は決して朝見を許さず、武成王黄飛虎さえも例外ではなかった。
武成王黄飛虎は大師の権力を握り、朝歌の兵四十八万を派遣し、都城を守っていた。しかし、国のためを思っても天子に会って進言することがままならない状態であった。
「君門万里」天子が遠く離れていてはどうすることができず、ただため息をつくばかりだった。
ある日、東伯候の姜文煥が兵を向けて野馬嶺を攻撃し、陳塔関を狙っていると報告があった。黄飛虎は魯雄将軍に命じ、兵十万を率いて守りを固めさせた。一方、紂王は胡喜媚を得た日から夜遅くまで快楽にひたり、国政のことなどは忘れている状態であった。




